第9話 魔法少女機関
「――……怪魔の単身撃破。二例目にして、一例目共に、撃破したのは未把握の魔法少女、か……」
巨大な事務机にて、その少女は分厚い報告書を眺めながら呟いた。
銀色の髪に高貴なドレス。顔は人形のように美しいが、見た目は幼く、幼女と呼べるものだった。
しかし彼女からは、言い知れぬ迫力のようなものが滲み出ていた。
「はい。一例目の怪魔についてはそこまでの力はありませんでしたが……二例目の怪魔は、間違いなく強力な個体。それは、現場で観測された魔力残滓からも明らかです」
部下であるスーツの女性は、そう補足する。
「じゃろうな。消失して尚これほどの魔力を残すくらいじゃ。ルミナス、オーロラだけでは、到底手に負えなかったじゃろうて」
そして幼女は、報告書を机上に放り投げる。
「しかしわからぬの……。これほどの殲滅能力を持つ“野良”魔法少女など、儂とて見たことも聞いたこともない。下手をすれば、実力は儂に迫る程かも知れぬの」
「盟主様に……ですか?」
部下は、眼鏡を上げながら怪訝に聞き返した。
「儂とて己が最強などと大言を謳うつもりはない。これまで儂よりも強い者を見たことがないだけじゃからの。しかし此奴、金色の魔法少女――トゥインクルハートと名乗る者……此奴は単独で怪魔と遭遇し……いや、怪魔を見つけ出したんじゃろ。そして圧倒的な力で討伐した。その力、さすがに認めざるを得まい」
「しかし、その動向と正体の一切が不明……」
「ああ。異常じゃよ。此奴がどこの誰かを早急に突き止めねばなるまいが……これほどの強さを持つにも関わらず、何一つ情報はないとはの。探すとなれば、骨が折れるじゃろう」
盟主は目頭を指で押さえる。
「盟主様は、黄金の魔法少女――トゥインクルハートをどうされるおつもりですか?」
「無論、機関に引き込む。それしかあるまい。このような力、野放しにするには余りにも危険。万が一、“魔力暴走”など起こりでもすれば……世界は、終焉に向かうじゃろうて」
部下は、身震いを起こす。
「……確かに、それほどの魔力を持つ魔法少女が、“魔女堕ち”をしようものなら……」
「“魔女”という忌み名すらも生ぬるいものになるじゃろうな。そこにいるだけで凶悪な怪魔を無限に生み出し、力を振るえば天地が滅ぶ。……それはもはや、“魔神”じゃよ」
盟主は、言葉を冷たく言い放つ。
「ま、魔神……」
「それほどの魔法少女ということじゃ。しかし、そここそが手がかりとなろう。おそらく所有する魔力も桁違いじゃろう。……冴子よ、陣頭指揮を取り、ルミナス、オーロラの周辺にいる“娘”を全て洗え。全てじゃ。一人とて取りこぼすでないぞ」
「ルミナスとオーロラの周辺を、ですか?」
「うむ。トゥインクルハートが現れるのは、あの2人の周辺が多い。それに、奴はルミナスの本名を知っておったとの報告がある。……間違いなく、あの二人の近くにおるはずじゃ」
「畏まりました、盟主様。早急に調査を始めます」
冴子は、深い一礼をする。
「早急ではない。今すぐじゃ。一刻の猶予もないと思え」
「は、はい……!」
そして彼女は、慌てて部屋を後にした。
「……しかしやってくれるわい、トゥインクルハートとやら。おかげで儂も、気が休まぬの」
盟主は深く椅子に座り、全身の力を抜いた。
「……今のところ敵対しておらぬことが、唯一の救いじゃ。じゃが魔法少女も、決して一枚岩とは言えんからのぉ」
天井をぼんやりと見つめる。
不安はあるが、それは、トゥインクルハートに対するものだけではなかった。
「……相手は虎の皮を被った竜。ともすれば、その尾は逆鱗。迂闊に触れれば、機関すらも焼き尽くすやもしれぬ。そのようなこと、決してあってはならぬ。頼むぞ、魔法少女達よ……」
◆
「――小太郎!!」
緋井原は小太郎の腕を掴み引っ張り回す。
「痛たたた! 何だよ! 何なんだよいったい!」
