第34話 冒険者の夜
ドワーフ自治区唯一の宿屋の食堂。いつもは仕事終わりのドワーフでごった返し、毎晩のように酒盛りで賑わうそこだが、今晩は交渉の舞台となるという事でドワーフの客はいなかった。
普段よりも静かなそこで、クロウラーに混じって酒を飲む。イルマーさんは既に自室へと戻っていった。なんでも、今回の交渉内容を記憶している間に出来るだけ取り纏めたいとの事。いつもいつも、お世話を掛けます。
ちなみにマギストスさんが交渉の場に居なかったのは現代社会で言う所の民事不介入だそうだ。なるほどねえ。
『クロード様、見事な手際でした』
俺の隣に立つ美貌のゴーレムが空の杯に酒を注ぎながらヨイショしてくる。対する俺の心情は複雑だ。
決勝点がペナルティエリア外からのオウンゴールだもの。手放しで喜べないってば。
「やめてよ、ファム。俺は結局、何も出来なかったじゃないか。決定打となったのは向こうのクランの内部問題だっただろう?」
『いいえ。その認識は誤っています』
「お?」
『先の交渉において、根底に有ったのは、クロード様が得られたドワーフの皆様からの信頼です。それ無くば、そもそも交渉の席すら成立しませんでした』
「それは否定しないよ。けど、それはみんなで頑張ったからじゃないか。俺なんかドワーフの奥様方と昼間っから酒飲んでただけだし」
「ウチのボスをどう思うよ、フリージア」
「筋金入りの阿呆だね、こりゃあ」
「ちょ、フリージアさん! 流石に酷くない!?」
隣に座るフリージアさんへと抗議の声を挙げるも……実はそのジト目もなかなかに俺の性癖に刺さっております。
「ウチのボス……はあ。モルト。何ですか、この人は?」
対面のヒルデさんが少し頬を膨らませていた。お酒が入っているせいだろうか、先ほどまでの凛とした態度が崩れている。
「あ? 聞いての通りだ。今の俺の大将だよ。面白いだろ」
「面白いかどうかはさておき、納得はしました」
「納得ゥ?」
「この私のスカウトを二年も断り続けた男が、なぜ今更になってダンジョンに潜っているのか、ですよ」
ああ、彼女は俺じゃなくてモルトさんに怒っているのか。だから、俺に向けているのは……嫉妬なのかな、これは。
モルトさんが鼻の頭を掻く。そりゃ、ばつも悪かろう。ただ、身から出た錆な部分も大いに有るから、俺からは何も言えそうにないなあ。
「そりゃあ……悪かった」
「謝られると、より私が惨めになるんですが?」
「ああ、クソ。面倒臭えなあ!」
「ええ、私は面倒臭い女ですとも」
ヒルデさんはナッツを親の仇のように音を立てて噛み砕き、エールで豪快に流し込む。……ペース速くない? (元)おじさん、ちょっとその飲み方は心配になるよ。
「そういや、ヒルデ。お前、どうやってここの事を知ったんだ? アステラから聞いたってのも、よく考えれば不自然な話だぜ?」
おおっと、モルト選手! 状況の不利を打開すべく、ここで露骨に話題を変えに行った!
「ああ、それは単純だ」
「んな訳有るかよ。ドワーフ自治区は街道のどん詰まりだぞ。外からの人間もめったに来ない。でもってお前とアステラの間にツテが有るなんざ聞いた事が無いぜ」
モルトさんのツッコミに不敵に微笑む美女。うーん、酔ってほんのり朱に染まっているのも含めて非常に色っぽいなあ。正直、彼女と距離の近いモルトさんが羨ましい。
「……私には、定期的にスカウトの手紙を送っている元クロウラーの知り合いが居てな」
「おう、よく知ってる」
「その手紙が、先日受け取り不在で返ってきてな」
「……あ」
「まさか死んだのかとエンジナまで行って調べてみた。門番は何も知らなかったので、お前の雇い主……公爵邸に行ったら、丁度よく旅装の長男坊に出会った訳だ。話を聞けばなぜかモルトはドワーフ自治区に居ると言う」
「そ、そうだな」
「そして、ドワーフ自治区には不人気だがダンジョンが有る訳だ」
「……つまり俺のせいか。クロード、すまん」
モルトさんが頭を下げる。が、この人はもっと別の内容で俺に謝罪するべきだと思うんだよ。
「いや、人の口に戸は立てられぬって言いますし、別に気にしていません。俺が気にしてるのは別の事です」
「なんだ?」
「なんっで、美人にベタベタされてるモルトさんのテーブルに、俺が引き続き同席させられてんのか、って話だよ!」
なあ? なんかさっきからずっと様子がおかしいよな、そこ二人さあ!
