第30話 嵐、来たりて
前回のあらすじ! イスカリオ公爵家の嫡男、アステラ=イスカリオは第一皇女の配偶者に内定していて皇帝にも能力を認められている、次期皇帝候補だった!
なんだよ、これ。……この国、色々とヤバそうです。
「ええと、イルマーさん、冗談ですよね?」
「いえ? マジです。皇太子殿下に対抗出来る候補が居るとすれば、彼だけでしょう。逆に聞いてみたいですね。クロードさんには何が不思議なんですか?」
「ああ、ええと……」
答えづらい事を聞くなあ、俺の雇い主は。次期皇帝候補だとか知ってしまったら、下手な事を言ったら不敬罪になってしまいそうじゃないか。ほら、ちゃらんぽらん、とか、本も読めない、だとか。
「印章の価値も正確に知らないちゃらんぽらん、本人曰く本も読めない、とかでしょうか?」
エスパーか、お前は。そんなに顔に出ていましたかね、今。
「クロードさん、考えてもみて下さい。単なる知識人なんてものにゴーレム国家ではそれほど価値が無いのですよ」
「……俺がマギストスさんを高評価している理由、それです」
「でしょう? では、アタシが先ほど言ったアステラくんの能力はどうです? 為政者として見れば最強レベルだとは思えませんか?」
イルマーさんのアステラ評。「とにかく判断力と決断力が素晴らしい」だったか。でも、それだけだと俺には「最強レベル」とまでは思えない。そこに外付けの優秀な情報処理集積装置でもあればかなり話は違ってくるが……あ。
これって「それ」込みの話?
「『帝国の星』、でしたか? なんて言ってたっけ、学が出来るタイプで」
「アステラくんと真逆。その様子だとどうやら気付いたみたいですね」
凸と凹がガッチリと噛み合うこの感覚。そんなのまんま「女王」じゃないか。つまり、彼は皇帝候補というよりは皇帝の皇婿候補、というのが正確なのか。にしたって、この能力の組み合わせならば決定権はほぼアステラくんに有るだろう。実質的な皇帝じゃないか、それは。
「となると、皇太子殿下と第一皇女殿下は仲が悪いのですか? 権力闘争的なものが帝室内で発生しているとか。で、イスカリオ公爵が皇女派閥とか、そういう?」
俺の想像を聞いてイルマーさんは堪え切れないように吹き出した。汚いなあ。
「そうですね。仲は悪いかも知れません。ある意味で闘争と言えそうです。実は殿下たち、兄妹でアステラくんを取り合っていらっしゃいまして」
「……なんか、思ったよりも平和な話なんですね」
血生臭い政治中枢の権力闘争から、お気に入りの取り合いをする兄妹の話にまで一気にスケールダウンしたなあ。って事は皇太子殿下にも好かれてるのか、あの人たらしは。
ああ、だから「どっちの『殿下』に話を通すのか」なんて言い回しになるってこと。……これは部外者に優しくない。一見さんお断りのローカルルールの有る高級レストランかよ。
『クロード様、少しよろしいでしょうか』
ダンジョン前で今日も今日とて管制官をしているファムから通信が入る。おっと、何か有ったのか?
『マグナフ様より連絡です。集会所まで来て欲しい、と』
「マグナフさん……ああ、ドワーフの長老の?」
マグナフさんはドワーフのお爺ちゃんで俺の推しだ。話してみるとこれがとても気さくで良い人でな。
正直、この人が居なかったらドワーフってもっと衰退が早かったんじゃないのかな、とすら思う。そういうリーダーシップを持った長老衆のトップである。
「そういう事ならアタシもご一緒しましょうか。今日はもう書類整理をしていても、アステラくんの帰り際に、思いつき一つでひっくり返されそうな気がします。それじゃ仕事にはなりませんからね。ついでに出資の話を触りだけでも相談してみましょう」
イルマーさんが苦笑い。俺が食事を片付けるのを待って、二人で集会所まで向かう事にした。
「あの馬鹿、集会所で迷惑掛けていないと良いのですが」
小声で商人がボヤいたのは聞かなかった事にしておこう。ほら、不敬罪で雇い主失っちゃったら困るからね。
集会所にアステラくん一行の姿は見られなかった。道すがらにも会えなかったので、どうやら彼らは逆方向か、もしくはダンジョンへと向かったらしい。
で、その代わりと言う訳では無いが、マグナフさんへ向けて土下座姿勢のまま動かないドワーフがそこには一人居た。最初、奇怪なオブジェかとも思ったよ、俺は。
「おお、クロード。来てくれたか。イルマーもすまないな。ほら、来てくれたぞ。その顔を上げろ」
ドワーフはその姿勢のまま、肩を一度ぶるりと震わせる。しかし、土下座を止めようとはしない。何々? なんで俺、呼ばれたの?
