第27話 魔素
ドワーフスレイヤーの面影を残さない、本当にただの坑道と化した真っ直ぐな下り坂を、モルトさんを先頭にして俺たち三人は歩いていた。
隣にはトロッコのレールが敷かれている。これは俺たちが目的地に着くまでは、ファムによって利用が止められているので、跳ねられる心配は無い。
「こんな真っ直ぐな道、有りましたか?」
「何言ってんだ、兄弟。天然のダンジョンに有る訳無いだろ」
モルトさんが事も無げに言う。つまり、この道そのものが魔改造によるものだ。ドワーフ、恐るべしとここは言うべきであろう。
いや、ここまでやるなんて誰が想像しただろうか。少なくとも俺は考えていませんでした。
「入り口も従来のものと違いましたし、まさかとは思いましたが」
「ここは二階層直通通路だよ。以前、兄弟が乗ったトロッコ有っただろ」
「……ドワーフコースターですか」
苦々しい記憶が俺の口調に棘を生やす。もう二度と乗らないからな、あんなモン。
「なんだ、そりゃ?」
「いえ、こっちの話です」
「まあ、いいが。アレは起伏も迂回も激しくてな。常用には向かん。こっちなら直線だから、ゴーレムでロープを巻き上げればトロッコの回収が容易って訳だ。だから掘った」
つまり乗せられ損ってコトじゃないですか、俺。
「なら、なんであんなもの造ったんですか」
非難が言葉にどうしても籠ってしまうのは避けられない。しかし、モルトさんと来たらどこ吹く風である。ええい、張り合いの無い。
「試作だな。で、問題が有ったからこうなったんだよ」
「まあ、それは……分からない話ではありませんが」
因果が逆なのは俺だって理解しましたよ。しかし、にしては流石に工事が速すぎやしないか? まだ、俺のトラウマから一週間も経ってないよ?
「ああ、それか。この道自体は前から掘っていてな。有ると何かと便利だろ?」
「へえ、誰か知りませんが先見の明ですねえ」
「レール敷設は確かに爆速だったけどな。ドワーフ、ヤベぇわ」
言ってモルトさんが笑う。彼からして見てもやはりドワーフはどこかおかしいようだ。
「しかし、見事に真っ直ぐな道ですね」
「だろ? 親方の設計が良いんだ」
「親方?」
『呼びましたか、クロード様?』
ファム……お前かよ。いや、帝国のハイエンド演算機能の有効利用ではある。
彼女ならCAD(コンピューター製図)的な事は朝飯前だろう。実地計測のやり方さえドワーフに教えれば、それこそ本人(本ゴーレム?)がダンジョンに潜らずともやってしまったという事か。
「……ダンジョン? この散歩道が?」
俺の隣でキョロキョロしているネイタさんが見ていてとても微笑ましい。あなたのその反応で正解です。
ドワーフが……言っちゃなんですが、異常なんですよ。うん。
「なあ、クロードくん。私はダンジョンを案内して貰っているんだよな、今?」
「そのはずですね。ぶっちゃけ俺も自信は有りませんが」
ダンジョンの概念が壊れる。壊した張本人が何を言ってるんだ、って話かも知れないが。
でもさあ、ここまでになるとは思いもよらなかったんだよ!
「なら、ちょっと測ってみるか」
足を止めてリュックサックからごそごそとネイタさんが取り出したものは前世の電圧計に見た目は非常によく似ていた。
「それは?」
「魔素濃度計測器。お、確かにダンジョンだね。濃度が地表とは比較にならない。モルトくん、この通路は二階層に接続していると言っていたかい?」
「ああ。いずれはあちこちに横穴を掘って一階のあちこちともアクセス出来るようにするつもりだが」
ネイタさんは男の返事に何度も頷いた。
「となると、そこから魔素が上がってきているのかな。いや、接続したからダンジョン判定になったのかも知れないね。昔、そういう事故が有ったとか何かで読んだ気がするし……帰ったら調べてみるかな」
こんな面白味もへったくれもない坑道では有るが、それでも研究者的には何かと面白いようだ。うーん、分からん。
分からないから聞いてみる事にした。
「ネイタさん、結局魔素って何なんですか? 俺はよく知らなくて」
「お! 良い質問だねえ、クロードくん!」
あ、この質問地雷だったかも。ネイタさんが目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。
仲間になりたいですか?