「クロード、怒ってるのか?」
「怒るわ、そりゃあ! 距離感が近えんだよ、お前ら二人ィ!」
「……そうだろうか?」
ヒルデさん、わざとやってるのか? それとも「それ」が自然体な程に出来上がってるのか、お前らは!?
「アンタもだ! 表情とやってる事がチグハグなんだよ! モルトさんの腕を自然に抱いてんじゃねえ!」
俺の魂の叫びに笑い出すのはシュタイナーさん。彼は俺に向けて自分の隣の席をポンポンと叩いた。うん、こんなモン見せ付けられていては酒も不味くなるし、ここは誘われるまま移動するとしよう。
シュタイナーさんとギリアムさん。この渋いおっさんクロウラー二人なら肴になる冒険譚には事欠かないに違いない。隣のテーブルがどうでも良くなるような話、期待しちゃいますよ?
「なんだ、大将。お前、お嬢を狙ってやがったのか? ま、確かに美人だから気持ちは分かるぜ。だが、まあ諦めろ」
「……トイレから帰ってきたら俺の席にヒルデさんが座っていた、あの現実は正直言って受け入れがたいですね」
「お前の隣にゃ常に美人が控えてるだろうが。贅沢モンだな」
「ファムはそういうのじゃないんですよぉ」
確かに、見た目だけで言えばヒルデさんにもフリージアさんにも負けない美人……美ゴーレムではある。だからこそ惜しい。なまじっかAIというものを知っている俺は、前世で「AIといちゃこらする人の生々しいログ」なんかも履修済みである。
あれはなあ……人の振り見て我が振り直せ、って言葉のハイエンドだから。
「欲を言えば、モルトさんとヒルデさんみたいな関係に憧れなくもないんですけどね」
「なんだ? 俺と飲むんじゃ不服かよ、大将。今回も、なんならさっきの交渉の時だって誰が助け舟を出してやったと思ってんだ、オラ」
「ああっ、椅子の足を蹴らないで下さい! そこは感謝してますから!」
一つ溜め息を吐いて、ギリアムさんが仲裁に入ってくれた。
「シュタイナー、先の一件、恩に着せるのは筋違いだ。礼を言え、とまでは言わんが」
「ま、それもそうだな。助け舟と言ったが、ありゃ撤回する。俺らにとってもお前の提案は渡りに船だった」
「何、上手いこと言ってるんですか」
上機嫌の細身とは対称的に、大男は沈痛な面持ちで酒を呷る。そして、吐き出すように彼は言った。
「俺はもう、親父を担いでダンジョンを逃げ回るのはまっぴらだ」
「ぎゃはは! まあ、そう言うな、ギリアム。アレはアレで喉元過ぎれば笑い話だろ!」
「……その件は悪かったね、二人とも」
隣のテーブルのフリージアさんが、これまたギリアムさんと同じような表情で呟く。何の謝罪なんだろう。副長さんってクランメンバーの体調管理なんかも仕事の内なのだろうか。大変だなあ。
あれ? でも、「オヤジ」さんってクランの元リーダーなんだよね? なーんか話噛み合わなくね?
