第32話 敬意と信頼
話がまとまり階下に降りると、宿の食堂では件の四人が夕食を取っていた。
「モルトか。本当にこんな所に居たのだな」
「よう、ギリアム。アンタもまだ現役やってるようで何よりだ」
「クソガキ、またどエラい事をやらかしてんなあ」
「俺は巻き込まれただけさ、シュタイナーさん。梟の巣の幹部に比べりゃ大したことないぜ」
ギリアムと呼ばれた男は大柄で、「熊」とか「岩」といった印象を受ける。対してのシュタイナーはまるで正反対に、小柄ですばしっこいんだろうなといった凸凹コンビだ。二人に共通しているのは雰囲気だろうか。テーブルについているだけなのに、オーラだけで「只者じゃない」感が凄い。
そういうのってどうやって身に着けるんですか? 俺みたいな小市民はかなり憧れてしまうのですが。
「モルト、話は纏まったかい?」
「フリージア。……まあ、見てろ。すぐに頭を抱える事になるからよ」
そしてフリージアさん、と。モルトさんが顔を見せれば梟の巣の面々から当然と声が掛かる。おお、元トップクロウラーって肩書きは伊達じゃないねえ。
俺はビビり散らしながらも、なぜか空けられていたヒルデさんの前の席に座った。彼女はモルトさんを横目で見て薄く笑うと、俺へと視線を移す。
「食事中にすみません。例の件に関して二、三お伺いしたい事が有るのですが、よろしいでしょうか?」
「なんでしょうか? 答えられる範囲でお答えします」
いや、やっぱご飯終わってからの方がマナー的に良かっただろうか。という事で提案をすると、彼女は微笑んで応じてくれた。ここでテーブルを移動するのも不自然なので、俺も対面で夕食を取る事にする。
ま、いきなり本題、ってのもね。雑談は人間関係の潤滑油。決して「これを機に少しでもお近付きになりたい」とか考えた訳じゃ……嘘です。ちょっと考えました。
「ヒルデさんはお若いのに、クランリーダーなんてやっていらっしゃって凄いですよね」
「私などはまだまだ。ここに居る三人に助けられてやっとかっと体裁が取れている有様です。梟の巣は私が一から立ち上げたのではなく、先代に譲られたクランですから」
「そうなんですか。失礼でなければ、お三方でなくヒルデさんが選ばれた理由とかって聞かせて貰えますか?」
……これ、ギャラリーが居る事さえ脇に置けば夕食デートじゃねえ? いや、ヒルデさんの隣にはフリージアさんが居るし、俺の隣にもモルトさんが座ってるけどさ。
でも、二人とも興味深そうにしているだけで黙ってるし。話に聞くお見合いの仲人みたい。
「そうですね……先代にとってみれば『都合が良かった』のでしょう」
「都合が?」
「クランの旗頭に求められるものが何か分かりますか、クロードくん?」
リーダーシップって具体的に何を指すのか。そうだなあ……信頼の置ける人となり、とか?
俺がフォークを止めて悩むと、対面の美女が苦笑した。
「偶像性です。最前線で戦える程度には強くて、それでいて若い女。つまり、私はただのお飾りですよ」
「……いや、そんな事は無いと思いますけど」
「慰めは要りません。私はそれを理解して、受け入れていますから。先代にも言われました。『利用出来るものはなんでも利用しろ』と。私は欲の深いクロウラーなので」
欲の無い人間はそもそもクロウラーになどならない、なんてモルトさんがかつて言っていたのを思い出す。ヒルデさんがこの短い会話でなるべくしてリーダーになっているのは理解出来た気がする。
夕食を粗方済ませ、残ったおかずを肴に各自がお酒を飲むターンに入った辺りで、俺は「商談」を始める旨をヒルデさんに伝えた。勿論、彼女もこれから話が始まる事を理解していたのだろう。いや、彼女だけではないか。
誰も彼も、アルコールは咽喉を湿らせる程度に控えている。クロウラーだし、ギリアムさんかシュタイナーさん辺りなら構わず「始め」そうではあったのだが、そこは流石に百人組織の幹部って事か。
「それでは。クロードくん、聞きたい事というのは何だったのかな?」
あなたの理想の男性のタイプです、なんて言うと怒られるだろうか。いや、マジで個人的には一番聞きたい所なんだけど。仕事モードに切り替えようとはしているのだが、ほら、ヒルデさんが美人過ぎるのだからしょうがないだろ?