「アンタに頼んでた飲み物! ブラックコーヒーってどういうことよ!」
緋井原は真っ黒なラベルの缶を見せつけた。
「え? いやだって、緋井原、なんかコーヒーとか好きそうだし」
「頼んだのは昼ご飯の飲み物でしょ!? 普通それでブラックコーヒーを選ぶ!?」
「俺は選んだぞ! えっへん!」
「何威張ってんのよ! 買い直して来なさい!」
「えええ……」
蛇騎士との戦闘から数日、小太郎と緋井原の小競り合いは、既に日常風景となっていた。
そして二人の間に、彼女の姿もあった。
「ゆ、雪菜ちゃん、落ち着いて」
奥園桜は控え目に声をかける。
あれから、緋井原はことの経緯を奥園に話していた。変身解除を目撃されたこと。そして、小太郎が協力者になったこと。
最初こそかなり驚いていた奥園だったが、今はこうして、協力関係を受け入れていたのである。
「ほら見てみろ緋井原! 奥園が困ってるだろ!? そして俺はもっと困ってるだろ!? こんなに迷惑をかけて、緋井原の良心は痛まないのかなぁ!」
「アンタのせいでしょ!!」
ギャーギャー騒ぐ小太郎と緋井原。
そして、それを止めようとする奥園。
……しかし奥園よ、僕は見逃していないよ。
キミの視線、それを向ける時間、圧倒的に小太郎が長い。そして、その視線の熱……。
ふふふ、安心するがいい。
僕から余計なことを言うつもりはないよ。そこまで無粋じゃないから。
(なーに一人でぶつくさ言ってんのさ)
いやね、キミのバカさ加減についてね。
「誰がバカだよ!」
「まだ言ってないわよ!」
緋井原、猛る。
「言う予定があるんですかい!」
「ふ、二人とも落ち着いて!」
こうして、三人はめちゃくちゃ注目されながら、今日も騒がしい日中を過ごすのであった。
「――……いやしかし、やっぱマズイよね、これ」
家に帰る途中、小太郎は神妙な顔付きで、そんなことを言ってきた。
どうしたのさ、いきなり。
「いやだって、俺、魔法少女状態で思いっきり奥園の名前言っちゃっただろ? それなのに、奥園がコミュニティの一員になってるわけだろ? ……ヤバくね? マズくね?」
仕方ないでしょ。
緋井原の判断は正しいと思うよ。小太郎に魔法少女のことをバレたから、ペアであるルミナス――つまりは奥園桜に事情を話して、二人の協力者になってもらう。
……うん。完璧な対応だね。
「完璧過ぎて、めちゃくちゃ追い込まれてる感じが凄い。虎の中に虎の着ぐるみ着たチワワが入り込んでる感じが凄いんだけど」
どの口がチワワとかほざいてるのやら。
大丈夫だよ。どうせわかりっこないし。
普通にしてなよ、普通に。
「そんな楽観的な……」
元はと言えば、小太郎がうっかり奥園の名前を言ったのが悪いんでしょ?
「……おっしゃる通りです」
とにかく、いつも通りしておけば大丈夫だよ。
幸い、今のところ緋井原も奥園もキミの正体に気付いてる素振りは一切ないんだし。
小太郎が今一番気をつけるべきは、これ以上警戒しなきゃいけない相手を増やさないこと。
わかった?
「はい! 頑張って普通にします!」
……そこ頑張ってたら普通にはならないから。
そんなこんなで、小太郎は家へと帰る。
すると玄関で、見慣れないヒールがあるのを見つけた。
「あれ? この靴……」
小太郎が呟くと、中から女性の声が響いた。
「おー小太郎、帰ってきたんだ」
「あ、やっぱり……」
少しだけため息をついた小太郎は、リビングへと入る。
そして中にいた女性に、遠慮なく声をかけた。
「どうしたんですか? 会社、ついにクビになりましたか?」
「いきなり失礼ね。……ちょっと仕事で、しばらくこの街にいることになったのよ。これからちょくちょく顔を出すからね」
「どうせ飯をたかりに来るだけでしょ? ――冴子さん」
その女性――冴子なる人物は、メガネをクイッと上げながら、にやりと笑う。
「あなたの敬愛する従姉が遊びに来てあげるって言ってるのよ。もっと喜びなさい? 小太郎」




