第33話 テンプレート
「……作業するのが別にドワーフである必要は無いんじゃないかい」
「全くだ。どっかにヒューマンの採掘技術者が生き残っていたら良いな、フリージア。上手くいくのを祈ってるよ」
モルトさんがせせら笑う。ここで、ようやく俺もモルトさんが何を言いたいのかを理解した。
彼は俺が忘れていた足元を届けてくれたのだ。いや、狡いって、そのムーブは。イケメン過ぎるよ。
「居ないなら一から育てれば良いだけさ。採掘技術自体はゴーレムがちゃんと持ってる」
「で? 誰が命懸けのダンジョンでそれをやるんだ? いくら出す気だ? どれだけ時間が掛かるだろうなあ?」
「それは……だね」
「ま、一年で出来たら褒めてやるよ。その頃にはどこかの槍使いが八層に到達してるかもな」
モルトさんの言葉にヒルデさんの肩がぶるりと震える。……ん? 彼女のモルトさんを見る目、なんかおかしくないか? 妙に艶っぽいというか。気のせいかな。
「……モルト」
「確かに梟の巣は帝国で一、二を争うクランだよ。だが、一年も有ればドワーフスレイヤーで八層に到達出来る他のクランに、俺は心当たりが有る。なあ? 俺たちは別にお前らが交渉相手じゃなくても良いんだぜ?」
モルトさんの啖呵を受けて、シュタイナーさんが口笛を吹いた。いつの間にかそのテーブルから放たれていた殺気は薄れ、どころか好奇としか取れない視線がこちらに注がれている。
梟の巣も一枚岩じゃない、って事かな。
「……やってくれるね、モルト」
「いや? 俺はただ、クロードとアンタの考え違いを正してやっただけだ。何もしてねえよ。やったのはドワーフだろ」
フリージアさんが沈黙する。その隣のヒルデさんは……やっぱり俺、あの表情を的確に表す言葉を知っている気がするぞ?
おいおい、やめてくれよ。もしかして、恋する乙女ってヤツじゃないのか、それは!?
「さて、双方現状を正しく理解出来たようなので交渉を再開したらどうだ。クロード、横から口を出して悪かったな」
「いえ、そんな事は。モルトさん、ありがとうございます」
でもお前、後で話が有るからな。感謝はするさ。でも、それとこれとは話が別だ。ヒルデさんとの関係は洗いざらい話して貰おうか。
「やりますねえ、モルトくん」
「はっ! 俺がやらなきゃお前が始めてただろうが、イルマー。クロウラーの気配察知を舐めるなよ」
「おやおや。ですが、アタシではここまでスマートに場を収められませんでしたから、ここはやはり褒める所ですよ」
リンク・リングを通して二人の軽口が聞こえる。そうだ、俺は決して一人で交渉に臨んでいる訳じゃない。この小声の軽口を俺の耳にあえて届けている信頼出来るゴーレムだっている。ドワーフの希望だって背負っている。
ならば、俺は三方良しを目指そうじゃないか。理想だと笑われても大丈夫だ。現実にしてくれる人たちがここに居る。
だから、ビビるな。真正面から語れ、理想を。ぶつけろ、エゴを。
異世界を、ねじ伏せろ。
「フリージアさん、どうか俺たちに力を貸して下さい」
頭を下げる。深く深く。敬意を持って。
「え?」
「梟の巣、帝国最大規模のクロウラークランが最初のお客様です。ただ、なにぶんこれから始める次第です。至らぬ所も多々有るでしょう。ですが、だからこそ、俺は理想から始めたい。あなたたちの力を借りて、現実に着地させて貰えませんか」
「……やられたね、これは」