「いつまでそうしているつもりだ、ガネイラ」
「ガネイラさん!?」
言われてよくよく見れば……いや、ドワーフの見分けとか付かなかったわ、俺。ここ一か月でかなり前進したとは思うのだが。しかし、それは女性に関してばかりだったらしい。まあ、接してきた量が量だしな。
男ドワーフとか、髭の括り方くらいしか見分けられる要素なくない?
「勘弁してくれ。ワシには会わせる顔が無え」
「それはワシにか? それともクロード達にか?」
「どっちもだ。そうだろう、兄者。ワシは里を離れたドワーフだ。長い間、本当に長い間、ワシは生きるのに精一杯で何も出来なかった。挙句、他人に託すなんて虫の良い事までした」
そう言うと、それまで入り口側に尻を向けていたドワーフは顔は見せないまま、器用に向きを変えて俺たちへと頭頂部を披露した。
……いや、感謝して貰えてるのは嬉しいのだが、ぶっちゃけすっげえやりにくい。
「ガネイラさん、マグナフさんの言う通りです。頭を上げて下さい」
「ほら、クロードさんもこう言っていますよ。アタシらは何も気にしていませんから。ね?」
「それではワシの気が済まんのじゃ!」
あー、出たよ、職人気質。この人、マジで放っておくと俺たちやマグナフさんが居なくなるまでずっとこの調子だぞ。
「分かっておる。こんな爺の頭一つ、一銭にもならん事など。だが……ワシは正直お前さんらを見くびっておった。心のどこかで『どうせどうにもならんだろうな』と諦めておった。それがどうじゃ」
老ドワーフの声はしっかりと湿っていた。
「里は見事に蘇った。領主から話を聞いて信じられず、無理を言ってアステラに付いて来て本当に良かった。……ワシはもう死んでも良い」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟などではない。なあ、兄者。あんたなら分かるだろう!?」
ドワーフの長老はガネイラさんの言葉に深く頷いた。
「分かる。分かるとも。だからこそガネイラ、死んではならぬ。ドワーフの復興はまだ始まったばかり。本当に面白いのは『これから』じゃろうて。なあ。ここで死んでは楽しめんぞ。お前もワシも親方に持って行く土産話が必要ではないか?」
「……兄者。そうだな」
もしかしてこの二人、同門の兄弟弟子かなにかなのかな。うーん、ダグランさんがドワーフは皆家族のようなもの、とも言っていたし、俺の勘違いかも知れない。
ただ、なんか距離が近い気がするんだよねえ。
「分かったのならば顔を上げよ、ガネイラ」
「こんなみっともねえ面、晒せねえ」
「みっともないからこそ、晒して笑って貰え。クロード、イルマー。存分に弟を笑ってやってくれ。それで救われるものも有るのでな」
「クソ……兄者は昔からそうだ」
それ以上抵抗しなかったガネイラさんの、ようやく見せてくれた顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「酷い顔ですね、ガネイラさん」
「好きなだけ笑え、イルマー。お前らにやられたんじゃ。ありがとう……本当に、幾ら頭を下げても足りねえ」
笑える訳無いじゃん。俺はなんか、この……お爺ちゃんズの積み重ねた時間の一端に触れた感じがして「やって良かった」って気持ちでいっぱいなんだ。だと言うのに。
「あっはっは。なんて顔してるんですか。あのガネイラさんも人の子なんですねえ。あっはっはっは!」
イルマー……俺にはアンタが人の子かどうか疑わしいよ?
