ヘルシンキの神童
「あれ?……僕のコイン、どこにいっちゃったの?」
フェリー内のゲームコーナーで、仲間がワイワイと盛り上がる中、ダンはポケットをパタパタと叩いていた。
少し良さそうな私物のトートバッグからは、綺麗に畳まれたハンカチが覗いている。
「お前、さっき自分で筐体のトレイに置いただろ」とあっさり突っ込まれる。
「あ、本当だ。」と、おっとりしたお馴染みの笑顔を浮かべるダン。
育ちの良さが滲み出るどこかマイペースな少年だが、いざコントローラーを握ると目の色が変わる。
「じゃあ、失礼しちゃうよ。フフッ。」
画面の中ではエグいスルーパスを連発して仲間たちをきりきり舞いにさせていく。
海を渡る2時間の船旅は、彼にとっていつもの穏やかな日常の延長線上にあった。
――そして、エストニア・タリンのピッチ。
いつもの親善試合とはいえ、FCフローラ・タリンU-15の選手たちは球際激しく、荒々しい声を張り上げてくる。
しかし、そんなプレッシャーの中でも、神童はまるで自宅の庭を散歩しているかのように、いつも通りゆったりと、足裏へ吸い付くように
ボールを呼び込み、キープしては三方へパスを散らしていく。
前半15分過ぎ、ゴール右45°、20mの位置でHJKがFKを獲得する。
「ダン、頼むぞ!」
ベンチやチームメイトから声が飛ぶと、彼は「は~い」と緊張感のない返事をして、丁寧にボールをセットした。
フローラ側に一気に緊張が走る。彼らは既に知っていた。このおっとりした13歳がひとたび右足を振れば、軌道の読めぬ恐ろしい「無回転キック」を突き刺してくることを。
キーパーはステップを細かく踏み、壁のDFたちは体を固くして身構える。空気が一瞬で張り詰めた。
短い助走に入る。相手全員の意識が、彼の右足に集中した。
その瞬間、ダンの目には、周りのすべての動きが手に取るように見えていた。
右足がしなやかに振り抜かれる。
だが、放たれたのは無回転の直接FKではなかった。
ボールはファーサイド(ゴール左)、ゴール前ヘと飛んで行く。
マイナス方向へカーブを描くと、正に「ドンピシャ!」のヘディングが決まった。
ドン、と小気味良い音が響き、ボールがゴールネットへ突き刺さる。
「ナイスパス!」
興奮した仲間たちに手荒くくしゃくしゃにされながら、「ふふ、上手くいったね」ゲームコーナーの時と全く変わらない、マイペースな微笑を浮かべていた。
エストニアの首都タリンは海を挟んで割りと近く、U-15から下の世代は相互に行き来しているそうです。
2時間ほどの航路ですが、大型客船が投入されており、船旅としてもオススメ。
FCフローラはエストニアではNo.1を争うレベルですが、フィンランドより更に小国、歴史も浅いので、ダンには物足りない相手かな。