「一緒に構想の穴を詰めて貰えませんか、フリージアさん。あなたとなら出来る」
欲しい。この人の能力が俺は欲しい。俺に出せるリターンは何だ。脳味噌をこの瞬間に高速で回せ。
「ドワーフの不利益も、ダンジョンの機会独占も俺には看過出来ません。だから俺に差し出せるものは一つだけ」
「それは?」
「クロウラーの誰もがもっと活躍出来る未来です」
最初から、俺は間違えていた。損得で梟の巣を動かそうとしてはいけなかった。
天秤に載せるべきは、誇りだ。ドワーフからそう教わったじゃないか。
俺の言葉の後に下りた沈黙を、切り裂いたのは梟の巣の若きリーダーだった。
「フリージア、私はクロードくんを支持する」
「ヒルデ?」
「私は彼の姿に先代を見た。梟の巣の始まりを見たよ」
ヒルデさんが俺の隣を見る。モルトさんは満足そうに頷いた。
……ええと、先代? 出来れば知らん人の話で通じ合うの止めて貰えませんか? 羨ましい以前に疎外感が凄い。
「……まだ認められないね、クロード」
「はい」
「アンタの理想は悪くない。だが、構想通りに行けば、その組織が大きな力を持ち得る事をアタシは危惧する。一つ間違えれば、アンタの考えている真逆の組織へと変貌しかねない。ソイツはクロウラーの自由を踏み荒らす事だって可能なはずだ。そうだね?」
フリージアさんの言う通りだ。そして、俺はそこに対して効果的な反論を持たない。
だから、素直に問おう。
「どうすれば良いですか?」
「アタシに考えさせるのかい?」
損得勘定は必要条件。そこは天秤そのものなのだと、今の俺なら分かる。
お客様が何を求めているか。それを理解して、提供するだけ。やっている事はRLHFとそれほど変わらない。俺の得意を生かすなら、ここだ。
「梟の巣と独占契約を結ぶ方が金払いは良い。それは裏を返せば、俺の案なら、梟の巣が納める金額は減るって事ですよね? それも、実情はそちらの提案とそれほど変わらないのに」
「……そうなるね」
「これって出納役としては存外旨い話じゃありませんか?」
フリージアさんはお酒を一度呷ると、ヒルデさんを見ながら一息に言った。
「クロードの構想に足りてないのは旗振り役だ。組織の色はそれで決まる」
あ、ヤベえ。それはまるで考えてなかった。
組織のリーダーこそが大事。その人次第で全てが変わる。考えてみれば当たり前の話で、どうして俺はこんな簡単な事を見落としていたのだろう。
……どうすっかなあ。考えてなかった、とか言える雰囲気じゃないよなあ。
「アンタにそれが務まるのかい?」
「え、俺?」
か、勘違いなさっておられる! 無理無理無理無理! 俺にそんな重役、出来る訳ないじゃん!?
「なんだい、その顔は。もしかして、アタシの考え違いだったかい? だったら、一体誰を立てるつもりだったのか、聞かせて貰おうじゃないか」
考えてませんでした。しょうがない。ここは腹を括って観念しよう。
「……誰か良い人知りませんか?」
「は? アンタ、そんな大事なことも決めずに、組織を作ろうって言い出したのかい!?」
ああっ、怒らないで下さい、お客様! こちらの落ち度は認めますので、どうか落ち着いて!
「呆れたね……。良いかい、クロード。もう一度言うけど組織のトップってヤツはそこのカラーを決める重要な役なんだ。言わば柱だよ、柱」
「柱だってよ、ヒルデ」
「茶化すな、モルト」
人が怒られている隣でイチャイチャするな、そこの二人ィッ!
