3話
騒ぎの中心にいた人物と目が合ってしまった。
「あ、やべ」
逃げようとしたけどもう遅かった。
自分に集まってきていた人波を掻き分けて、というか自然と割れた人波の間をその人は颯爽と歩いてきた。
何それ、どういう原理なの。モ◯セ?
「やぁ、シオン。相変わらず美しい顔をしているね。今日の気分はどう?」
「おはようございます殿下。こんなに朝早くから殿下にお会いできて嬉しい限りです。最近お忙しいと耳にしていたもので」
若干現実逃避をしている俺の前に、その人——この国の第一王子殿下であるアレクシス・レオン・ノディス殿下が、肩まで伸ばしたその輝く金髪を揺らし、サファイアの瞳を細めながら立っていた
この殿下は成績優秀、物腰柔らかで人当たりが良い反面、昔から会う度にこちらを挑発しては反応を見て楽しむ悪趣味な一面も持ち合わせていた。
今の会話も表向きは穏やかだけど、要約すると
「顔だけでも褒められてよかったね。嬉しいでしょ?」
「朝からこんなふうに話しかけてきて暇なんですか?」
こうである。
京都人もびっくりな皮肉合戦。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
回帰を経験する前までの俺なら「顔だけ」と言われる事にひどいコンプレックスを抱いていたから、殿下に話しかけられる度に憤慨していた。
殿下もそれを分かっていてこちらの反応を楽しんでいた節があるから質が悪い。
でも、その人当たりと外面の良さに騙されているから周囲は気づかないんだ。気づいていたとしても、相手が俺だから眺めるだけ。
結果、「殿下に向かって不敬にもキレる俺」が出来上がる事で更に"落ちこぼれ”の噂が加速する負のループに陥っていた。
会話する度に疲れるからあまり関わり合いになりたくなかったんだけど……と思いつつ、どうにか目の前の人間から逃げられないかと考えていた時
「キャッ!!!」
ピンク髪の女生徒が急に俺たちの間に転がり込んできた。
「いたたぁ~」なんて言いながら顔を上げた女生徒は、垂れたピンクの目を潤ませながら上目遣いで殿下を見上げてこういった。
「転んじゃいましたぁ。足が痛くて立てないんです。手を貸していただけませんか?」
ブフォ!と吹き出さなかった俺、偉い。
こんなにあからさまな色仕掛け初めて見た。
殿下も驚いて固まってる……いや、違った。ゴミを見るような目でその女生徒を見下ろしていた。
不意にバタバタと駆けてくる足音が近づいてくる。
「殿下!どうしてお一人で行動なさるんですか!探しましたよ!」
緑色の髪を揺らしミモザ色の瞳を焦りでいっぱいにしてこちらに駆けてきた、殿下の側近一号ことヴィンセント・ルイ・クロイツ宰相子息は、俺達の間に流れる微妙な空気に気付いて顔を歪ませた。
「ブライヤー公爵令息、御機嫌よう。こちらの女生徒はどなたですか?」
「あ、私は………」
「ヴィンセント様、おはようございます。私も存じ上げなくて。殿下に助けを求めていたようだったのでもしやお知り合いなのかと、様子を見守っているところでした」
「あの!私は……!」
「そうでしたか。殿下もご存知ないみたいなのでこれで失礼いたしますね。殿下、行きましょう。もうすぐで式が始まりますよ」
「あぁ。シオン、また後でね」
「え、あっちょ……!」
「はい、ヴィセント様。殿下、新入生代表挨拶楽しみにしておりますね」
「うん。ありがとう。楽しみにしててね」
俺たち三人は、そこで一斉に解散した。
「触るな」と自らピカピカ光って主張してくれているのにわざわざ触りに行くような馬鹿は、この中にいなかった。
何度か会話に交ざろうとしていたけれど基本的に身分が高い方から声をかけるのが暗黙の了解だ。親しくなればその限りではないけれど。
全く面識のない生徒に殿下から話しかける事はないし、殿下がその気を見せない以上、俺たちから話し掛けることもない。
学園で身分の制限はない。とされているけれど、ここは学園であると同時に社交の場でもある。だから、普段から貴族社会で重んじられている礼儀作法や暗黙の了解を無視するわけにはいかなかった。
そんな基本的なマナーを守れない生徒なんかいたか……?あんなに入学初日で媚びを売るくらいなら何かやらかしててもおかしくないのに……そんな記憶無いぞ?
むむ?と考えながら講堂の椅子に座ると、間もなく式が始まった。
式の間も俺は考えを止めることが出来なかった。
心臓の拍動がどんどん激しくなっているのがわかる。
やっぱり何度思い出してもあんな生徒は、間違いなくこれまでいなかった。
幾度も繰り返された回帰でこんなイレギュラー初めてだ。
今回は、今回こそは、もしかしたら。
もしかしたら、このループを抜ける糸口をつかめるんじゃないか?
浮かれた俺を、壇上から殿下が静かに見下ろしていたことも知らずに。
俺はニヤける口元を抑えることが出来なかった。




