第8話 ありがとう
ルミナスハートとオーロラハートが小太郎の下へ来たのは、怪魔が完全に消え去った後だった。
「……遅かったわね」
小太郎は魔法少女として話しかける。
ルミナス達は周辺を見渡す。
建物は破壊され、地面は割れ、隆起し、景色は崩れていた。まるで幾重にも竜巻が巻き起こったかのような惨状に、二人の魔法少女は息を呑んだ。
「……あなたが、やったの?」
ルミナスは聞いてきた。
「そうね。怪魔と戦ったのだから、私がしたと言えばそうなるかもね」
「怪魔と……戦ったの? たった一人で?」
オーロラは視線を鋭くさせた。
そしてトゥインクルは、小さく笑った。
「ええ、そうわよ」
いや小太郎、危ない。
口調がすんごい妙ちくりんになってる。
ちょい危ない。
「……失礼。そうですわよ」
なんで御嬢様化してんのさ。
自分からボロを出しすぎだから、もう普通に話しなよ。
「ええそうよ! 私が怪魔を倒したの! それでいいでしょ!?」
「なんで怒ってんのよ……」
ほらほら、オーロラハートが困惑しているよ?
これ以上話さない方がいいよ。
小太郎のアホさが一番危険だから。
「アホ言うな。……おほん。とにかく、私は帰るから。またどこかで……」
そしてトゥインクルハートが立ち去ろうとした瞬間、一足早くオーロラハートは地面を蹴り、進路を妨げる。
「待ちなさい、トゥインクルハート。今日こそ逃さないから」
「…………」
トゥインクルハートは、気怠そうに短く息を吐いて止まる。
「ちょ、ちょっとオーロラ!」
「ルミナスは黙ってて。……アンタ、いったい何者なの?」
「通りすがりの魔法少女……って言っても、キミは納得しないよね?」
「当たり前よ。“機関”すらも一切把握していない魔法少女なんて、聞いたことがないわ」
「機関、ね」
トゥインクルハートはほくそ笑んだ。
その笑みに、オーロラは舌打ちをこぼす。
「……何がおかしいの?」
「別に。生憎だけど、私、機関なんて知らないんだよね。いったい何の話?」
「そうやって誤魔化して……馬鹿にしてるの?」
オーロラの不快感は更に増していた。
しかし、彼女は知らなかった。
トゥインクルハートが――小太郎が、本当に何も知らないことを。
(……いや、セルフィ。機関って、何?)
魔法少女機関のことだよ。
魔法少女達が所属する、秘密組織みたいなもの。
(聞いてないんだけど)
だって話してないんだもん。
(いやそれは教えとけよ! なんか緋井原、めっちゃ怒ってるじゃん! 俺すんごい嫌な奴になってるじゃん!)
小太郎、聞かなかったじゃないか。
(知らないものなんて聞けるわけないだろうが!)
仕方ないなぁ。それも含めて、色々後で話してあげるよ。
それより、オーロラハートは逃がすつもりないみたいだよ? どうやって切り抜けるの?
(いやまあ、それは簡単なんだけど……)
なるほど……二人をボコボコにして立ち去るってことね。よしやろう。すぐやろう。
(違うっつーの! なんでお前はいちいち物騒なんだよ! もう発想が怖いって!)
だって僕、魔法少女、嫌いなんだもん。
(俺も魔法少女だよ! 男だけど! 役職的に!)
小太郎は別だよ。
……それより、帰れるならもう帰ったら?
これ以上話すつもりはないんでしょ?