心頭滅却、心頭滅却。ここでがっつくのでなく、「デキる男」をアピールする方が勝利確率が高いと俺の演算は弾き出している。まあ、勝利した事など39年間一度も無いポンコツCPUの演算なのだが。
「では、梟の巣のリーダーに、という体で質問しますね。ええと、そもそもダンジョン深層独占のメリットってなんなんでしょう?」
「うん?」
「いえ、ダンジョンってモンスターもレリックも湧くものじゃないですか」
「湧く……面白い表現をするね、クロードくんは。いや、意味は分かるから大丈夫。続けて?」
ヒルデさんの言葉に前世のゲーム脳を引き摺っている事を自覚させられる。「ポップ」だの「リポップ」だのと言ってないからまだギリセーフだろ、うん。まだまだ異世界への順応が足らないね、俺も。
「はい。となると、独占のメリットが具体的に見えてこなくてですね。資源が有限なら独占したくなる。これは簡単な話ですけど、現実はそうではないでしょう?」
「競合がいない方が実入りは大きいのは分かる?」
「それは勿論。けれど、それはその分ダンジョンにおけるモンスターの密度が増すという事ですよね。ぶっちゃけ危なくないですか?」
「つまり、リスクリターンで言えばそこまで独占のメリットは高くない、と言いたいのだね、クロードくんは」
「ええ。そして、それをあなた方が理解していないとも思えなかったので、こうしてお聞きしています」
そもそもダンジョンは階層一つ一つが中々に広い。だから、クロウラーは血眼になるでなく、同業者との共存が出来ている。だが、これは一階層から順に攻略しなければならないダンジョンだから、という側面も有る。
「ドワーフスレイヤー」は色んな意味で業界の革命児なんだよなあ。
「うん、良い質問だ。簡単に言えば、『名声は金になる』のだよ、クロードくん」
ヒルデさんの言葉を受けて、モルトさんがニヤリと笑った。
「ヒルデ。人類史上初の七層突破、八層到達がお前の狙いか」
「そうだ、モルト。私個人としては名声やお金よりも、『一番乗り』そのものに意味を感じているよ」
かつてモルトさんの到達した階層が六階だったか。もしかしたら、モルトさんはヒルデさん達の野望をちょっと羨ましい、みたいに感じていたりするのだろうか。当人でないとそこは分からないし、聞くつもりも無いけどさ。
「俺もお嬢に一票だな。別に俺が人類初でなくとも良いが、俺のクランが一番ってのは気持ちが良いモンだ」
横やりはシュタイナーさんからだ。ギリアムさんもその隣で頷いている。二人のクランへの帰属意識は強い、と。梟の巣は良い居場所なんだろう。これは雰囲気でなんとなく分かる。
「なるほど。で、『それ』は可能なんですか?」
俺の言葉にどこか楽しそうに答えるのは隣に座るモルトさんだ。
「以前よりはよほど現実味の有る話なのは間違いないな」
「そうだね。どこかの槍使いが諦めたその先は私が確かめておくよ」
「ふん、そりゃ威勢の良い事で。足をすくわれるような事にならなきゃ良いけどな」
あ、この二人、仲が悪いのかも。そう言えば、二階から食堂に降りて来た時、ヒルデさんだけがモルトさんに声を掛けなかった。やっべ。モルトさんの悪印象に引き摺られて、俺への好感度も下がるパターンじゃねえ?