「それこそヒルデさんかフリージアさんがやったらどうですか?」
「梟の巣を優遇するであろう外部組織のトップが梟の巣の人間で良い訳無いだろう! アンタ、その頭は飾りかい!」
「ご、ごもっともです。至らぬ頭で本当に申し訳ございません!」
勢いよくテーブルにぶつけた額が痛い。ついさっきよりも誠心誠意頭を下げている気がするのはなんでなんだろうね。前世で染み付いた、怒鳴られた時の顧客対応だったら本気で嫌だなあ。
「で? アンタがやらないのはどうしてだい? ここまでの話から割と適任だと思うし、アンタがやるってんならここまでの話はそれなりに評価するよ」
「いや、俺クロウラーじゃないんで、そんなもの任されても困りますよ。せめてその道に詳しい人でないと」
どう考えても俺には知識も経験も不足している。フリージアさんに評価して貰えてるっぽいのは嬉しいけども。
ヒルデさんは……なんか無理な気がしてきたし。二重の意味で。むくつけき体躯の門番とか、マジでまさかの伏兵だよ。
「なら、どんな人間がアンタの理想かだけ聞いてみようじゃないか。こう見えて顔は広いからね。もしかしたら適任が思い付くかも知れないよ」
「そうですね。まず、第一にクロウラーに詳しくて」
「さっき言ったね」
「後進を育てるのに熱心で」
「アンタの理想ならそうだろうねえ」
「特定のクランだけじゃなく、複数のクロウラーからの人望が厚くて」
「「……んん?」」
「話が分かるし仁義は通すけど、ルールにはそれなりに厳しくて」
俺が言ったその瞬間、右のテーブルで爆笑が起こった。
見れば、細身のおっさんが腹を抱えて大笑いし、その対面では大男が顔を真っ赤にしている。なんだなんだ?
「ぎゃっはっは! その辺にしときい、姉御。『旦那』出されちゃ俺たちの負けだァ」
「……旦那? いや、誰ですか、それ」
俺の問いに答えてくれたのはギリアムさんだ。
「後でモルトにでも聞くと良い」
答えてくれなかった。なんだよ、ケチ。
「シュタイナー、口出すんじゃないよ!」
フリージアさんの叱責が鋭く飛ぶも、シュタイナーさんはどこ吹く風と涼しげだ。
「嫌だね。クロウラー間の利害調整に理念と規律。更にはその継承ってとこか。旦那なら、その辺は誰よりも上手くこなすだろうさ。なあ、ギリアム」
「うむ。オヤジなら問題ない」
「って訳で、俺ァそこの坊主の案に乗るぜ。そもそも、懸念してる事が俺とフリージアじゃ違ぇんだよ。ギリアムはどうする?」
「賛成だ」
「よし。なら、これで三対一だな、姉御」
え? いきなりなんだよ、この展開。いやいや、この感覚には覚えが有るぞ。「また」だ。また、俺の手を離れて事態が勝手に転がりだしやがった!
「……シュタイナー、アンタの懸念ってのは一体なんだい?」
「あ? いやいや、なんで姉御が分かんねえんだよ」
すいません。俺にも何がなんだかさっぱり分かりません。
「シュタイナー、フリージアはあのダンジョンを一瞥しかしていない」
「そうか。そうだったな、ギリアム。なら、俺たちと同じ発想は持ってねえか! 良いぜ、教えてやる。フリージア、俺がモルトを見て最初になんて言ったか覚えてるか?」
……ええと、なんだっけ。クソガキ呼ばわりだったのは記憶に有るんだが。
「モルト、アンタ覚えてるかい?」
「ああ。確か、またどエラい事をしてるな、とかだったか」
フリージアさんに問われたモルトさんが答える。それを聞いて我が意を得たりと、笑うのは勿論シュタイナーさんだ。
「そいつは世辞でもなんでもねえ。フリージア、あのダンジョンはな……お前が思ってる以上に相当ヤベえんだよ」
男の発言にギリアムさんが頷く。あ、俺たちのドワーフスレイヤーが褒められてるのってちょっと嬉しいかも知れん。
「それこそ、生粋のクロウラーなら引退を撤回しちまいそうな程にな。ここまで言やぁ分かったろ、フリージア」
絶句するエルフだが……あの、本当に自分たちだけで話を進めるの止めて貰えませんかねえ。
いや、現実なんてそんなものだよ? うん、それは分かってる。でもさあ……モルトさん以外のこっちの面子見てみ? 全員きょとんとしてるよ?
「あーあ。困っちまうよなあ。ここで行われてる事を知ったら、旦那ならすっとんで来るだろうぜ」
「そうだな。いかにもオヤジが好みそうな話だ」
「まかり間違って八層を目指すとか言い出しかねねえだろ、こんなもん」
「ギルド長の椅子でも無ければ張り付けてはおけぬな」
シュタイナーさんとギリアムさんのやり取りに、見る見る内に青ざめていくフリージアさん。えっと……だ、大丈夫ですか?