→いいえ
「魔素って何、か。うーん、一言で言えばよく分からないんだよなあ」
「よく分からない? 専門家なのに?」
「そうさ。君からしたらおかしな話に聞こえるかも知れないが、よく分からないからこそ私たちは研究をしているんだ」
「なるほど。いえ、どこもおかしくないです」
と、ウィルオウィスプを伴ったモルトさんが呆れた顔でこちらを見ているのに気付いた。
「その話、歩きながらで良いか? どうせネイタ先生の事だ。長くなるだろ」
「ああ、そうだな。足を止めてしまってすまないね」
女性はリュックサックを担ぎ直した。その手には計測器を持ったままだ。よそ見して歩いてると躓きますよ?
まあ、道は前述の通りかなり舗装されているから大事には至らないだろうが。
「俺は構わんが、先生が困ると思うぜ。現場に着いて即とんぼ返りしたいのか?」
「意地悪だねえ、モルトくんは」
いや、その人は多分、残業したくないだけだと思います。もしくは早くお酒が飲みたいのか。
一緒か。
「さて、と。では何から話そうかな。魔素とは物質じゃあない。けれど、それが結晶化した魔石は物質的特徴を持つ、とかからいこうかな」
「気体が固体化した、とかでは?」
気体も物質だが、この異世界ではまだその概念が発見されていないかも知れないと思って聞いてみる。が、ネイタ先生は気体という言葉を理解しているようだった。
結構、異世界の科学って進んでいるのかな?
「魔素は気体ではないんだよ。気体の裏側に付属している、とでも言えば良いのか」
「じゃあ、空気を抜いたら魔素も無くなる?」
「いや。真空でも魔素はあるようなんだよねえ、これが。風魔法で検証したよ」
お、真空なんて言葉まで知っているのか。これはちょっとこの世界を舐め過ぎていたかも知れない。悪癖だな。どうも、異世界転生者の現代科学チート無双が俺の脳味噌にへばり付いているらしい。
ひっぺがしておかないと。
「へえ、風魔法……なら、何に魔素は引っ付いているって言うんですか? 気体の裏側に付属してる、って話では?」
「あー、どう言えば良いかな。空間、と言ってクロードくんには理解出来る? 勿論、これも仮説に過ぎないが」
「空間……ああ、概念は理解出来ます」
「凄いね、君。ここ、結構な数の学生が躓く所だっていうのに。ちなみに、アストラルなんて仮説も有るが、これは万能の言い訳過ぎて私は好きじゃないんだよなあ」
ネイタさんが感心したようにこちらを見てくる。美人に褒められるというのは中々に気持ちの良いものだ。
「アストラル……精神世界、ですか」
「そこまで理解するかい。一応これも専門用語なんだけどね。イルマーが言っていた『ちょっと普通のゴーレム技師ではない』ってのはどうやら誇張じゃないらしい」
イルマーさんに褒められてもピンと来ないのは男女差別だろうか。いや、これはあの人の人となりが悪いよな。
良いように使われそうな所が、素直に喜べない。
「なら、魔素とは物質と完全に別枠なんですか?」
「いや? 完全に物質と性質が乖離しているかと言うと案外そうでもなくてね」
「ん?」
この言い種だと、そこに相互作用が有るって事だよな。
「魔素にも好き好む物質とかが有るんだよ。分かるかな。代表例で言うとミスリルとかなんだが」
「ミスリル! き、聞いた事は有ります」
異世界ファンタジーの代名詞的魔法金属キター!
分かりますとも! それこそ、これが魔素と反応しないのは嘘でしかないってくらい理解出来ます!
「まあ、希少鉱物だからね。私は研究者故に人より触る機会が多いんだが、アレは魔素を集める性質が有るんだ。逆に言えば、魔素は物質と相互干渉しているのが分かっている。……ってクロードくん、こんな話、楽しいかい?」
「あ、普通に興味深いです」
誤解を恐れずに言うならば、SFロボットアニメの空想科学を検証しているような感じだ。これにワクワクしない理系男子が果たして居るだろうか?