この話題はダメだ。修正しないと。
「分かりました。では、他の質問も良いですか?」
「なんなりと」
「実際、どれくらいの人数をこの自治区に乗り込ませるつもりです?」
「宿が増える度に出来るだけ、ですね。下手にここの生活を荒らして、ドワーフの反発を悪戯に煽るつもりは有りません。そこは安心して下さい」
うん、クロウラーとしては比較的行儀が良いクランだ、と自分で言うだけはあってわきまえている。これは良い情報だな。
「それは僥倖。ただ、宿を常にあなた方のみでいっぱいにされると流石に困りますが」
「分かっているよ。そもそも、即座に七層にアタック出来る話でもないしね。まずは少しずつ進んで、ダンジョンの情報を集めないといけない。何しろ、ドワーフスレイヤーは攻略実績が殆ど無いからね」
辺境でアクセスの悪いダンジョンだものなあ。何なら、俺たちが来る前までは入り口は塞いであったという話だし。クロウラーだってこれまでとんと見なかったしね。
「では、最初期はそこまで人数が不要という事ですか?」
「いや? 居れば居るだけ四層、五層くらいなら攻略が速いから、そこはそうでもないかな」
このヒルデさんの返答は、流石は帝国最強レベルの武闘派クランと言うべきだろう。四層、五層を「その程度」としてあしらえるようなクロウラーが仲間内にゴロゴロ居るって事だからな。ひぃ、恐ろしい。
「では、最後に。梟の巣はダンジョンクロウラー全体の社会での立ち位置をどう考えていますか?」
「立ち位置? それはどういう意味だい、クロードくん?」
「例えば……梟の巣にはダンジョン初心者に自発的に教育をする人も居るとモルトさんから聞きました」
正確にはクロウラーの中には、だが。ま、百人も居たらそういうのが居ない訳も有るまいさ。ギリアムさんやシュタイナーさんなんかは、いかにもそういうのが好きそうに見えるしな。
年齢のいったおっさんは「昔話」をしたがるもの。これは俺の経験則だ。異世界でも人間は人間。普遍的性質に変わりは無いだろうよ。そう考えての俺の発言に、ヒルデさんは曖昧な顔で頷いた。
「ああ。だが、それは教育という程でもない。お酒の席での世間話程度さ」
「それはそうかも知れません。では、なぜそのような事を?」
「うーん、新人に早めに唾を付けておけば、将来的なクランの構成員になるかも知れない、とかじゃないかな。私はあまりやらないけど。アレはどうも自慢話になりがちでね」
ちらりと彼女は自分のクランの男性幹部二人を見る。ほら、やっぱりそうじゃん。おっさん二人が慌てて酒に口を付けて素知らぬ振りをするが……遅いって。
「分かります。でも、それだけでしょうか?」
「……何が言いたいんだい?」
「ヒルデさん、クロウラーの世間的な評価にあなたは腹が立ちませんか?」
「世間的な評価?」
ヒルデさんが小首を傾げる。可愛い。うん。
「……始まったなあ」
「これだからクロードさんは怖いんですよ」
隣と後ろでボヤくモルトさんとイルマーさんは無視。俺はそれどころじゃないんだよ。この花を存分に愛でるので忙しいんだ。
「ダンジョンクロウラーは公的には職業ではない。そうですよね?」
「いや、だから君は何が言いたいんだい? 何を私に言わせたいんだい?」
ヒルデさんの発言に、彼女の評価を上方修正。この人、ただの見た目の良いお飾りじゃない。少なくとも、俺が「ある方向」に誘導しようとしているのに気付いた。
うーん、ますます好印象。
「別にクロウラー全体の事は副次的で構いません。梟の巣のクランメンバーの事だけでも良い。なんで、命賭けで社会に貢献しているあなたたちがならず者扱いされなきゃいけないんですか」
「……それが今、何の関係が有るというんだ、クロードくん」
「ちっちぇんすよねえ」
「は?」
ヒルデさんが口をぽかんと開け、その隣で女エルフの眉間に皺が寄る。更には右のテーブルから殺意としか思えないプレッシャーが二つ。
これは明確に梟の巣の地雷踏んだな。それも男性陣の方が反応が良い。モルトさん、ファム、もし彼らが実力行使に訴えそうになったらちゃんと止めてよ?
