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第28話 アステラ

 頭が痛い。前日は飲み過ぎた。


 どうしてこう、ドワーフ連中は毎晩のように酒盛りをするのだろう。飽きないのか。あれこれと理由を付けては酒を持ち出す様は、「365日、酒が飲める歌」さながらである。彼らは肝臓が鋼鉄で出来ているに違いない。


 昨晩のネタは「とうとう三階層の中腹に辿り着いた」である。一昨日は誰やらの怪我からの復帰で、三日前は婚約が決まった若造がいたとかなんとか。


 なぜか現場責任者なんてものに就任していた俺には彼らのアルハラから逃れる術すら無いのである。やっぱりドワーフって男女問わず暗殺者集団なんじゃねえのかな? 持ってくれよ、俺の肝臓。


 そんなこんなで、今朝は二日酔い。俺が宿の食堂でかなり遅めの昼食を兼ねた朝食を取っていると、モルトさんが人を連れて宿にやってきた。


「あー、面白かった。モルト、アレはもっと増やせないのか?」


「ちぃと難しいな、若様。行きは問題無いが、帰りがキツい。トロッコの回収がかなり手間なんだよ。もう一個の方も見たろ? そっちでなんとかならないか?」


「ならない。そうか。色々と改善すれば良いアクティビティになりそうなモンなんだがなあ」


 モルトさんが連れてきたのはこの自治区ではかなり珍しいヒューマンの男性である。年の頃は二十歳になるかどうか。今の俺の肉体年齢とどっこいどっこいって感じだ。


「アクティビティ? 何言ってんだ。アレは単なるトロッコだぜ?」


「これだから脳筋は困る。上手くやれば貴族連中の間で話題になるぞ、あのスリルは。安全装置なんかをしっかりと整えてやれば必ず金が落ちると俺は見た」


 青年はモルトさんに向けてニヤリと笑う。


「ま、モルトの疑問も分からないではないけどな。貴族ってヤツは人と違う事をした『武勇伝』に常に飢えてんのさ。アレは格好の話のタネになる」


「いや、だからただのトロッコだろ。何が武勇伝だよ。モンスター討伐した訳でもねえのに」


「お前は頭が固いな、モルト」


 どうも若い男の方はトロッコにご執心である。あの危険物をエンタメとして見るとか頭が沸いているんじゃないかとも一瞬思ったが、何を隠そう「ドワーフコースター」と内心で名付けていたのは誰でもない俺自身である。


 あまりの恐怖体験のトラウマによってその方面でのトロッコの使い方は脳裏から家出していたが、まさかこの世界でそれに気付く人が居るとはねえ。しかも若い。


 いや、感性が若いからこそ絶叫系の良さに気付けるのかも知れないが。それは俺がもう若くないという反証になってしまうので……まあ、事実なんだけど。


 悲しきアラフォーの侘び寂びよ、これが。


「ダンジョンの中という特殊な環境、あのスピードと体が振り回される感じと恐怖。これは絶対にウケるから」


「いや、自分から怖い思いをしたいなんて思うヤツはいないだろ? 若様、頭大丈夫か?」


「それが居るんだよなあ。日常ってヤツはどうしたって平坦だろ。刺激が欲しいのさ。金持ちなら尚更な」


「俺には分からん世界の話だな」


 モルトさんが肩を竦める。が、それを青年は一笑に付した。


「嘘を吐け。お前が一番よく知っているはずだろ」


「生憎、俺は産まれも育ちも一般人だぜ? お貴族様の気持ちなんか分かる訳無いだろ、若様」


「だったら、なんでお前は門番を休んでまでこんな所に居るんだよ。それに、前から月一でダンジョンに潜ってたろ。結局、お前も日常がつまらなかったんじゃないか。一緒さ」


 図星を突かれて言葉に詰まる男。このレスバ、珍しくモルトさんの負けだな。


「まあ、いいや。モルト、他に話が早そうなヤツはいないのか? 責任者レベルで、出来れば頭が柔らかいと助かるんだが」


「それなら、そこで一人で飯食ってるヤツがそうだよ」


 あ、マズい。ここまで一言も発さずに存在感を消していたのは、こういう面倒事を避ける為だったのに。


 二人の会話から察するに、この青年、お貴族様でしょ? いやいや、そんな人の相手は俺には荷が重いって! ファーストコンタクトだって!


「……あ、どうも」


 関わりたくないオーラを全身から放ちつつ会釈。ほら、俺は目の前のブランチと全力で向かい合ってるから。あなたの相手は他の人にしときません?


「モルト、この冴えないのは?」


 冴えなくて悪かったな。自覚は有るからほっといてくれ。いや、マジで。


「クロード=ソール。外国人で、この事業の立役者だ」


「……ふーん、異国の。こんな若いのに立役者、ねえ?」


 お前だって同い年くらいやろがい、とは口が裂けても言えない。相手は貴族だぞ? 下手な口をきいて打ち首とかになったらどうする?