演技とかじゃなくてガチじゃん、その笑い方。
「ほれ、どうじゃ。少しは気が晴れるだろう、ガネイラ」
「少しだけ、な。じゃが、ワシが無力だった事実は覆るまいて」
「お前が無力か。ならばワシも無力じゃったよ」
ガネイラは首を横に振る。歯を食い縛り、目を閉じて。
「そんなことはない。ワシと兄者を一緒にするな! 兄者が居たから、まだドワーフの里はこの程度で済んでいたんじゃ。アンタが居なかったら、ドワーフは今頃どうにもならんようになっとった! だから、頼むからそんな事言わんでくれ、兄者!」
「だったら、ワシからも頼む。お前がこの人たちを呼んできてくれたから、里は誇りを思い出す事が出来たんじゃ。自分を貶すな。里の外で、よう長い事頑張ってくれたの」
「そんな、ワシはただ、自分が生きているだけで……」
「それでも。ガネイラ、よく里の事を忘れんとおってくれた」
きっと数十年。下手すれば百年以上。鍛冶屋の心には消える事無くドワーフ自治区への思いが有った。
それが無ければ、俺たちがここに来る事も無かった。
マグナフさんはそれを知っているのだ。
「忘れることなど出来ようものか」
ドワーフに、敬意を。
「兄者の事を、忘れることなど」
それ以上は、彼の口からは言葉にならなかった。
その後、イルマーさんによるドワーフへの出資協力説明が行われ、これにマグナフさんは快諾した。案ずるより産むが易しとはまさにこの事で、「言いにくい事をよくぞ言ってくれた」とまでマグナフさんの口からは出た。
うん、順風満帆である。
だってのに、気分よく宿に帰ると、宿の前に人だかりが出来ているのであるからして。大きな溜息一つ。また世界が俺にイベントを用意してくれたのだろうかとうんざりする。
ドワーフがあちこちで楽しそうに「喧嘩だ、喧嘩!」と囃し立てる。もー、何?
「喧嘩とか、ドワーフ自治区で初めて見るかも」
「いえ、本当に喧嘩ならゴーレムが即座にとんできて止めますよ」
「それもそうですね。だとすると……」
人垣のせいで中心で何が起こっているかよく見えない……なんて事もなかった。ドワーフは頭一つ分はヒューマンより背が小さいからな。
青年が横薙ぎに振るう木刀を、余裕を持ってバックステップで回避するのはモルトさん。後退しながらも、牽制として棍を振るうのは忘れない。それをギリギリで躱そう、打ち落とそうとする青年だが、モルトさんの棍は鋭い。一撃目はなんとか躱すも、二撃目は木刀が届かない。
青年の肩を、強かに棍が打ち抜く。
そこでは、モルトさんとアステラくんが木の棒で打ち合っていた。な、何してるの、次期皇帝候補ォッ!?
「モルト、一ポイント!」
見れば審判をしているのはマギストスさん。いや、アンタこういうの止める立場じゃないのかよ。
「次ッ!」
アステラが小ジャンプから気合と共に踏み込む。木刀を左に下げたままで、一気に間合いへ潜り込もうと加速。テニスなんかで見る足運びの技術だ。
だが、モルトさんはそれを見切っている。アステラが木刀を振るより先に間合いを自分から詰める事で木刀自体が振れなくなった所を「下弱K」。これは、先にバックステップを見せているからこそ、搦め手として通用するヤツか。咄嗟に足首を刈られまいと足を逃がすアステラくんだが、そもそもモルトさんの下段は当てようとしたものじゃない。
その下段蹴りの姿勢を利用して、放たれる槍使いの二段目は長柄を生かした右からの棍による足払い。一度逃げを打った足で、この流れるような攻撃を避けるのは不可能か。
「らァッ!」
左下段に構えていた木刀を使って無理矢理に防ぎ切る青年。が、体勢は大きく崩れた。そこに続けざまに襲い掛かるのは曲芸のような裏回しかかと蹴り。ちょ、モルトさん、アンタそれ顔面直撃コース! 下手すりゃ死ぬって!
「ほい、二ポイント目。踏み込みのタイミングが見え見えだわ、若様」
アステラくんが派手に吹っ飛ぶ。流石に首から上がなくなっているという事は無いが、それにしたってエグいヒット音したぞ、今。
「ちょ、アレ止めなくて大丈夫なんですか、イルマーさん!?」
「うーん、まあ、見るからに訓練用の『防御力上昇』がされているみたいですし、問題無いでしょう」
何、それ!? また初耳な単語が出て来たんですけど!?
