第26話 ネイタ
それから五日が経った。モルトさん率いるダンジョン開発はここまでとても順調だ。聞いた所によると三層の序盤は制圧したとかなんとか。
三層のモンスター素材がまだ少量ながらもコンスタントに手に入るようになり、とうとう運営費が黒字転換しそうだと昨日、イルマーさんが笑顔で話していた。この所ずっと彼は「資金が欲しい」とボヤいていたからな。それはもう、気味が悪いくらいの笑顔だったとも。
うん、順調そうで結構な事だ。
経済面以外で気になるのは安全面だが、そちらもここまで誰一人として死者は出ておらず、怪我人こそ有ったがそれも軽微との事。流石はモルトさんである。
ってな感じで。さて、俺は彼らの為に今日もドワーフの女子供に褒め殺されるタンク業務に勤しまなければなるまいて。
……いや、やっぱ俺だけ扱いがおかしいんだよな。これは一体どこに訴え出れば良いのだろう。ドワーフ長老衆?
寝ぼけ眼で一階の食堂で朝食を取っていると、宿屋の扉が突然吹き飛んだ。いや、流石に比喩表現だが。しかし、蝶番の耐久性テストでもここまではやらんだろ、って具合に勢いよく扉が開けられる。
次いで飛び込むように建物に入ってきたのは見知らぬヒューマンの女性だ。年の頃は俺、ああいや、前世の俺より若いくらいか? だから、アラサー? とりあえず美人さんではある。
彼女は宿屋の中を玄関口からぐるり見渡すと、大声を上げた。
「イルマー、来たぞ!」
宿屋中に響き渡るハスキーボイス。ぶっちゃけうるせえ。
……ああ、イルマーさんの知り合いですか。それは道理で癖が強いはずですわ。
となるとアラサーよりは、もう少し年が行ってるのかな。いや、女性の、それも美人の年齢は本当に難しい。
そこまでじろじろと見ていたつもりも無かったが、女性と目が合う。いや、こんな登場されて注目するな、って方が無理だろ。
「君、イルマーってヒューマンを知らないか? ひょろ長くて胡散臭くて、終始揺れているヤツだ」
いくら知り合いとは言え、もう少し何か言い方はなかったのか。その言い種は彼が可哀想だろ、流石に。
だがしかし、完璧に特徴は捉えているのであるからして。うん、そのヒューマン、間違いなく俺の雇い主です。
「……あー、知ってます」
「そうか! なら、イルマーはここに居るのか!?」
俺が彼女の質問に答えるよりも早く、解答が階下へと降りてくる。そんなイルマーさんは見たこともない、気怠そうな表情をしていた。
「おや、存外早かったですねえ」
「そりゃそうだろ、あんな手紙寄越されたら。即日で荷物まとめて帝都出たわ」
どうやら、女性はイルマーさんが呼びつけたらしい。にしては、なぜ彼はいつもの笑顔をしかめっ面へと交換しているのだろうか。
……嫌いなのかな? あー、確かにこのタイプはイルマーさんの苦手っぽいかも。
「ええと、イルマーさん、この女の人は?」
「ああ、ええと彼女は」
「帝国技術研究院から来た。魔素研究者のネイタ=カリオだ」
「あ、どうも。クロード=ソールです」
ネイタさんは俺の名乗りを受けてふにゃりと破顔した。え、何で? 俺、完全にあなたと初対面ですよね?