「そうだ。ゴーレムは魔石を燃料にしていますよね。アレはどんなメカニズムなんですか?」
「ああ、燃料自体は魔素だね。確認だけど、高濃度環境で自然に結晶化した魔素の事を魔石と呼ぶっていうのは理解している?」
「はい。ええと……つまり、魔石を少量ずつ魔素に変えてゴーレムの燃料にしているんですか?」
「そうなる。変えるというか、戻すといったニュアンスだが。魔石に魔術回路を接続して……魔方陣利用の儀式魔法を行使するのと原理は同じだ」
そっちを知らないが……まあ、言いたい事は分かる。電池に銅線接続するイメージで、多分大筋は間違ってないだろう。
「……爆裂魔石は魔石そのものに魔術回路が刻まれていましたが」
「アレは発動と同時になくなってしまうからね。ゴーレム用の魔石は縮んでいくから、直接書き込む事は出来ないんだ」
俺が連想したのはポータブル充電器。どうも魔素の話は電気と混同しがちだな。まあ、現代人に一番馴染み深いエネルギー源だから仕方ないのかも知れない。
「そうなると……魔素ってどうやって生成されているんでしょう?」
「うん? どうしてそうなるんだい?」
「いや、ゴーレムや魔法が魔素を使ってしまうのですから、消費が有れば生産も有るのが道理じゃないですか」
「ああ、なるほど。ではクロードくん、我々人間は水を消費しているが、水はどこかに消えているかい?」
「いいえ? ……ん?」
水は循環するものだ。それと魔素が同様である、とネイタさんは説いている。
ここから導き出せる解は一つか。
「魔素自体はなくならない。魔法に利用される事によって性質が変化している。ネイタさん、この理解で合ってます?」
彼女は俺の言葉に嬉しそうに頷いた。
「うん、そんな感じだ」
「そんなもの、どうやって証明したんです?」
「そこで私がさっきから手に持っているこれの出番さ。魔素の濃度測定器をゴーレムの内部に突っ込んで調べた。あ、勿論、外部への自然拡散も同時に観測する形でね」
「そっか。魔石が消費されて、ゴーレム内部の魔素が増えなければ、利用によって魔素が消えている判定になるから……」
顎に手を当てて考える俺を見て、モルトさんは呆れ顔をし、ネイタさんは対称的に微笑んだ。
「その辺りは俺にはさっぱり分からんなあ」
「クロードくん、君は本当に筋が良い。どうだい。私の下で働いてみないか?」
「興味は有りますけど、今は忙しいですね」
「そうか。その気になったらいつでも連絡してくれよ。イルマーなら連絡先を知っているから」
その人は人選ミスだと思いますが。現在進行形で俺の雇い主である以上、揉み消しそうな気しかしませんね。
「話を戻そうか。さっき言ったゴーレム内部の魔素観測実験は面白いものでね。そこでは起動前より明らかに魔素が増えたんだ」
「いや、それの何が面白いんです?」
「魔素が魔石化する条件を覚えているかい?」
「ええと、高濃度魔素が……ああ、そういう事ですか」
「うん。こうなると、起動しているゴーレムの内部、高濃度魔素空間になぜ魔石が出来ないのかが説明出来なくなったんだよ」
「そもそもそれでゴーレム内部に魔石が出来るなら夢の永久機関ですしね」
夢は叶わないから夢なのだ。叶う可能性が有るものは夢ではなく希望である。はて、これは誰が言ってたんだったかな。
「そこで産まれた仮説が『魔素は使用前後で性質が変化する』という訳さ」
「廃魔素、的な?」
「そうそう。対して高濃度化で魔石化し、魔法の行使に利用出来る魔素を我々は活性魔素と呼んでいる訳だね」
ならば、俺が廃魔素と呼んだものは不活性魔素って呼ばれているのだろうか、多分。それなら廃魔素の方が言いやすくない?