「もう何度も謝罪は受け取っている。気にするな、フリージア」
「だな。だが、それと『またやれ』ってのは別問題だ。こっちは危うく全滅しかけたんだぜ。分かるだろ、姉御」
努めて軽く、冗談めかしてシュタイナーさんは言うものの、しかしフリージアさんの眉間の皺は深まるばかりだ。ここは話題を変えてあげるべきだろう。モルトさんの二の轍を踏むつもりはない。話題選びは慎重に。それでいて文脈に沿う形を心がける。
俺は出来る男だからな。
「その……先代さん、ですか? クロウラーを引退してるって聞きましたけど、それはまたなぜ?」
「歳だ」
「ダンジョンで突然腰をヤってな」
「ああ、そういう。で、さっきのギリアムさんが担いで逃げたって話に?」
「うむ」
「と言うことはお二人は先代さんのチームメイトだったんですか?」
お。これは上手く話を変えられたんじゃないか?
「おう、そうだ。そのせいで気付けば梟の巣の大幹部よ。ツイてねえ」
「え? 大出世じゃないですか」
俺の言葉に隣のテーブルで苦笑するのはモルトさんだ。彼は色々と梟の巣の内部事情を知っているのだろうな。
……どういう関係? 元梟の巣のメンバーだったり?
でも、それだと「スカウト」じゃなくて「クランへの復帰」みたいな言葉をヒルデさんも使うかな。でも、ただの知り合い程度にも見えないんだよねえ。
「出世ェ? やりたくねえ事してるのに出世もクソも有るかよ。五人で博奕して俺とギリアムが負け組だ」
「でも、それでなんでフリージアさんが謝るんです?」
俺の言葉に心底下卑た顔でシュタイナーさんは笑った。
「あ? 男が腰ヤるっていったら大体想像付くだろ」
「シュタイナー!」
フリージアさんから間髪入れずに鋭い叱責が飛ぶ。が、男は肩を竦めるだけで飄々としたものだ。そんなシュタイナーさんを諌める立場なのがギリアムさんなのだろう。
「シュタイナー、その辺にしておけ。そろそろヒルデが『出来上がる』」
「お、もうそんな頃合いか。じゃあな、クロード。俺らは先に寝るわ。そんなら姉御、お嬢を任せたぜ」
言った次の瞬間には階段に足を掛けている。二人ともだ。なんともまあ、切り替えが早い早い。
あ、テーブルの上のつまみと酒瓶も消えてやがる。切り替えられてないぞ、あの二人。部屋で飲み直す気だ。
うーん……ワクワクドキドキの冒険譚はまた今度かな。残念。
「ところでフリージアさん、ヒルデさんが出来上がる、ってどういう意味なんですか?」
「……すぐに分かるよ。ったく、ウチの連中は逃げ足ばっか早くて困るね」
「よし。ならクロード、こっちに席が空いてるぞ。一人で飲むのも寂しいだろ」
モルトさんの手招きに今回ほど悪意を感じ取った事も無いなあ。
「……凄く行きたくないです」
何が悲しくて睦まじい様子の男女の席に座らなきゃならんのか。一人で酒と向き合っている方がよっぽど楽しいわ。それこそ逆に、フリージアさんをこっちに呼んでのさし飲みも視野に入れるぞ、俺は。
「まあ、聞け。お前を同席させたいのにはちゃんと理由が有る」
「……聞くだけ聞きましょう」
「この女は」
「ヒルデ」
「ヒルデは」
だから、その距離感を止めろって言ってんだろうが。モルトさんなら俺の気持ちが分かると思ったんだけど、買い被りか?
「酒を飲むと途端に面倒臭くなるんだ」
「お前の隣以外ではそう飲まん」
「……こうなるんだ」
だから、あの男二人は早々に逃げ出しやがったのかよ! 状況判断能力が高過ぎるだろ、トップクロウラー!
