第31話 大規模クラン
クロウラークラン、「梟の巣」。その構成人数は百を越えるという、帝国でも一、二を争う規模のダンジョンクロウラーの互助会である。当然ながら各方面に顔が利き、帝室からの信頼も厚いという、まあ絵に描いたようなエリート集団だ。
イルマーさんが言うには(まあ、前述も彼の情報なのだが)、彼我の人数を揃えたならば帝国最強の武闘派集団との呼び声も高いそうで。これまたお貴族様とは違った方向(物理)でやりにくい。幸いなのは、ドワーフ自治区へと来ているのはその内の四人だけという点か。
もう一つ救いが有るとすれば、今、俺たちとの交渉を切り出したのが物腰柔らかな女性だという事である。理知的で話の通じそうな美女。そうそう、異世界ファンタジーのクランリーダーってのはこうでないと。当然ながら、そこに「メインヒロイン登場」を疑ってしまう俺である。
いや、ちょっとセオリーを外して後ろに控えている杖を持ったエルフ美女かも知れんな。うーん、正直どっちでも有りです。
「ええと、先にお名前をうかがっても?」
「これは失礼した。私はヒルデ。このクランのリーダーをやらせて貰っている。後ろのは副長のフリージア」
「フリージア。見ての通りのエルフだ」
言葉づかいもぶっきらぼうに、ニヒルに笑うエルフのお嬢さん。しかして、見た目がとても麗しいので、どんな顔をしても様になる。エルフは美形。大規模クランのリーダーが女性であった場合も美形。これは世界の理だ。
「どうして我々の名前をご存知で?」
「道端で責任者を聞いたら、ドワーフが快く教えてくれたよ。若い方の君がクロードくんだろう?」
正解。ちなみにこの場に二人しかいないのに、なぜ来訪者が四人と知っているのかだが、そこは便利なファム通信によるものだ。彼女によれば、その二人はダンジョン周りで興味津々、じゃなかった、情報収集しているらしい。
そっちは両方とも男性。ま、野郎はどうでもいいや。とりあえず目の前の美しいお二人とお近付きにならねば。
俺の脳裏に「二兎追うものは一兎も得ず」の諺がちらつく。ええい、邪魔臭い。ロックオンするにしたって、先ずは相手を知ってからだろうが。
「それで……四層以降の権利、でしたか?」
イルマーさんが話を本題に戻す。
「しかし、いやはや何の話でしょう? 私には皆目見当も付きませんが」
あ、いや戻さねえ。コイツ、堂々とすっとぼけやがった。まあ、そうだよね。資金こそイスカリオ公爵から貰えたものの、現在は急ピッチでインフラを整備している真っ最中。そこに百人規模のダンジョンクロウラーなんかが押し掛けた日には……まあ、混乱は避けられんわな。
「イルマーさん、とぼけないで下さい。あなた方がここのダンジョンを開発しているというのは聞き及んでいます」
「ちなみに、どなたから聞きました? ドワーフ自治区の噂話など、そう外に流れているとも思えませんが」
副音声で「ガセネタなんじゃないの、それ」と言っているのが分かる分かる。商人のこういう腹芸は俺には真似出来そうもないなあ。
「エンジナ領主家の人間からです」
俺とイルマーさんは揃って頭を抱える。これでしらばっくれるのは不可能になってしまった。何しろ、確かな情報筋。俺たちの脳裏には、とある青年の顔が浮かんでいた。
……アイツ(アステラ)か。ちっ、余計な事をしやがって。
「それはまた……良い情報源をお持ちですね」
商人もこれが言い返せる精一杯であるからして。表面上はニコニコしながらも、多分、内心で腸煮え繰り返ってるんだろうなあ。
「ええ。ですので、腹を割ってお話して頂きたい。そちらは何を危惧しておいででしょうか?」
「良いでしょう。単刀直入に言えば『梟の巣』百人を収容するほどの施設がここには無いという事なのです。治安悪化はどうかごめん被りたい」
「……なるほど。納得しました。ウチのクランは行儀の良い方ではありますが、それでも『クロウラーとしては比較的』です。では、ドワーフ自治区は『ドワーフスレイヤー』によそ者を入れるつもりは無いと?」
話の分かる女性で助かる。が、この切り返しは不味くないか?