「で、これが現在のゴーレム技術のボトルネックになっているという訳だ」
んん? おかしいな。俺の中でロジックラインが寸断された感じが有る。ネイタ先生の言っている事が理解出来ない。
「ごめんなさい。色々と説明がすっ飛ばされている感が有るのですが」
「あー、済まないね。これは私の悪い癖だな。順を追って説明するよ」
「お願いします」
ネイタさんの「ついやってしまった」的な表情を見るに、これはアレか。同等レベルの知識が有る前提でつい話してしまう現象。俺も前世でやった事も、やられた事も有るから理解出来るわ。
同僚にどれだけの知識と経験が有るか、なんて分かりはしないからね。
「ゴーレム内部に廃魔素が貯まると、今度は魔石から流れる活性魔素の流れが阻害されるようになるんだ」
「それは……いや、なんで?」
「廃魔素の濃度によって、出口が詰まるからさ」
「えーと、単位空間あたりの持てる魔素キャパシティ限界的な?」
「っ!? ……いや、クロードくん、君、本気で技術研究院に来る気は無いかい?」
美人に言い寄られるのは本当に嬉しいのですが……この人とは恋愛イベントとかスチルも用意されていないんだろうなあ。
だって、イルマーさんの学生時代からの知り合いって事はアラフォーだもの。いや、身体はともかくとして、魂はアラフォーの俺的にはネイタさんは余裕でストライクゾーンなんですよ? ですけどね?
いや、早まるな、俺。最近の流行を考えれば、「ここ」ってもしかしてワンチャン有るんじゃないか?
「……とりあえず、ドワーフの一件が片付いてから考えるので良いですか?」
「勿論、構わないとも!」
キラキラした目でこちらを見上げるネイタさんは……彼女、おっぱい大きい方なんだよ。がっつり有りなんだよなあ、俺目線。
って事は、この手の研究者キャラの好感度を上げるには会話に食らいつくのが王道だな。任せておけよ。俺のギャルゲー遍歴が火を噴くぜ!
「現行のゴーレムにおける廃魔素の排出ってどうなってるんです?」
「ゴーレム内外の廃魔素濃度差による自然拡散だね。そのせいで演算回路に流せる魔素量に限界が有る。これがさっき言ってたボトルネックだ。ここさえ改善すれば、ゴーレムの性能はまだ上がるはずなんだけど」
「ゴーレム内部にファンを付けたりとかは?」
まるでPCの話をしてるみたいだなあ。
「試したことは有るらしいよ。でも、魔素は空間に付随してるからね。試作機は失敗してるって文献で見た。大気ではどうも魔素を吸着しにくいみたいでさ」
「あー、そういう。なら、ミスリル線を巻き付ける、とかどうです?」
希少金属って言ってたし、採算が取れないとか? いや、前世でもレアメタルとかCPUには使われてたし……でも、用途を考えたら使用量が違うか?
「ミスリルは活性魔素を溜め込む性質だからね。その用途には向かない。魔術回路を構成してる銅や瑠璃なんかも、なまじっか相性が良いせいで魔素はそこを流れるだけ。発散はしないんだよねえ」
「単純に表面積を増やすだけではダメなんですね」
「そういう事。アレもダメ、コレもダメでなかなか難しいよ。まあ、だから色んな方向性での研究で予算が下りるんだけどね」
国家としては技術研究を滞らせる訳にはいかない。それは延いては国の軍事力、競争力に直結するからだ。うん、国家運営シミュレーションゲームで学生時代に阿呆ほどやった。
……核ミサイルをガンジーが喜んで撃つゲームだ。
ああ、違う違う。今は恋愛シミュをやっている最中だった。話を止めるな、俺。脳味噌をフル回転させて食らいつくんだ。
俺の明るくエッチな未来の為に!