(そうだな。……はぁ、また一段とオーロラハートに嫌われるだろうな、まったく……)
そしてトゥインクルハートは手に持った釘バットの先端を足元に当てる。
――刹那、先端から釘を撃ち放った。
釘は足元の瓦礫を粉砕し、瞬く間に煙幕を生み出して、トゥインクルハートの姿をかき消した。
「なっ――!?」
オーロラが構える暇もなく、トゥインクルハートは、離れた瓦礫の上にふわりと着地していた。
「悪いけど、時間切れ。続きは……まぁ、気が向いた時に聞いてあげるよ」
「チィッ! 逃さないって言ったでしょ!?」
オーロラは光の虚空から剣を呼び右手で握る。
「――ッ!? オーロラ、ダメ!」
ルミナスが声を出すと同時に、トゥインクルは釘バットの先端を素早くオーロラに向けた。
「そこまでだ、オーロラハート」
「――――ッ」
先手を取られたオーロラは、ピタリと体を硬直させた。
「その剣は構えちゃダメだ。それを構えると、キミはただの敵になってしまう。こちらにそのつもりはない。でもそっちが引き金を引くのなら、その時は容赦しない」
「くっ! トゥインクルハート……!」
オーロラはトゥインクルを睨む。――否、睨むことしか出来ない。
彼女だってわかっているはずだ。
目の前の魔法少女は、怪魔を単身で撃破する程の力を持っていることを。そんな上位存在に、勝てるはずがないことを。
だからこそ、睨むことしか出来ないんだ。
「アンタは……アンタはいったい、何なのよ!」
オーロラは、声を荒らげた。
「突然現れて、突然去って! こっちの都合も考えずに、好き勝手暴れ回って……! アンタはいったい、何のために魔法少女をしてるのよ!」
「何のためって……」
トゥインクルハートは――小太郎は、何も答えられなかった。
(俺が魔法少女をやる意味……業魔を倒すこと。でも、それだけじゃ足りないのか?)
小太郎、たぶんそういうことじゃないよ。
(どういうことだよ)
キミが、何を信じて、何のために魔法少女として活動するのか。たぶん、そういう話じゃないかな。
(俺が何のために、魔法少女を続けるのか……)
「トゥインクルハート!」
今度はルミナスが叫んだ。
オーロラとトゥインクルが彼女を見たところで、ルミナスは、強く問いかける。
「一つだけ答えて! あなたは、私達の敵じゃないのよね!?」
「もちろんさ。敵なはずがないよ、奥園」
「え――」
「は?」
ルミナスとオーロラは同時に固まる。
――って小太郎! ヤバいヤバい!
めちゃくちゃ奥園って言ったよ!
今めちゃくちゃ名前言っちゃったよ!
(ん? ――んああああああ!!??)
スクランブルだよ!
今すぐ発進するんだ!
「ま、待ってトゥインクル! 今……なんで、私の名前を――」
「さらばだぁ!!」
小太郎、ルミナスを無視し、珍しく本気の逃走。
もはや飛び立つに等しい大ジャンプで、その場を緊急離脱する。
一瞬で工場は小さくなり、雲を貫き、小太郎は彼方へと消え去るのだった。
◆
「ああああ! ヤバいヤバい! ヤバすぎる! ヤバすぎるって、マジでヤバいから!」
小太郎、落ち着きなよ。
ここはもう学校。変わり身は消して、キミは普段通りに授業を受けていたことになってる。
バレるはずがないよ。
「でも俺、めちゃくちゃ言っちゃったよ! 奥園って言っちゃったよ!」
それは……うん、言っちゃったね。
もはや過ぎたことさ。
後は野となれ山となれってね。
「明確に山しかないから! むしろ断崖絶壁! 落ちかけてるから!」
むしろ、もういい加減にいい機会じゃないの?
正体バラしたら?
「できるわけねえだろうに! なんでわざわざ爆弾を爆発させようとするんだよ!」
いやいや、考えてみなよ。
これであの二人を助けるの、もう何度目?