確か、ダンジョンって国の管轄で基本的に出入り自由なんだよ。それをドワーフ自治区が独占しているというのは外聞がよろしくない。
俺はよく知らないが、法的にも何かしら有るかもだしな。これまで殆ど手付かずのダンジョンだったのは確かだが、それは恐らく何の根拠にもならないだろう。
「おやおや、入れるつもりがないとは一言も申し上げておりませんよ。別にアタシたちがあそこの持ち主という訳ではありませんので」
営業スマイルを顔に貼り付けるイルマーさんだが、嘘は言っていない。だが、事実とは異なる。
ダンジョンの入り口は皆の物だ。けれど、二階層直通、それと未だ開通していないが三階層直通回廊の入り口はドワーフの許しが無ければ使えない。
モルトさんとファムはそこまで考えて、入り口を別に造ったのだろうか。……考え過ぎかも知れないが、元トップクロウラーだし有り得る話だな。これは後で聞いてみよう。
「それはそうでしょう。ダンジョンは誰の持ち物でもありません。しかし……四層入り口までのスキップ権は、事実上ドワーフが、いいえ、あなたたちが握っている」
イルマーさんが弾いた三味線の音無き音は、しかし容易く見破られる。このリーダーさん、なかなかの切れ者だ。
「そんな事はありませんよ?」
「そう警戒しないで下さい。なにも買い叩こうというのではないのです。ただ、我々は深層の成果物を独占したい。深層はそもそもクロウラーでもないドワーフには手が出せないはずです。ですが協力してくれるならば、それによって出た利益をドワーフにも還元します。Win-Winでは?」
交渉が上手い。ヒルデさんの提案は局所的に見れば最適解とも言える。なにしろウチは現在、ドワーフへの給料すらいわゆる最低賃金的なものだから。
それでも彼らは「そもそも金が稼げるようになっただけで嬉しい」だの「家に帰ったら『お疲れ様』と言って貰えるようになった」だのと俺たちに言う。その笑顔が心苦しい。
ひとかどの技術者に対して相応の賃金を払えない。これを一番悔しく思っているのは他ならぬ誠実な商人だった。
「具体的に分け前はどれくらいを見込んでいます?」
「フリージア」
ヒルデさんに呼ばれた女エルフが商人の質問に回答する。ってことは、この人はクランの出納係なのだろうな。
「一割だね。こっちも命を賭けてる。これ以上は出せないよ」
「一割。……母数が知りたいですね」
「抜け目無いねえ。ま、こっちはアンタと違って腹芸するつもりはない。ダンジョンから持ち帰った成果物の売却額、その一割さ」
「これは手厳しい。……となると、経費を引いた後では無いのですね」
「引く前だよ。そこを弄ったらアンタたちと揉めるだろ。買い取りだって、ゴーレムが査定するちゃんとした第三者業者を用意しようじゃないか。これなら履歴も残るし、小細工も利きにくい。不服かい?」
へえ……流石に百人規模のクランとなれば買い取り業者の斡旋すらお手のものか。それに「第三者業者」「ゴーレム」を会話中に強調した。うーん、このエルフさんも相当出来ると見た。
「いえ、そんな事は。そちらが腹を割ってくれたので、こちらも誠意を見せますが、正直予想よりも多いくらいの提案でした」
「それだけこっちも、アンタらの造ったモンを評価してるって事だ。勿論、該当階層間の荷運びくらいはやって貰うよ。ショバ代だけじゃアンタらも流石に貰い過ぎだろう?」
「荷役ですか。その程度なら問題無いかと。一応聞きますが、収益の見込みはどれほどになります?」
「そんなもの潜ってみないと分からないねえ。だが、梟の巣が稼げないダンジョンで稼げるクロウラーなんて帝国には居やしないよ」
なんて威勢の良い啖呵だろうか、姉御肌エルフ。自他共に認めるトップクランともなれば発言の重さがやっぱ違うねえ。
「ご回答ありがとうございます。大筋は理解しました。ただ、やはり私たちだけでは即答は出来かねます。何より、当事者であるドワーフの頭越しにこのような事は決められません。どうか返答には時間を頂けませんか?」
ヒルデさんは可憐な鈴蘭のように笑う。ころころと、音が鳴るかのように。素朴に、柔らかく。
「それは勿論です。皆様で存分に話し合って決めて下さい」
ただし、鈴蘭には毒が有る。
「さて、どんな意見が出るのでしょうか。ドワーフから……そして、モルトから」
大規模クランの出現。……これは少々、厄介な話になってきたぞ。
「……話が旨過ぎる」
モルトさんがダンジョンから帰って来て、彼の部屋で男三人プラス一機で事の次第を伝えた結果、彼から返ってきたのがこの第一声である。
「どこか、足を掬われるような抜けは無いのか、イルマー」
「今のところは無いですね。契約書の段階にもなれば抜け道もほぼ存在しないかと」
商人の冷徹な見立てに男は大きく舌打ちをする。モルトさん、なんかイライラしてない?