「廃魔素云々はゴーレムがダンジョンで動かなくなる原因ですか? ダンジョンは周囲の魔素が濃いから、自然拡散が阻害される的な」
「いや? 昔、そういう仮説は有ったけど、今では否定されてる。ダンジョンの魔素は活性魔素が殆どで、廃魔素の内外濃度差が拡散条件なのは立証されてる」
「そうなんですか」
って事は今、俺は高濃度活性魔素を吸ってる事になるのかな。うーん、実感がこれっぽっちも無い。土臭い、以外特に空気への感想は抱いてなかった。
「火山地帯とかエルフの森とか、そういう魔素の濃い場所でもゴーレムは平気で動くからねえ。あ、活性魔素と廃魔素は場所を取り合うんだよ。押し合いでは廃魔素の方が強い。これは言うまでも無かったかな?」
「となると……なるほど。ダンジョンでゴーレムが壊れる理由は魔素濃度ではないんですね」
ファムのせっかくの戦闘能力が現状割と宝の持ち腐れ感が有るので、俺としてはダンジョンに入るなら彼女も連れて行けたらと思わなくはないのだが。
ガチると素手でも槍持ったモルトさんよりも強いらしいし、ファム。
「うん。今は『ダンジョンの魔素は特殊な性質を持っている』ってのが主流の説かな」
「それ、何も分からない、って言いません?」
「あはは、そうとも言うね」
屈託のないお姉さんの笑顔は俺を少しドキッとさせてくる。そのへにょっとした狸顔もかなり俺的にはポイント高いです。ちょっと遅咲きのキャンパスラブ、俺としてみませんか?
……なんとかイルマーさんを説得して転職出来ないだろうか。でも、キーボードもまだ買ってないしなあ。ファムのローンはこのドワーフの一件で返せると思うのだけれど。
「そうは言ってもダンジョンの魔素が特殊ってのは本当だよ」
「ですよね。だからネイタさんが来てるんですし」
「イエス。深いほど、変な性質が観測出来るんだよ」
ニコニコしながら言うネイタさんへと、しかし冷や水を浴びせかけるのは安全管理責任者であるモルトさんだ。
「今日は二階までだからな」
「えー! モルトくん、三階は?」
「まだお荷物を連れて行けるほど整備出来てねえよ」
助かった、と思ってしまったのは内緒である。うんうん、安全が一番。作戦はいつだって「いのちだいじに」だよ。
「三階解禁っていつになる? なるべく早くならない?」
「ならない。先生の好奇心でドワーフを殺すな」
好奇心、ドワーフを殺す。世界に新しい格言が産まれた瞬間だった。この面白さがモルトさんとネイタさんとは共有出来ないのが歯痒い。
「まあまあ、ネイタさん。流石にこればっかりは現場に従って下さい。それが出来ないなら、俺は一応現場責任者らしいんで、あなたを出入り禁止にしなくちゃいけなくなります。ね?」
「よく言った、兄弟。その通りだ。ルールを守れないなら、この里の人間は誰一人としてネイタ先生の案内役をしない。これは脅しでも、ましてや金の問題でもないぞ」
重みさえ感じられる男の言葉を受けて、ネイタさんの眉根が下がった。
「……分かった。我が儘を言ったね。すまない、モルトくん」
流石に彼女が幾ら研究馬鹿とは言え、年相応の分別は有るようでほっとする。これで「もう良い。私一人で潜る」とか言い出されたらかなわなかった。
「分かれば良い。三階層へも、その内ちゃんと連れて行ってやるからさ」
「期待してるよ」
モルトさんへとウインクをする姿もそりゃあもう様になる。なるが……まさかヤツもネイタ先生狙いじゃないだろうな?