「こうなると俺の勧誘を止める方法は潰すしかなくなる」
「……ええ?」
「腕っぷしでは俺とタメ張るからな」
「ふん! 三年もダンジョンに潜らなかった今のお前が私とタメだと!? オヤジに気に入られていたからって、随分と自己評価が高いな、モルト!」
「……な? 面倒臭い女だろ?」
頭が痛くなってきた。酒のせいじゃないのだけはよく分かる。助けを求めて隣のフリージアさんを見るも、彼女は我関せずといった様子で黙々とジャーキーを齧っている。こっちはダメだ。
「つまり、俺は介護要員ですか?」
「兼給仕。後は、飲み比べの当て馬だな」
三十六計なんとやら。
「……じゃ、後はお二人で」
「兄弟、今俺を失うのは得策じゃないんじゃないか?」
お手本の様な綺麗な「ぐぬぬ」が俺の口から出る。くそぅ、抜け目の無さは流石と言いたいが、しかしアンタの口癖の「三方良し」はどこへ行ってしまったんだ。
道連れなんて倫理的に良くないだろ。地獄だか恋路だか知らんが、一人で落ちてくれよ。
「なぜ私じゃダメなんだ、モルトぉ」
ぐでんぐでんやん……愛されてますねえ、モルトさん。本当に、そういう関係なら先に言っておいて欲しかった。先の交渉も、もう少しスマートな形で出来たんじゃないの、この感じ。
「だってお前、俺の趣味じゃねえもん」
モルトさんが前に「深窓の令嬢モードファム」に一目惚れしていたのを思い出す。なるほどねえ。ああいうのがお好みですか。
けっ、贅沢ものが。勿体ないお化けが出るぞ、お前。
「またそれか! またそれか! お人形さんみたいな女のどこが良いって言うんだ! お前を前に振った女だって!」
「それにお前、家庭に入るとか出来ねえだろ。クランリーダーが妊娠とか、俺はお前の部下に殺されるぞ?」
「うぬぅ……その時はお前がクランリーダーをやれぇ」
「嫌だよ、面倒臭え」
まあ、その気持ちは分かる。シュタイナーさんに「大出世じゃないですか」と俺も言ってはみたものの、現実にそのポストを用意されると辞退するであろうというのは分かり切っている。だって、小市民だもの、根が。
しかしなあ……テーブルの上でスライム同然に突っ伏し、けれど男の腕を離さない彼女を見ていると、さっきまで俺と喋っていた大規模クランのリーダーと同じ女性だとは思えない。人間味が有ると言えばその通りなのだが。
「なぜだぁ……栄誉も金も転がり込んでくるのにい……ここまで大きくしたのにぃ」
「だからだろうが、馬鹿が」
容赦の無い男の発言に、しかしヒルデさんの矛先は俺へと向いた。
「なあ、クロードくん! 私は美人だよな!」
あー、この子、絡み酒なのか。本格的にだるいヤツだよ……。
「あ、はい。一般的に美人と称される部類だとは思います」
「モルト、お前が面食いなのも知っているぞ、私は!」
「性格がな……」
お前はちょっとは歯に衣を着せろ!
「そんなもの、お前のためなら幾らでも曲げてやるともぉ」
「……モルトさん」
なんか俺、ちょっとヒルデさんが可哀想になってきたよ。不憫系ヒロインっていうのかな。
「いや、うーん……分かるぞ、クロードの言いたい事は。だがな、責任を取らなきゃならんような事は俺は一切ヤってないから」
「そうなんだよ、クロードくん! ヤってくれないんだ!」
ヘイ、俺はその赤裸々な告白になんて返すのが正解なんだい?
「クロードが居るお陰で今日は楽だねえ」
隣の女エルフはやっぱりまるで頼りにならない。どころか、二人を微笑ましいものでも見るかのように扱う始末。もういい。分かった。これがクロウラーの文化なんだな?
なら、俺も心を鬼にしよう。ドワーフたちに散々鍛えられた俺の飲み会スキルを舐めるなよ?