祈りながら咳払いを一つ。
「帝国最大規模のクランがたかがダンジョン一つの独占であーだこーだと。もっとデカい事しましょうよ、どうせなら」
「デカい事?」
「ヒルデさん、提案です。俺たちでクロウラーの為の組織をぶち上げません?」
「クロウラーの為の組織? いや、それがクランで……もしかして、君はクロウラー全体の事を言っているのかい?」
「もしかします。クロウラーの、クロウラーによる、クロウラーの為の組織。そういうものを構想しているんです」
リンカーンの有名な演説の丸パクりである。転生特典が地味な若返りでしかなかった俺は、こういう小狡いやり方しか出来ないのだ。
ゴーレムのセキュリティを無視出来る能力? いや、アレも使い道が微妙じゃない? 転生特典が選択制なら絶対選んでないでしょ。
閑話休題。
「ダンジョンの独占の話をしていただろう、私たちは。その組織が何の関係が有る?」
「功績と貢献度に応じた優遇。その認定を『組織』が行います。優遇の中身として、ドワーフ坑道の優先使用権などを想定しています」
「……つまり、事実上私たちの要求が通る訳か」
おお、話が早い。ヒルデさんの言う通りで、これはとどのつまり「梟の巣の実績なら優先されて当たり前だよね」と暗に含んでいる事になる。
「そうなりますね」
ヒルデさんの目的は八層への人類初到達。組織はそれを邪魔しない。むしろ、バックアップにだって回れるだろう。これは双方にとって悪くない話のはずだ。
が、トントン拍子で進まないのが多数での会議である。会議と名の付くものは「これが義務だ」と言わんがばかりに、進まず踊るものなのだ。あ、これは前世からの経験則ね。
「ヒルデ、替わりな」
「フリージア?」
「黙って聞いてれば……このガキ、相当な食わせモンだよ、これは」
ええ……褒められてるのか貶されてるのか判断に相当困るな、それは。でもってガキ呼ばわりと来たものだ。……もしかして、フリージアさんって見た目じゃ分からないが結構な年上なのか?
まあ、エルフと言えば長命種、ってのはファンタジー世界におけるテンプレだもんなあ。なら、テンプレに従ってフリージアさんには言葉づかいをおしとやかに寄せて貰いたいものだが。
「アンタ、なぜウチの独占を蹴るつもりなんだい?」
この口振りですわ。ヤンキーかよ。いや、見た目が良ければ全て「味」として許せてしまえそうなのが、また悔しい。
「梟の巣一つにここの経済の一部を委ねる事は将来的に危険だと判断しました。また、他のクロウラーからドワーフへの嫌がらせも懸念されます」
「……筋は通ってるね。でも、それじゃ足りない。金はどうする? ウチの独占の方が明らかにたくさん払えるだろう。理想を言うのは、現実を見てからにしな」
それは確かに一理有る。フリージアさんの言葉に俺は「テンプレ」を頭の中に思い浮かべる。ええと、どうやって「アレ」は運営費を賄っているのだったか。
「……買取所を組織に組み込みます。このダンジョン探索という仕事の金の流れを握っているのは買取業者ですから」
「獲物を他所に流すとは考えないのかい?」
「エンジナまでの輸送費と手間を考えれば、そこまでするかは疑問ですね。出来ないとまでは言いませんが」
「他所の業者を呼び寄せれば良いだけだろう?」
「そしたら、ドワーフの造った直通回廊は使わせませんよ。こっちだって慈善事業でやってるんじゃないんですから。クロウラーには、どうぞ選択して下さい、と」
そもそも、直通回廊を使わなければドワーフスレイヤーに旨味など無い。四階層へのダイレクトアクセスというゲームチェンジャーにはそれだけの価値が有るというのは、モルトさんが太鼓判を捺してくれたしね。
ここは強気で良い場面だろう。
「……ふうん。一応考えてはいるみたいだね」
「いや……どうですかねえ」
「けどね。アンタは矛盾してるよ。そのアンタが考える組織こそ、独占の温床じゃないのかい?」
「え? そうですよ?」
何を今更。
「はァ? そうですよ、ってアンタ」
「だから、将来的には準公的機関を目指しましょう。後、俺は独占自体はそこまで問題視していません。俺が危惧しているのは『機会の独占』です。
誰でも実績と組織への貢献で深層を目指せるようにしたいんです。そうは言っても、それを認定する『組織』によるダンジョンの独占めいて聞こえます。しかし、実の伴わないクロウラーが不相応な深さまで潜ろうとするのを防止する働きもそこには期待出来るでしょう?」
そう、俺が目指しているのは独占というよりは、ダンジョン挑戦機会の一元管理。
モルトさんの考え方は、決して間違ってなどいないのだから。