「この感じ、ヒルデの立案じゃねえ。話を聞く限りフリージアの入れ知恵か。オヤジが引退してからこっち、好き放題してやがるな、あの女」
「好き放題ですか? そこまでこちらに不利な条件は提示されていませんよ、モルトさん」
本当に。かえすがえすも梟の巣が行ったのはイーブンな提案である。それこそ気持ちが良いほどだ。
だからこそ、モルトさんの態度は不可解である。彼だって今のところボランティアで働いているのだ。お金の大切さは十分に理解しているはずだが……はて?
「あー……クロード、そういう意味じゃねえ。あのヒルデって女の、一つ前のリーダーなら、こんな話は持ち込みすらしなかっただろうってだけだ。あの人はクロウラーの仁義をよく分かっていたからな」
「クロウラーの仁義、ですか?」
「ああ。ダンジョンは貧乏人にも開かれた、どんな状況であっても挑戦出来る、人生やり直せるギャンブルだ。これを先代はよく知ってたんだよ。……クソがっ!」
男が吠える。こんな彼はダンジョンの中であってすら見た事が無い。初めて見る。モルトさんは本気で怒っていた。
「その提案、絶対に受けんなよ、イルマー。独占なんて不要だ。ここは放っておいても人が人を呼ぶ。ヤツらに独占させるよりも、広く間口を取る方がここに人は集まる」
「しかし、それではドワーフに落ちるお金は減りませんか?」
「そんなもん通行料で十分だろ」
「彼らは成果物の一割程度を納めるつもりでいます。一律の通行料ではどう足掻いてもそこまでのお金は落ちませんよ。そして、何より。お金に十分なんてものはありません、モルトくん。我々が一番よく分かっているはずです」
「それは……そうだ。だが……だが! クロウラーにはクロウラーの道理ってモノが有る。それを無視は出来ないだろ」
「クロウラーの道理? 仁義? モルトくん、提案してきているのが帝国最大規模のクロウラークランというのを忘れていませんか? それに、そこが実質的にドワーフの後ろ盾となる。これはかなり有用ですよ」
パン、と。
大きく音の鳴るように手を叩いたのは俺だった。
「二人とも喧嘩腰になっています。落ち着きましょう。間違えないで下さい。俺たちは仲間です」
『クロード様の仰る通りかと。私たちがいがみ合う意味は有りません』
ナイス援護射撃だ、ファム。
「論点を整理しましょう。まず、大目標の制定。これは『ドワーフの幸福』。ここに異論は有りませんね、二人とも」
「それはまあ」
「そうですね」
二人が頷く。そう。問題をしっかりと捉え、齟齬なく共有するのが第一段階。
「では、両方とも正しい事を言っているんです」
「「は?」」
「お金は欲しい。梟の巣が出した提案の条件も良い。逃す手はない。これはイルマーさんの言う通り。けれど、たった一つのクロウラークランがダンジョンを独占する事で自治区の繁栄に将来的にボトルネックが発生する。これもまた独占の弊害です。つまり、二人とも言っている事は正しいんです」
「おい、クロード。俺が言ってるのはそうじゃない。クロウラーの流儀に反してるって話だったろ」
「分かりますけど、このダンジョンに関してはモルトさんの主張は筋違いですよ」
「筋違いィ?」
「だって、このダンジョンの浅層ってドワーフの職場じゃないですか? ギャンブルしにくるような初心者は他に行くべきでは? ドワーフ自治区はよそからのアクセスも悪いし」
「まあ、そりゃあ……そうだなあ」
モルトさんはばつが悪そうに頭を掻く。きっと、彼は間違った主張を恥じているんだろう。でも、それは決して恥ずかしくなんてない事を俺は知っている。
だって結局、あなたはそうやって俺の話を聞いてくれるじゃないですか。怒ろうと、呆れようと。格好悪いだなんて、俺は思いませんよ。