「モルト、今のは俺の何が悪かった?」
立ち上がって言うアステラくんは、しかしアレほどしっかり蹴り抜かれた割には足腰もしっかりしている。魔法の力ってスゲー。
「初速を上げる為に跳ねた所だな。槍相手に……まあ、今はどっちかっつーと棍だが。長物相手にして距離を詰めたいってのは分かる。しかし、それにしたってありゃ悪手だ」
「どうするのが正解だ?」
「正面から躱せ。打ち落とせ。槍を引かせろ。一撃目のアドバンテージが相手に有る事を認めて、そこから逃げるな」
「オーケー。あと一ポイントだな? やってやる」
半身になり、被弾範囲を減らすアステラの構え。木刀を持つ手は奥。完全にカウンター狙いだ。でも、正直、身体の向きが逆かなあ。剣が前じゃないとブロック出来ないから、回避で全部なんとかしないと……じゃねえ、俺は何を真剣に見入ってしまっているんだ。
その構えのままでジリジリと青年が間合いを縮めていく。モルトさんはそれを見て笑った。
「それは流石に俺を舐め過ぎだわ、若様」
「言ってろ。ほれ、もうすぐお前の間合いだぞ。突いて来いよ」
アステラの挑発に、モルトさんが素直に棍を突く。それを避けようと動く青年。タイミングは完璧。これは完全に避けたと俺も思った。だが青年の目の前で、棍の先端が「ブレ」る。
俺に見えたのは結果だけ。脇腹にめり込んだ棒の先と、堪え切れずに倒れ込み嘔吐するアステラだった。
「うぉええっ!」
「避けようと思って避けられるようなら、俺の槍は『必達』なんて呼ばれてねえんだわ、これが」
「そこまで! 勝者、モルト!」
マギストスさんが力強く宣言し、次いで固唾を飲んで見守っていた野次馬から喝采が巻き起こる。俺の隣のイルマーさんも手を叩いて「流石ですねえ」なんて言っているが……いや、最後のヤツは本気で目で追えなかったぞ、俺。
「な、何をやりやがった!?」
「混ぜた。低速のフェイントの後で本命を出しただけだ。速度差で目が追いつけなくて、消えたように見えるだろ?」
モルトさんが見せた技の内実は人間の能力を利用した認知ハック。いや、言っている事は分かるんだけど、そんな事が実戦で出来るもの……なのは今見た通りか。いやはや、全くこの門番の底が知れない。
「ちなみにマギストス、見えたか?」
モルトさんがニヤリと笑う。
「初見での回避はまあ無理ですね。お見事です」
文官は、倒れ込み肩で息をする若様に構わず、その手を離れた木刀を拾い上げる。
「だが、まあ、二度目ならなんとかなりますか。『この身に慈悲を。一片の正義を守る為の高潔な守護を。防御力上昇』」
マギストスさんの身体が一度だけ白く光る。おお、魔法ってこういう感じになるのか。……この人、魔法も使えるの?
「お、やるか、マギストス」
「はい。お手合わせ願います」
ドワーフの人だかりがもう一段階沸いた事は言うまでも無いだろう。
晩御飯を終え、とうとうエンジナへと戻ろうかというタイミングでアステラくんが口を開いた。口の端が切れていてとてもおいたわしい。
「ドワーフ自治区を色々と見ながら考えてたんだけどな」
「何をです?」
「大商家につけ入らせない方法だ。必要十二分な当座の資金を速やかに公爵家が出すのが一番だろう」
「なるほど……しかし、そこまでの出費を強いても良いものですかね?」
「構わんぞ、イルマー。どうせ、その債権は民族自立支援金で回収されるのだからな。一時的に我が家の金庫が軽くなるだけだ」
やっぱこの若様、賢いんだよなあ。
金が有ろうとそもそも外部資本を必要としなければ、出資を口実に経営へ食い込めない、なんて経済の仕組みを専門知識無しで理解している。
さっきゲロ吐いてうずくまっていた人と同一人物だなんてとても思えねえや。
「それとウチが持つだろう債権な、支援金で買い戻すのは九割までにしろ。残る一割は低利でドワーフ側に返して貰う。それなら多少はウチにも利が出る。これなら父上の顔も立つだろうからな」
「分かりました。勿論です。公爵様には無理を聞いて貰いますから、それくらいは当然だと、長老衆も納得されるかと」
「ああ、それも込みだ。完全な慈善事業では、逆にドワーフも面子が立たん」
本当に美しいロジックラインを構築なさる。お付きの文官に無視されて転がされていた若様と同一人物とは以下略。
「こんなものだな。それじゃ、俺は帰る。行くぞ、ガネイラ」
「おう、坊ちゃん。クロード、エンジナに帰ってきたら必ず連絡しろ。ワシはお前になんぼでも酒を飲まさにゃならんからな。兄者にもよく言い含められたわ」
ゴーレム馬車の後ろ姿を皆で見送る。まったく、本当に嵐のような人だった。
で、アステラが帰った十日後の事だ。
「クロードくん、イルマーさん、あのダンジョンの四層以降の権利、私に売りませんか?」
唐突に俺たちにそう持ち掛けてきたのは、大規模クランのリーダーだった。