「知ってるぞ! 君がここのダンジョンを安全にした奴だろ? イルマーの手紙に書いてあった!」
ああ、そういう事。でも、彼女の認識には齟齬が有るな。そこは糺しておかないと。
人の功績を取るのはよろしくないよ、うん。
「俺が、というかドワーフの皆さんがですけど」
「どっちでもいいから(良くないだろ。ドワーフの皆さんが泣くぞ)、案内してくれ。手紙では二階層開発中との事だったが、今は三階層に入れるのか?」
「ダンジョン? え、早速!?」
「そのためにはるばる帝都から来たんだぞ? 当たり前だろ」
徐々に俺へと詰め寄ってくる美人の肩を、イルマーさんが掴んで引き離してくれる。ああ、そのさりげない優しさが骨身に染みます。
ちょっとだけ残念に思ったのはここだけの話だ。いや、美人さんだけになんだか良い匂いしたんだよ。俺だって有機生物なんだ。仕方ないだろ。
「まあまあ、ネイタ。気持ちは分かりますが、少し落ち着いて下さい」
「ずっと馬車で揺られてきたこっちの気持ちを分かれ、イルマー。お前はそれだから女にモテんのだ」
ネイタさんがイルマーさんを睨む。あ、止めてあげて下さい。その煽りは独身アラフォーには致死毒ですよ、お姉さん。
「お知り合いなんですね、イルマーさん」
「ええ。ネイタとは学生時代からの付き合いですんで。ま、勝手知ったる、ですよ」
やれやれと首を振る男。あー、そういう関係ですか。分かります。いわゆる勿体無い美人枠。異世界でもちゃんと居るんだなあ。
「早く支度をしないか。この際、案内はイルマーでも別に構わんから」
「嫌ですよ。アタシは仕事が有るんです。という訳なんで、クロードさん」
にっこりとこちらに微笑むイルマーさんだが、目だけが笑っていない。コイツ、押し付ける気満々じゃねえか。
「え? 俺、ダンジョンに潜りたくないんですけど」
「どうせ暇でしょう? ゲストの相手くらいして下さいよ。大丈夫です。ご婦人連れなら、モルトくんも無茶はしませんから」
「まあ、それはそうかも知れませんが」
こちらに横顔を晒すイルマーさんにつられて視線を動かせば、既に宿の玄関ではリュックサック背負ってネイタさんが足踏みをしている。
元気だなあ、本当に。
「お願いしますよ。ほっとくとあの研究馬鹿、勝手に一人でダンジョンに入りかねない」
「ほれ、どっちでも良いから行くぞ。こっちは既に準備万端なんだ」
確かに今思えば最初からリンク・リング装備してるわ、ネイタさん。なるほど。だから、通訳が挟まった訳か。
しっかし、何その熱意? 一体、ダンジョンの何がそんなに面白いの?
「せめて俺に朝ごはんくらいゆっくり食べさせてくれません? その後でなら付き合いますから」
「むう……仕方ないな。確かにダンジョンに入ってから食うのは非効率か。なら、私も食べるぞ」
言うが早いか、俺の向かいに同席するネイタさん。それを見届けた男は一つ嘆息して、俺の肩をポンと叩いた。
「じゃ、アタシはそういう事で。仕事に戻ります。後はよろしく、クロードさん」
振り返ればもうそこに男は居ない。いつもの千鳥足めいたふらふらはどこへやらの脱兎。それほどまでに彼はネイタさんが苦手らしい。
なら、どうして自分から呼んだんだか。ま、これは後で聞いてみますかね。
「あ、逃げた」
「アイツはそういうヤツだからな。美人との再会よりも目の前の仕事を優先するのは昔からだ。気にならんさ」
「そうなんですか」
目の前の研究対象を何より優先していそうな彼女のぼやきに生返事。同病相憐れむなんだなあ、この人たち。
朝食後、観念した俺はネイタさんを伴ってダンジョンへと向かった。嫌々だ。しかしまあ、トロッコにさえ乗せられなければそれほど苦しいものでもないだろう。今回は素材の剥ぎ取りや荷物持ちをさせられる心配も無い。