「ファムはどう思う?」
『この提案は受けるべきかと。法的な懸念については、私が仲介すればかなり減らせます。こちらはこう考えていた、という口頭段階も記録出来ますので』
流石はゴーレム。こういう面では最高に頼りになる。ファムも最近は伽を申し出る事も少なくなったし、良い感じに変わっていっているよなあ。
「ファムは賛成かあ」
『何より、ドワーフの皆様へ技術能力相応の賃金を支払えていない部分。これは早急に是正する必要が有ると考えます』
「まあ、待遇としてはかなりグレーっぽいしね」
『現在は事業立ち上げ期という事で皆様も納得されています。しかし、恒常化させるべき状態ではありません』
ファム的にはそうなるよね、うん。とてもゴーレムらしいものの考え方です。こういう所、イルマーさんと同じベクトルで誠実なんだよ。腹芸は望むべくもないが。
「そういう兄弟はどうなんだ? お前も賛成なのかよ」
「そうですね……割と賛成寄りではあります。が、独占という言葉がやはり嫌いです」
「お、話が分かるな」
「気を良くして貰ったのに申し訳ないのですが……同じくらい、モルトさんの言った『人生をやり直せるギャンブル』というのも嫌いです。すみません」
モルトさんの思想である「安全第一」とは「命は何よりも優先され、決して危険に晒してはならない」とイコールではないのだろう。俺のニュアンスでは「命には使いどころが有る。それはここじゃない」が、モルトさんの掲げる「安全第一」。だから、彼は「命懸けのギャンブル」であるダンジョンアタックを否定しない。
でも、俺は現代人だからだろう、その考え方には悪いが賛同出来ない。
「……ああ。まあ、そこは俺の言葉が悪かったかも知れないが」
「引っ掛かるんですよ、なんか。ギャンブルさせるにしたって、せめて初心者救済措置的なものが欲しくはなりませんか?」
「そこはある程度クロウラーが自発的にやってるぞ、クロード」
「でもそれ、義務じゃないですよね。前にモルトさんも言っていたじゃないですか。『男女混合の駆け出しチームがよくダンジョンで瓦解する』って。そういうのをちゃんと教える……ん?」
「どうした、クロード?」
モルトさんが俺を覗き込む。
「そう言えば、クロウラーに対する公的支援って帝国ではどうなっているんですか?」
「そんなものは無い。クロウラーは職業じゃないからな。公的には無職扱いだよ」
「ダンジョンから得られるもので社会が回っているのに?」
「……それは確かに歪ですねえ。しかし、昔からそういうものなので。国もまさか、命を賭けなければならないものを職業として認める訳にもいかないのでしょう」
職業として認めてしまえば、そこでの生死に国家の監督責任が発生しかねない。だから「ならず者」のまま放置している。そういう理屈なのかもしれない。
確かに合理的だ。
情を通わせない合理など、ただの本能でしかないけどな。
「無ければ創れば良いじゃないですか」
「何言ってんだ、クロード?」
「おっと、いつものやつですか、クロードさん?」
イルマーさんが営業スマイルではない、本当に楽しい時の笑顔を浮かべる。いつものやつ、か。さて、俺の浅知恵が上手くいくように、専門家たちの力を借りましょうか。
「利益享受者負担の原則を適用しましょう。ダンジョンの恩恵を受けているのは国だって同じです。なら、ゆくゆくは国にも負担して貰えば良い」
「国から金を引っ張るつもりで?」
「今すぐじゃありません。まずここで実績を作りましょう」
鈴蘭には存分に、その発言力を利用した香水になって貰うとしようじゃないか。