「ファム、ヒルデさんの酒が足りてないみたいだ。ああ、エールじゃない。こっちの酒精の強いヤツを注いであげてくれ」
しかし、彼女はこの素晴らしい提案に首を横に振った。
『クロード様、その行為は危険です。当該ゴーレムはその命令を実行出来ません』
たしなめられてしまった。どうやら、俺への罰ゲームはもう少し続きそうだ。
「ようやく潰れてくれましたね」
モルトさんに寄りかかって寝息を立てる美女を見る。こうなってしまえば、先ほどまでの狼藉がどこか可愛く見えてくるのだから、ほとほと美人ってのは得だよなあ。
「潰れたな」
「まだ、ヒルデさんのお酒への耐性がドワーフほどじゃなくて助かりましたよ」
そうは言っても彼女はトップクロウラー。毒耐性と言うとオーバーかも知れないが、アルコールは毒の親戚。なかなかの強敵だった。
俺? 俺はエールを注ぐ振りをして、途中から麦茶に切り替えていたさ。こういう小狡い手でも使わないと連日襲い来るドワーフの酒宴では生き残れなかったからな。止むに止まれず編み出した生存戦略だよ。
「なら、ファムちゃん、ヒルデを部屋に運んでやってくれ」
『了解しました』
「モルトさんがやらないんですか?」
「それをやってベッドに組み伏せられた事が過去に有ってな……」
その時に既成事実作っとけよ、ヒルデさん。そしたらこんなに拗れずに済んだのにさあ。
「よく何もありませんでしたね、それで」
「酔っ払いの奇襲で仕留められるようなら、俺じゃねえよ」
男が得意気に口角を吊り上げるが……そういう意味じゃねえんだよ。
「そうですね。ええ。とても心強いです」
「いつも悪いねえ、モルト」
「ま、慣れてる。気にするな」
フリージアさん、俺への謝罪は無しですか? その扱いの違い、ガラスハートの俺は正味凹みますよ?
「あはは、気にはしてないよ。この件に関してはモルトも大概悪いからね」
「俺に女を選ぶ権利が無いとでも言うのか?」
「さっさとヒルデの処女を切っちまえって言ってんのさ」
この女エルフも大概口が汚い。多分、クロウラーに交われば赤くなるのだろう。俺としてはもう少し慎みを持ってくれていた方が好みなのだが、この際だ、高望みはすまい。
肌の白いは七難隠すと申します。
「その一発で当たったらどうすんだよ」
「そん時は諦めな。ったく、そんなんだからヒルデが『処女が面倒なんじゃ』とか言い出すんだよ。こっちはいい迷惑だ」
「ふん、俺の知ったこっちゃねえわ」
「毎度、リーダーの暴走を止める身になって欲しいもんだよ」
梟の巣の副長はこれ見よがしに溜め息を吐き、しかしそれを受けてもモルトさんは肩を竦めるだけだった。
「……どうせ、その一発とやらも、だろうが」
「そうだねえ……ま、確かに『今日』辺りは当たりやすいかもねえ」
「ほれ見ろ。女はこれだから怖い」
そこで俺を見るのはなんでですかね、モルトさん? 同意を求められても困りますよ?