うん、少し物騒なピクニックだな。そう思おう。
さて、こうなると頼りになるのはモルトさんだが、彼は俺の予想通りにダンジョン前でドワーフの訓練を見ていた。
「短距離ダッシュ十本! インターバルは三十秒だ!」
「「イエス、ボス!」」
「サボるなよ! 一足一足にお前らと仲間の命がかかってると思え!」
「「イエス、ボス!」」
……部活かな? それも、全国大会行きそうなレベルで士気が高い。
ネイタさんが不思議そうな顔でその光景を見ていた。うん、気持ちは分かるとも。
「クロードくん、アレはなんだい?」
「ああ、逃走訓練ですね」
「逃走訓練?」
「逃げ遅れたり、躓いたりで怪我人が出たので、そのフィードバックですよ」
モルトさんの安全第一思想である。躓いたなら、まず脚力を付けろ。戦闘面での訓練ではないのがとても彼らしい。
ちなみにドワーフは前世のファンタジー作品のせいで、どうも鈍重なイメージが有るが、少なくともこの自治区の連中に限って言えば単なる訓練不足らしい。
ま、この世界には前線張るドワーフも居るって話だし、種族特性なんかで俊敏に動けないとなれば、そもそも戦士としては落第だ。
「後、ダンジョンの道の舗装とかも始めたみたいです。ネイタさん、きっとかなり歩きやすいはずですよ」
「……私の知っているダンジョン像と大分食い違うな」
それはそうかも。確かに俺が初めて潜ったエンジナ近郊のダンジョンとはかなり印象は変わっている。
トロッコとか走ってるしな。
ま、この辺は俺が下手に説明するよりも、百聞は一見に如かずだろう。
と、モルトさんがこちらに気付いた。手を振ると、振り返される。
「現場責任者様のお着きだ。お前ら、クロードの前で手ぇ抜くんじゃねえぞ!」
「「イエス、ボス! そして、クロードさん、見回りお疲れ様です!」」
……もうヤだ、このノリ。隣のネイタさんもジト目でこちらを見てくるしさあ。違うんです。現場責任者って肩書きもマジで初耳なんですよ。
俺は断じてならず者集団の取締役とかじゃないんです。お願い、信じて!
「おう、誰かと思えばネイタ先生じゃないか。久しぶりだな」
「モルトか。まだ死んでなかったんだな」
「第一声がそれかよ」
「あれ? モルトさん、知り合いなんですか?」
異世界って狭いなあ。前世と一緒だ。
「おう。もしかしたら酒の席で話した事が有ったかも知れんが。昔、ダンジョンを研究したいってんで俺らのクロウラーチームで護衛した事が有ってなあ」
それ、聞いた事有る気がする。……そうだ。初めてのダンジョン探索中にした、魔素がどうこうって話の時だ。
「ああ、私の事だな」
「ま、ダンジョン研究者なんかそんなに数も多くねえからな。俺の知り合いではネイタ先生一人だよ」
頭一つ分は背が高いモルトさんの肩を、ネイタさんが笑いながらバシリと叩く。
「懐かしいな。アレだろ。私が貞操帯付けてたヤツだろ!」
……貞操帯? あれ? 俺の耳がイカれたか?
「それだ。ダンジョンから帰った後の酒盛りで聞かされて全員で爆笑したヤツ。面白かったよなあ、アレ」
この文脈では聞き間違えではないっぽい。一応聞いてみる。
「……待って。貞操帯? いや、ネイタさん、なんでそんなもの付けてたんです?」
「男ばかりのクロウラーチームと二日も閉鎖環境に潜るんだぞ。念のためだ」
「念のためって……」
いや、気持ちもロジックも理解出来るが。にしたって、それは後に暴露して酒の肴にするようなモンじゃないだろ……。
「結局、一度も役には立たなかったがな」
杞憂、と。まあ、モルトさんのチームだし、下手な事が起きないのはそうだろうけどさ。
ここはモルトさんの二つ名に掛けて「未達」って言うべきだったか?