無償で活動する小太郎の気前の良さには感心するけど、いい加減、あの二人にも教えてやらないと。
ぜーんぶ小太郎のおかげだってさ。
「正体を……話す……」
小太郎、しばし思案する。
そして……――。
「いやいやいや! 無理だって! だって絶対めんどくさくなるもん! わかりきってるもん! 終わりなき無限尋問が始まりそうだもん!」
――盛大に却下した。
まあ、そうなるとは思ったけど。
とりあえず、それならそうで、小太郎はドシッと構えときなよ。
さっきも言ったけど、小太郎の分体魔法によるアリバイ工作は完璧なんだからさ。
小太郎が妙なことを口走らなきゃ、バレることは絶対にありえないよ。
小太郎が妙なことを口走らなきゃ。
「そっか……そうだよな。うん、わかった。今日は大人しくしてる」
そして小太郎は、動揺しつつも、授業に臨む。
まったく、小太郎は見てて飽きないよ。
絶大なる魔力を持って、圧倒的な強さを持ってるのに、僕からすればどうでもいいことで右往左往している。
まったく不思議。まったく予想不能。
だからこそ不憫に思うし……時々、申し訳なく思ってしまうんだ。
「……セルフィ、一つ、いいか?」
今度はなに?
正体を話す気になったの?
「いや違うから。……さっき言ったよな。あの二人を助けてきたのは全部俺のおかげだって。でもそれ、違うからな」
何が?
「俺は確かに業魔とか怪魔を倒しはしたけどさ。俺だけじゃ業魔とか、そんなの見つけられなかった。それを見つけて教えてくれたのは、全部セルフィだろ?」
……僕?
「ああ、お前だよ。だから全部俺じゃない。全部、セルフィと俺だ。つまり、その……俺はいつも、お前に助けられてる。ありがとう、セルフィ。お前がいてくれて、本当に良かった」
――――ッ。
「いや、改めて言うのってなんか恥ずかしいな! 二度は言わないから! そゆことで!」
小太郎は、少しだけ顔を赤くしていた。
――違うよ、小太郎。
助けられたのは、僕の方なんだ。
僕は、キミを利用している。自分の仕返しのために、キミを利用している。
だからそんなことを言われる資格はない。
……だけど、その言葉だけで、こんなにも満たされてしまう。
ありがとう、小太郎。
僕の方こそ、ありがとうなんだよ――。
「小太郎ォッ!!」
突如ドアが壊れる勢いで開き、静謐なる教室を打ち破る雄叫びが響き渡った。
そこにいるのは、怒り心頭で鼻息を荒くする緋井原雪菜。そしてその後ろで恥ずかしそうに俯く、奥園桜がいた。
「え? え!?」
小太郎、思わず立ち上がり後ずさる。
そんな彼に、緋井原は勢いそのまま、早歩きで距離を詰めて来た。
(嘘!? バレた!? バレたのか!?)
そして彼女は、小太郎の胸ぐらを掴み上げた。
「小太郎ッ! アンタ――!」
万事休すか――。
小太郎が泣きそうになったところで、緋井原は怒鳴る。
「――だぁれが腹痛でトイレから出られなくなってたのよ!!」
「…………へ?」
小太郎は、素っ頓狂な声を漏らした。
「言い訳を頼んだけど……よりにもよって何て言い訳してんのよ! しかも! アタシと桜、二人ともって!? どういうつもりよ!」
「え? え? ええと……ん?」
あー、なるほど。
小太郎、分体を用意した時、キミの思考を完全再現したでしょ?
たぶん分体が、先生に「二人ともトイレから動けない」みたいなこと言ったんじゃないの?
「……あー! そういうことか! いやでも、ベストな言い訳じゃない?」
「どこかベストよ! 最高に最悪な言い訳じゃないの! 絶対許さないから! 小太郎!」
「ひ、ひぇぇ……」
大騒ぎとなる教室であった。
そして小太郎は気付かない。緋井原雪菜も、たぶん気付いていない。
緋井原雪菜が、自然と、「小太郎」と呼んでいることを。
奥園桜は、恥ずかしそうにしながらも、そんな二人の顔を複雑そうに見ていた。
きっと彼女も、緋井原の呼び方の変化に気付いている。
でも彼女は、それを追及することなく、ひとり静かに目線を落とす。
それがやけに、哀れに思えた。