 モルトさんに若様と呼ばれるその男は、ダンジョンへ行ってきた帰りなので当然リンク・リングを装着している。ああ、クソ。間が悪い。言葉が通じなければ知らぬ存ぜぬで通せたというのに。


 ファムによってドワーフ自治区では俺専用の半自動通信翻訳が行われている。それが、よりにもよってこんな所で裏目に出るとは。


「頭の方はどうだ?」


「相当キレる。少なくとも俺の比じゃない。あのイルマーも一目置いてるくらいだ。職業だってゴーレム技師サマだしな」


「へえ……イルマーも。そりゃあ面白そうなヤツじゃないか。おい、お前」


「はい?」


「話、聞いてたんだろ? お前はあのトロッコをどう思うんだ?」


 青年がこちらの目を興味津々と覗き込んでくる。が、率直に言えば思い出したくもないですよ、あんなモン。冗談抜きでこの異世界で一番命の危険を感じたんだから。


「とりあえずアクティビティとして見るなら、安全性が担保されないと話にならないですかね……座席とかベルトとかの固定具は必須でしょうか」


「なるほどな。ふーん、なるほどなあ!」


 俺の返答に目を輝かせる青年。俺、なんか変な事言ったか?


 彼は更にぐいと俺に体を寄せてくる。ああ、近い! 初対面だというのに余りに距離の詰め方が大胆過ぎます、若様!


「だが、それではスリルが削がれないか? お前はそこをどう見る?」


「……す、スリルは十分。お釣りが来るほどです。速度、道の起伏に蛇行、急ブレーキのけたたましい音。何より、場所がダンジョンですからね」


 実際に乗ったからこそ、この辺は分かる。アレを怖がらないのはモルトさんみたいな特殊な訓練を受けている人だけだろうさ。


 待て? するとつまり、この青年もモルトさんの同類なんじゃなかろうな? いや、そうじゃないと辻褄が合わない。


 ぶ、武闘派お貴族? 暴れん坊将軍的な?


「すると……クロード、って言ったか? お前、トロッコを地上に戻す良い方法は思い付かないか?」


「うーん、月並ですが、墨俣式(インスタント)ですかねえ……」


「インスタント?」


「組立式にしてゴールで解体するんです。で、直線の方のトロッコで地上へ運ぶ。まあ、その分、強度とかかなり心配ですけど、その辺りは専門家(ドワーフ)なら上手くやってくれませんかねえ」


 我ながらワンパターンの芸の無い回答である。しかも肝心要は他人任せときたものだ。だが、所詮俺の知恵なんぞこの程度。コペルニクス先生には遠く及ばないのが実情だった。


 ほら、青年も急速に俺に関心を失ったのか、モルトさんに向き直るし。せっかく興味を抱いてくれたというのにすいませんね、一般人で。


「モルト、なんでお前、こんなヤツを俺に教えてくれなかったんだよ!」


 ……あれ? その反応は俺の予想と違くない?


「知るか。だがまあ……面白いだろ、ソイツ?」


「俺、なんか面白い事言いましたかね?」


「バカかお前! 組立式とか、つまり、レールを増やさなくても客を回せるって事だろ!?」


 ……あ。


 あー、そうか! 言われてみれば確かに。レールを増やすよりもトロッコ自体を増やす方が資金的にもかなり楽だし、ファムの管制が有れば次の出発タイミングも教えられる。翻って考えればこれ割と悪くない案だったのかも。


「確かにそうですね」


 って言うか「組立式トロッコ」のアイデアを聞いて即「回転率」に繋げられるとか、この人の頭はどうなってるんだろう?


 もしかして主人公属性持ちか、お前? 異世界転生者の俺を差し置いて?


「なあ、他にどんなアクティビティがお前なら考え付くんだよ、クロード?」


「え? そうですねえ……」


 問われて考えるが、俺から出て来るアイデアなんてのはどれもこれも前世の焼き直しばかりである。俺の発想力が不足してるというよりは、これは「出尽くしてる」と前世地球の人たちを褒めるべきだろう。うん。


「普通にダンジョン散策ツアーとか、コア向けにはモンスター素材の剥ぎ取り体験とかですかね? あ、ドワーフ自治区をただ歩くだけでも外から来た人なら楽しいですよ」


「……それ、どこの普通だよ、兄弟?」


 モルトさんの質問は黙殺。そんなの絶対に言える訳が無いよ!


「良いぞ、クロード。だが、もう一声!」


「ええ……でしたら、実際に簡単な彫金細工を体験してみるですとか、観光客向けに少し誇張した鍛冶場を見せるとかですか? 他……うーん、ドワーフの食文化や酒盛りに参加してみる?」


 本当は温泉とかが近場に湧いていたら最高だったんだけど。ま、無い袖は振れない。……いや、無いよな?


 今度、ドワーフに聞いてみようかな。


「……おい、モルト」


「言いたい事は分かるが、とりあえず落ち着け、若様」


 なぜか背筋にゾクリと嫌なものが走り抜ける。モルトさんが青年の肩を掴んでいなければ、俺は食事の途中なのも忘れて二階の部屋に飛び込んで鍵を掛けていたかも知れない。


 ええと、若様って「そういう」趣味の人では……無いですよね? ね?