「実際どうなんだい、モルト」
「何がだ? ヒルデならお断りだぞ」
「それは分かったよ。そっちじゃない」
フリージアさんがナッツを指で弾く。正確にモルトさんの眉間に放たれたそれを、男は造作もなくキャッチした。おお、凄え。
「腕の方さ」
「……七層はまず無理だな」
「へえ……どれくらいで戻せる?」
「五層、六層辺りでリハビリするとして一月は要る。勿論、面子が揃わないから言っても詮無い話だが」
「ウチのを貸すかい? 男のチームで丁度良い連中が居るよ」
「悪くはない話だが、今は要らんな」
こういうクロウラー同士のつばぜり合い染みた会話は聞いていて面白い。異世界に来た実感とでも言うのだろうか。俺は努めて口を挟まず、空気に徹する事にした。
「そうかい。いつでも言いな」
「あいよ。……ただ、欲を言えば、な」
モルトさんが天井を見上げる。いや、彼が見ていたのはその先だったのだろう。
「アイツらなら一人減ったよ」
「知ってる。空っぽの墓を墓参りもしたさ」
異世界のリアルが、男の短い言葉の中に有った。
「ダンジョンで死ねたんならクロウラーとしては本望だ。あんまり気に負うんじゃないよ」
「分かってる」
どう言い繕ってもドワーフスレイヤーはダンジョンだ。二人の間に流れる剣呑な空気に、俺たちは危険な事をしているのだと改めて思い知らされる。
「人間誰しもいつかは死ぬんだからね。ウチのオヤジが引退した後も後進を育ててる理由、知ってるかい?」
「暇なんだろ?」
「あっはっは! 間違いない!」
「で、本当の所は?」
「自分が死んだ後もアタシが寂しくないように、だとさ。あの髭オヤジがだよ!」
それは元クランリーダーが現副リーダーへと向ける手向けとしては余りにも重い。
そして、俺は気付いてしまった。グラスに落とす、フリージアさんの切ない視線に。……ああ、そういう事ですか。
「そいつはなんというか……オヤジさんらしいな」
「これだからヒューマンは……自分が死んだ後の事なんてどうでもいいだろうに」
十中八九、彼女は既婚者なのだろう。長命種と短命種。戯曲のようなその関係に、俺などが入り込む隙は最初からどこにも無かったのだ。
道化ってのも残酷な商売だよな、全く。
「そうだな。本当にその通りだ。ヒルデの心配してる暇が有ったら自分の心配をしたらどうだ?」
「こっちはヤる事ヤってるよ。ご心配には及ばないねえ」
はい、確定。本日二度目の失恋未満。神も仏もこの異世界には居ないようだ。ゴーレムなら山ほど居るがな。……だから、なんだってんだ。
「そうなのか!? にしちゃあ……」
「そこは種族が違うからね。アンドリュー一人出来ただけでも御の字だ」
「大切な一人息子をダンジョンクロウラーなんかにして良いのか?」
確か、アンドリューさんというのはモルトさんの元チームメイトの名前だ。ああ、そういやハーフエルフとかいう話だったか。……そんな伏線要らないってば!
「もし二人目が出来たら教育を考えるさね」
「……オヤジももういい年だろ」
「エルフ娶ったんだから、そこはしっかり諦めて貰うよ」
フリージアさんは笑う。寿命差の有る婚姻、そんな重たいものを吹き飛ばすように。
強い女だ。
「まあ、なんにせよだ。色々言ったが梟の巣が来たのは良いタイミングだった。俺一人では三層が限界でな」
初めて聞くモルトさんのギブアップ宣言。一層、二層に比べると三層の攻略に時間が掛かっているとは思ってはいたけれど、そういう事だったのか。
まあ、安全率考えながら一人でドワーフを守る、っていうのは最初から無理が有る話だったよなあ。
「一人で三層やれるのも大したモンだと思うけどね、アタシは」
「まあな。って訳で四層以降のドワーフの牽引、梟の巣に任せても良いか?」
言葉はフリージアさんに向けて。次いで男がこちらに向けた目配せに俺は頷く。現場統括の判断に俺なんかが口を挟めるものではない。
もちろん、最終的にはダグランさんたちドワーフに話を通さなければならない。だが、梟の巣は帝国でも屈指のクロウラークランだ。彼らが四層以降を請け負ってくれるなら、安全性は大幅に改善されるはず。
少なくとも、俺には反対する理由が見当たらなかった。
「ヒルデが断ると思うかい?」
「思わんな。クランの為にもなる」
「それだけじゃあ、無いだろうけどね。ま、明日の朝には伝えておくさ」
こうして宴の後は例に漏れずにしんみりと。その日はゆるゆるお開きとなった。
明けて翌日。話を聞いたドワーフ若衆まとめ役、ダグランさんの第一声がこちら。
「断る! 俺たちはモルトさんだから信頼して背中を預けているんだ!」
「ですよねー」
返す言葉も御座いません。