「モルトくん、皆さん誰の話をしているんです?」
「クロードの求めてるギルド長候補のおっさんだ、イルマー。あつらえたように丁度良いのが居るんだよ」
それならそうと早く言ってよ! 言葉の節々からなんとなく、くらいなら察せられたけど、それにしたって限界が有るだろうが!
「あの人なら、クロウラー全員が身内みたいなモンだからな。良い意味でも悪い意味でもウチへの帰属意識は薄い」
「流石に言い過ぎだ、シュタイナー。が、他のクランにも慕う人は多い。そこは事実だ」
「姉御、降参しとけって。ここでコイツらに協力して旦那をギルド長に据えて監視でも置いておかないと、あの人その内ここのダンジョンで死にかねんぜ?」
「……やりかねん」
ギリアムさんが重苦しくシュタイナーさんの言葉を肯定する。なんか、本当に最初にモルトさんが予言した通りになったな。
フリージアさんはうつむいたままだ。でも、見れば分かる。この姿を「頭を抱える」以外に何と形容すればいいのか。
「あの髭オヤジでもまさかそこまで……いや、あの人なら……」
「あのー、こっちはこっちでドワーフの意見を聞かなければならないので、本決まりではありませんからね?」
つくづく空気を読まない事に定評の有る商人である。イルマーさん、その発言結構人の心無いですよ。意趣返しかな?
「そいつぁ困る。こっちは人命がかかってるんだ。なんとかならんか」
シュタイナーさんが言うも……うーん、こればっかりは俺たちの一存ではなあ。多分、ドワーフの皆さんも否は言わないだろうけど、憶測で物も言えないし。
「……分かった。協力する」
「あの、人の話聞いてます?」
こっちはフリージアさんとイルマーさんだ。この二人って、相性悪いんだろうか? おかしいな。俺の見立てだとそうでもないと思うんだが。
「……お前、なんか大変なんだな」
「まあ、それなりに」
そして、そこの二人! イチャイチャするなら他所行ってやれェッ!
「ええと……話、纏まったんですかね、これ?」
「くっくっく。全部旦那が悪いな、姉御!」
「どうにかあの人にここのダンジョンの話を隠しておく事は出来ないかね?」
「時間の問題で耳に入るだろうな。オヤジの周りには今でもクロウラーは多い」
「目に入る位置で大人しくさせとくのがベストじゃねーの?」
梟の巣組も勝手に喋るな! 俺が質問してるでしょうが!
あー、もう。後はイルマーさんに任せて自分の部屋に帰っちゃダメかな、これ。
一時間くらい過ぎただろうか。フリージアさんが俺に酒を注ぎながら聞いてくる。
「クロード、アンタ最初からウチを広告塔にするつもりだったね?」
「あ、バレます?」
「馬鹿だね。そこは『そんなことはありません』って言っておく所だよ。それにしても、新組織ねえ……まるでそういうものの存在を知っていたかのように話すじゃないか」
やっぱ鋭いなあ、この人。ま、異世界から来ました、なんて気付けるとは思えないけど。言っても信じて貰えるかは……怪しいな。
思えば遠くに来たもんだ、ってこういう時に使うので合ってる?
「あはは……気のせいですよ」
「どうだか。こっちの質問に考え込むでなく、即興で答えているように見えたけどねえ」
「似たものを知っていたというだけですよ」
酒を飲み、そして共に喋る相手に注ぐ。ああ、クロウラーってヤツはドワーフと似たところが有るな。
譲れないものが、誰にだって有るんだ。
「似たもの?」
「ギルド……商工組合ですね」
「ああ、なるほどねえ。雛形が有った訳だ」
フリージアさんが柔らかく微笑む。見れば見るほど、本当に美しいエルフだ。
異世界ファンタジーのテンプレってのも悪くない。そんな事を、俺は酒を片手にぼんやり考えていた。
「なので、『冒険者ギルド』なんて名前で考えてます」
「冒険者ギルド、か」
テンプレってのも悪くない。