「……そう言えばさっき、初心者がどうのとか言っていたね。実績だけではダメ。貢献だけではダメ、ってか。そこの筋は通ってるね」
「はい。現在、クロウラーが自主的に行っている初心者教育を、新組織が行うのはどうでしょうか」
そして、これは俺のエゴ。命を粗末にしてはならない、という現代日本人の基本道徳だ。
でも、フリージアさんはそこを見逃さない。
「それは組織からしたら何の旨味が有るんだい? 他人は損得でしか動かないよ?」
「え? クロウラーが増えたら組織の利用者が増えるし、クロウラーが育てば組織の利益も増えるじゃないですか」
某ハンバーガーショップチェーンが子供向け商品に力を入れているのと同じ理屈だな、これは。
俺の倫理観を無理矢理こちらに持ち込んでも、それはただの強制だ。だから、俺はロジックで武装する。合理で通す。
「次の質問だ。アンタは買取所を併設すると言ったが、買取一本ではそんな組織は賄えないよ。そこまで上前を跳ねる組織にクロウラーはついていかない」
「あ、だからダンジョンの情報提供や依頼の斡旋、後、レリック取引の仲介なんかも兼ねましょう」
「クロウラーが欲しいものを、そこに集中させてしまうって事かい」
「はい。組織が『独占』します」
フリージアさんが俺を睨み付ける。……あ、確かに今の発言はちょっと意地悪だったかも知れないな。そこまで含めたつもりもないのだが、コミュニケーションって難しい。
「そこまでするんなら大義名分が必要だよ」
「クロウラーの為に、ではいけませんか?」
「……悪くはないね。が、やはり理想に寄りすぎている。アンタの構想は穴だらけだね」
「承知してます」
俺にはイルマーさんのような現実との調整能力も、マギストスさんのような実務能力も無い。アステラくんのようなリーダーシップも、だ。無い無い尽くしで嫌になる。
フリージアさんは俺を見て、ニヤリと肉食獣のように笑った。
「その組織はそう遠くなく破綻するよ。自由を旨とするクロウラーは乗らない。それにウチなら自力でドワーフスレイヤーと同じ設備を他のダンジョンに用意出来る。トップクランの財力を甘く見るんじゃないよ、坊や」
「……あっ」
してやられた。ドワーフスレイヤーのユニーク性という一番のセールスポイントを、的確に狙い撃ちにされた。
マズい。マズいマズいマズい!
一体、どこでしくじった!? 途中まで交渉は悪くない感じで進んでいたはずだ! いや、しくじったんじゃない!?
この、フリージアという女性がそれだけ「出来る」って事かよ! ああ、俺は何、「お近付きになれたら」なんて甘い事を考えていやがったんだ!
反省する点は他にも有る。俺は完全に自分の思い付きに酔っていた。現代知識無双を気取ってしまっていた。だから、足元が見えていなかった。……何を言おうと今更後の祭りだ。
トップクランの財力なら、出来る。それは事実。
目の前が真っ暗になりそうな、そんな俺の項垂れた頭に降ったのは、信頼する男の声だった。
「面白いな。出来るモンならやってみろよ、フリージア」
「……モルトさん?」
「そんな顔すんな、兄弟。安心しろ。この女の言ったのなんざ、ただのハッタリだ」
ヤバい。モルトさんが無茶苦茶イケメンに見える。思わず「抱いて!」って言いそうになった。
「ハッタリ? モルト、何を根拠にそんな事が言えるんだい? ウチの資金をアンタが知らないはずも無いだろうに」
「金じゃ世の中どうしようもない事も有るってこった。フリージア、ちなみに『誰』にダンジョンを整備させるつもりなんだ? あ、おばちゃん、ウチのヒーローなんだが、どうやらちょっと酒が足りてないらしい。大至急頼むわ」
こんな時でも変わらない男の軽口は小気味良く。俺はそこに頼もしさを感じずには要られなかった。
「あいよー。おつまみも今、用意するからねえ」
その宿屋のドワーフ女性の声を受けて、フリージアさんがモルトさんを睨み付ける。おお、美人の凄みはおっかない。
「ドワーフを囲う気かい?」
「いや? そんなつもりは無えよ。ドワーフが誰と仕事をするのかは、ドワーフの自由だ」
女将さんが俺の前に酒の追加とジャーキーの載った皿を置く。そして、彼女は俺に向けてウインクした。
楽しそうに。助けてあげると、言わんがばかりに。
「なあ、おばちゃん」
「モルトさんの言う通りさ。でも、ウチのお父つぁんは難しいよ? 同じ言葉で話せない人の下では働かないかもねえ」
俺、クロード=ソールは誰と話すにも通訳の必要な異邦人だ。ドワーフと同じ言葉では話せない。それでもドワーフたちは、俺と一緒に働いてくれる。
同じ言葉。ガネイラさんが言っていたじゃないか。
ドワーフと話すのに必要なものは二つだと。
ヤッベ。泣きそう。