くうっ。アドバンテージを取り返すには……とりあえず「アカデミックな会話をする」以外に俺の持ち札が無いのが悔やまれる。
「ネイタ先生、さっき言っていたダンジョンの魔素が変って言うのはどういう意味なんです?」
「ええと……どう言ったら良いんだろうな……一定の周期を持った変動がある? 周期変動、って言葉は流石に難しいか」
「いえ、分かります」
「……君、本当になんでゴーレム技師なんてやってるの?」
前世でRLHF作業員やってたからです、なんてまさか言える訳は無い。こういうのって、墓まで持って行くべきか、それとも嫁には開示するかで意見が分かれるよね。
俺は前者かな。前世の開示は自己満足でしかない気がするから。
「な、成り行きで?」
「はあ。まあ、深くは聞かないけど」
「それがゴーレムが壊れる理由なんですか?」
「私はそう睨んでいる。ダンジョン固有の魔素の特徴は他に見当たらないからね。けど、こればっかりはなかなか実証実験が難しいんだ。そもそも、実験方法すら浮かばないから」
「単にゴーレムをダンジョンに潜らせて壊した、じゃ何も分からないどころか予算を無駄にしたって怒られちゃいますか」
と、突然にモルトさんが立ち止まる。何事かと思えば、彼の立っている辺りで下り坂が一度終わっていた。
二階層に到着したらしい。トロッコの線路もここが終点だ。
「先生、周期変動ってなんだ?」
「うーん……どう言えば良いかな。ああ! 前にモルトくんに教えただろう。ダンジョンに霊脈が蓄えた記憶が流れてるんじゃないか、って」
「おう、覚えてる。探索が終わっている階でレリックなんかが出現するのは、それが原因って説が有る、だったか」
「それだ。周期変動って言うのは『これが設計図なんじゃないか』って考えられているものさ」
「つまり、記憶か」
「実際は分かんないけどね。その波は翻訳も解読も出来てないし。そもそも情報なのかどうかすら怪しいってハナシ。ただの脈動的なものかも知れない」
ネイタさんは二階層に着いた事に気付かずに喋り続けている。まあ、研究系ってそういう所有るよね。分かります。
「俺はその話、結構腑に落ちるがな」
「それはどうして?」
「深層……六層に行った時、チームの魔術師が『歌が聞こえる気がする』とか言ってやがったからなあ」
またそんな、どっかのアニメみたいな。主人公にしか届かない歌声的な? 異世界転生した俺に聞こえてないものが、その辺のモブに届いちゃったら……やっぱ、俺って主人公とかじゃないんじゃなかろうか。
どう考えても扱いが酷いんだよな。
「……どうした、ネイタ先生?」
「それ面白いね、モルトくん」
「だろ」
「モルトさんは聞こえなかったんですか?」
もし万が一彼にも聞こえているようなら、これは俺の「勇者の隣人」的ポジションが確定する……気がする。俺の異世界ファンタジーはどこへ行ってしまったの?
「いや、全然だったな。チームで一番耳の良い斥候のヤツも『馬鹿な事言ってるなよ』だったぞ」
よしっ! 最悪は回避したっ!
「なら、幻聴ですかね。閉鎖空間ですし」
「いや、そうとも言い切れないかもよ」
「どうしてです、ネイタ先生?」
「魔術師は魔素との親和性が高いのさ」
彼女はダンジョンの天井を見上げた。そこには別に何が有る訳でも無い。が、記憶を手繰り寄せているのは雰囲気で分かった。
「モルトくんのとこの魔術師って、確かハーフエルフだったよね」
「そうだな。アンドリューだ。覚えてるか? 金髪で緑の、軽薄なヤツだ」
ハーフエルフ!? そういうのも有るんだ、この異世界!
つまり、延いてはエルフの存在も確定である。いや、ネイタさんがそういやさらっと「エルフの森」って言ってたわ。
種族特性で美形と相場が決まっているエルフ……俺のヒロインってそっちに居るのか?
「なるほどねえ。六層に行った魔術師は居なくもないけど、六層に行ったハーフエルフの魔術師はかなりレアかも」
「……確かに言われてみればそうだな。少なくとも俺はアンドリュー以外にそんな奴を知らん」
「ちょっと一度アンドリューくんの脳を……いや、お話を聞かせて貰いたいねえ」
流石に今のはマッドサイエンティストジョークだよね、ネイタ先生。いや……脳に直接お話を聞ける魔法とかも無いとは言い切れなそうで怖い。
「あー、アイツ今、どこで何してるんだろうなあ。っと、ネイタ先生、気付いてるか?」
「何が?」
「ここはもう二階層だ。護衛はするから、時間まで好きに見て回ってくれ。入っちゃダメな場所は都度指示する」
彼女はモルトさんの言葉に今日一番で目を輝かせた。
……この人、やっぱり俺の攻略対象ヒロインじゃない気がしてきたな。