「その辺にしておいてあげて貰えませんか、アステラくん」


 言いながら階段を降りて来たのはイルマーさん。後ろには有能文官、マギストスさんも連れている。ああ、二人して朝から書類整理してたのね。いつもいつも、ご苦労様です。


「げっ、イルマー!?」


 背後から青年の声。いや「げっ」ってなんだよ。お前、さては「ぐー、すやすや」とか寝てる時に言うタイプか?


「君がクロードさんをどれだけ気に入ろうと、アタシは手放すつもりはありませんから。それだけは理解しておいて下さいね」


「おい、マギー! お前、なんでここにイルマーが居るって俺に教えなかったんだよ! 俺がコイツを苦手なのは知ってるだろ!?」


 本人を目の前にして「苦手」と言い切るとか、それは多分本当に苦手ではないと思います。もしくは胆力がイカれてるのかの二択。


 でもって、非難の声をさらりと受け流すのはマギストスさんだ。愛称の「マギー」が彼の見た目にまるで合ってないのは正直少し面白い。


「報告書にはしっかりと書いてありました。エンジナからここに来られるまでには三日も有りますので、必ずや読んで貰えるものと信じておりましたが?」


「長ったらしい文章を読んでると頭痛がするんだよ!」


 ……ダメ貴族じゃないか。


「おやおや、アタシも嫌われたものですねえ」


「しょうがないだろ! 父上と結託して事有るごとに俺を次期領主として祭り上げようとしやがって!」


「家を長男が継ぐのは当然でしょう?」


「長男の出来が良ければの話だ。ウチには俺よりもちゃんと勉強が出来る弟妹が居るだろうが! 俺みたいな本もまともに読めない馬鹿にそんなものをやらせようとするんじゃねえよ!」


 どうやら、この若様とやら、ちょっと不憫なタイプのようだ。しかも、本人に能力不足の自覚が有る。申し訳ないが俺はこの青年に一気に親近感が湧いてきた。どことなくイルマーさんに振り回されていそうなのも窺えて他人事には思えないというのも有るだろう。


「お父上、エンジナ領主様はあなたをそれはもう高く買っていらっしゃいますよ、アステラくん。人間は勉強が全てではありません」


「嘘を吐け! そうやって担いで『長男』に継がせる事で家の継承問題を短絡的に解決したいだけだろうが、お前らは!」


「そんな事はありませんよ。あなたのお父上は公的な場ですら『自分の後を継ぐのはアステラしか有り得ない』と言っていらっしゃるではありませんか」


 ……なんでそんな事を一介の商人であるイルマーさんが知っているんだろう。貴族の内部事情が筒抜けの商人の情報ネットワーク、怖いなあ。


「それは父上が馬鹿なのだ。俺よりもよほど頭が良いというのに、俺より出来の良い弟妹に継がせるべきだというのをなぜ聞き入れて頂けないのか!?」


「ふむ……では、お父上はなぜ、そんな胡乱なあなたを『民族自立助成金』なんて大事な物の是非を見極める役に選んだのでしょうねえ?」


 イルマーさんが小さく笑う。その目は我が子をあやすかのようにおだやかだった。見ればマギストスさんにモルトさんも、どこか困ったような、それでいて面白いものを見ているようにも取れるどっちつかずの表情だ。


 これは、一体?


「それは……父上は他家との会合の予定が有ってだな」


「ドワーフという種族の未来より重要なものですかね、貴族の体裁とやらは?」


 唇を噛んで黙り込む青年に替わり、マギストスさんが答える。


「イルマーさん、無礼ですよ。我が侯爵閣下は誰よりも民の事をお考えです。ドワーフ自治区は自治区とは言え、侯爵閣下の責任範囲に有る。であれば、他家との折衝などは当然、些事です」


「となると、領主様ご自身が来られないのはどういった了見でしょうねえ、マギストスさん?」


「少なくとも、この件についてはご自身より適任と判断された者を現地に向かわせた、と見るのが筋でしょう」


 ……あー、これは確かにイルマーさんの事が苦手になるわ、この子。交渉事で俺の雇い主である商人に勝つのはかなり骨が折れるのを、俺は知っている。で、恐らく彼はずっとこんな感じでやり込められてきたのだろう。


 心の中で合掌。


「……俺が父上に勝てる訳無いだろ」


「そこの話はもう終わってますよ、アステラくん。仕事の話をしましょう。単刀直入にお聞きします。あなたから見てこの自治区はどうです。金を投入するに値するとお考えですか?」


 青年……アステラは苦々しげに舌打ちすると、自身の額を二度人差し指で叩いた。そのままの姿勢でイルマーさんを睨みつける。


「ここに金を吐かないヤツは俺より下の、本物の馬鹿だ」


 その一言で俺には、領主様とやらが彼をここへ寄越した理由だけは分かった。


「民族自立助成金は必ず通してやる」


 この判断を任された立場にあって持ち帰って誰かと相談するという事も無く、この場で確信を持って言い切る事が一体どれだけの人間に出来るだろうか。


 ……そう考えるとやっぱコイツ、なんかおかしくないか? 

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