「当たり前だろ、仕事なんだから」
「こんな美人を前にしてか?」
下ネタを平気で口にする残念美人が唇を尖らせる。こういうのを自分で言うのもしっかりマイナスポイント積んでますよ、お姉さん。
「そういう問題じゃねえ。大体、そこまで言うなら、はなから女だけのチームに護衛させれば良かったじゃねえかよ」
「そっちは当時、帝都にそこまで強い女性チームが駐留してなかったのが悪いな」
ネイタさんの言葉にモルトさんは肩を竦めた。
「そこは嘘でも良いから俺たちが信頼出来た、って言ってくれないか、先生。ったく、相変わらずだな。ってコトは……アンタの狙いはダンジョンだな?」
流石、一流のクロウラーは打てば響く。モルトさんの抜け目の無さは健在である。
「イエス。日帰りで三階層まで潜れるダンジョンとか、神だろ」
そんなカミサマは俺なら信仰したくねえかなあ。何の神サマ? ダンジョン神?
「……誰経由で知った? あー、イルマーか。あの野郎」
モルトさんが悪態を吐く。が、分からない。彼は何が気に入らないのだろう。
「何か問題でも、モルトさん?」
「この調子だとここの事が広まるのは時間の問題だと思ってな。クロード、これはちとマズいぞ」
男は眉間に皺を寄せてぼやく。
「はあ、何がでしょう?」
「このままだと宿の絶対数が足りなくなる」
「どういう事です?」
「以前、クロードが『ドワーフ自治区をダンジョン街にしたらどうか?』って話をしたよな。覚えてるか?」
……言ったような、言ってないような。
「あー、そんな事も言いましたね」
まあ、言った事にしておこう。話の腰を折るのも無意味だし。
「あの時、俺は無理だと言った。が、今は状況が変わった。ダンジョン街は『出来る』。これは理解出来るか?」
「四階層へのアクセスが容易になれば、そりゃあダンジョンクロウラーなら集まってくるだろうね。こういう事だろ、モルトくん?」
「その通りだ、ネイタ先生」
「え? そんなに価値が有るものですか?」
「あー、そうか。クロードはクロウラーじゃねえから分からないかもな。四階層の入り口ってなると、俺の元居たチームでも到達に一日掛かる。行き帰りで二日だ。これが安全に、しかも道中にセーフゾーンが有る二時間足らずの散歩で済む。道も良い」
モルトさんの説明で、俺にもなんとなく彼の懸念が見えてくる。
「クロウラーなら垂涎の環境だろうね。私のような研究者にも、だが」
「鼻の利く連中からこぞって来るぞ、クロード」
「でもそれって、裏を返せば宿を建てれば収入が見込める、って事ですよね。悪い事には聞こえませんが」
「建てれば、な。俺たちには今、その金が無えだろ」
「あ!」
イルマーさんが最近、口癖のように言っている「資金が欲しい」はこの伏線だったのかよ。いや、気付ける訳無いだろ!
「ははぁ。だから、イルマーのヤツは私を呼んだのか」
「え? ネイタさん、もしかしてお金持ちなんですか?」
金持ちの研究馬鹿。そんなテンプレキャラは確かに有り得ない話ではないが。この人、趣味や道楽で研究者してそうだし。
「いや、私はそういうのではないよ。一応元貴族だが、今は実家との線は切れているし」
ん? なら、話が繋がらなくないか?
「イルマーが狙っているのは私のバックに有る帝国技術研究院だろう。そこからヤツは金を引っ張るつもりだな。全く……アイツはいつもそうだ」
俺の雇い主の人間性を疑うのは今に始まった話ではないが、しかし流石に旧友をこういうのに使うのは俺はどうかと思うんだ。
「ま、確かにウチでは私が一番話が早いしな」
ネイタさんもそれで納得するし……やっぱりこの人はあの商人の類友である。
「まあ、金の話は後でイルマーとするさ。とりあえず、今の私には別に見たいものが有るからね」
「そう言えばネイタさんの目的って、具体的にダンジョンの何なんですか?」
「別にダンジョンに限った話ではないよ。そこが『濃い』ってだけで。自己紹介の時に言っただろう?」
あー、何だっけ。貞操帯の話が強烈過ぎて忘れてしまったかも。
彼女は目前に迫ったダンジョンに向けて、宣言するように口を開いた。
「私、ネイタ=カリオは魔素を専門とする研究者さ」
その目に隠し切れない少年のような好奇心を輝かせて。




