第7話 一瞬の致命
〈おおおぉぉ!!〉
蛇の雄叫びが脳を揺らした。
白き腕は槍のように伸び、小太郎を――トゥインクルハートを狙う。
トゥインクルは後方へ跳ね躱すが、蛇の鋼の手はアスファルトの路面を砕いた。
「いっ――!?」
〈逃がすか!!〉
蛇騎士はトゥインクルハートを追う。そして腕を交互に振り抜き、多重攻撃を仕掛けてきた。
右、左、上、下、中央、前、後――。
あらゆる角度、あらゆる距離から放たれるのは、いずれも必殺の一撃。路面は抉れ、割れ、陥没し、コンクリートは豆腐のように吹き飛び崩れる。
〈シャアアア!!〉
一際強い雄叫びの後、蛇騎士は宙へと跳び、組んだ両手をミサイルのように伸ばしてトゥインクルハートを狙う。
「くッ――!」
間一髪で避けたものの、蛇の両手は路面に突き刺さり、ヒビは波紋のように広がり、周囲の建物すら倒壊させた。
スタリ――と。
少し離れた瓦礫に着地した小太郎は、更地になりつつある戦場を見渡し、一筋の汗を拭う。
「うへぇ、すっごい力……」
あれを受けたら、小太郎とは言え、ただじゃ済まないだろうね。
「しかもさ、なんかアイツの腕、伸びてるよな。にょにょにょーって」
その擬音はわかんないけど……小太郎、アイツの手、見てみて。あれだけ道路だとか壁だとか壊しまくったのに、傷一つ付いてないよ。
剛腕に強固な鱗、伸縮自在な腕。
シンプルだけど厄介だよ。
〈貴様のその余裕……我らとの戦い、初めてではないな?〉
蛇騎士は赤い目で小太郎を牽制しつつ問う。
「まあね。初めてじゃないっていうか、初めての戦いで“怪魔”を引き当てたっていうか」
〈……なに?〉
あれはミラクルだったよね。
初めて魔法少女に変身して、何やら衣装がどうとか叫んでたら、一発目の相手から怪魔だもんね。
運が良いのか悪いのか。
「そりゃ悪い方だろ。たぶん。きっと。しかし鯉の怪魔とは驚いたな。刺し身にできるか考えたら、めちゃくちゃネバネバした液体かけられるし」
〈鯉? ……なるほど。以前、同胞が消えたと聞いたが、貴様だったか。だが案ずるな。少なくとも我は、“アレ”よりは強い〉
「いやぁ、そこは案じたいかなぁって……」
あーもう日本語がわけわからなくなってるよ。
「うるさい。……ただ、ちょっとだけ楽しくなって来たかも」
そして小太郎はブンブンと釘バットを振り回し、両手でしかと握り構えた。
「キラッキラ、してきたァ!!」
〈ほう、我と正面から戦うつもりか。……面白い。面白いぞ! 黄金の魔法少女ッ!!〉
勢いよく突っ込む蛇騎士。
対してトゥインクルハートは、両足を肩幅よりも広げ、根を張るように腰を落として踏ん張った。
〈シャアアア!!〉
「うぉりゃあ!!」
怪魔は右手を振り下ろし、トゥインクルハートは釘バットを振り上げる。
ガギィィィン――ッ!!
金属音とも衝突音とも取れる轟音が周囲に響き渡り、鋼の腕とバットは弾き合う。
〈我の一撃を――!?〉
「まだまだァァ!!」
ガギンッガギンッガギンッ――!!
衝突音は断続的に続く。
片や腕、片や釘バット。
二つの必殺は流星同士の衝突のように閃光と火花を繰り広げ、大地すらも震えていた。
――が、間もなく均衡は崩れ始めた。
〈ぐ、ぐぐっ……!〉
怪魔は短く唸る。
両手とバット一本。どちらが有利かなど考えるまでもない。
しかしトゥインクルハートの太刀筋は蛇の両腕を上回り始め――いや、明確に上回り、いつしか怪魔はジリジリと後退を余儀なくされていた。
〈ば、馬鹿な……!? 押されているのか!?〉
怪魔に僅か一瞬の動揺が走る。
――それすら、致命であった。
「うぉりゃあ!!」
トゥインクルハートは体を捻り、一際強く釘バットを振り抜く。
ガギィィィン――ッ!!
蛇騎士の両手は後ろに大きく弾かれ、白き胴体が無造作に晒された。
〈しまっ――〉
「トゥインクルッ! 釘ィ! シャワーァッ!!」
構えられた釘バットの先端から、無数の釘が放たれた。
ドドドドドド――ッ!!
とてもシャワーなどではない。
マシンガンよりも激しく、横殴りの鋭い豪雨が怪魔を一気に吹き飛ばす。
壁を突き破り、瓦礫にめり込み、それでも無限の釘は止まることなく蛇の体を貫き続けた。
……やがて無限の猛攻は収まり、辺りに静けさが広がる。
土煙が視界を奪い、怪魔の姿は見えない。
ドゴォォンッ!!
瓦礫は弾き飛ばされ、怪魔は立ち上がった。
〈おおおお――! まだだ! まだ終わってはおらぬぞ! 魔法少女ッ!!〉
片目は潰れ、全身からおびただしい青い鮮血を撒き散らしながら、怪魔は敵の位置を確かめた。
だが――怪魔の視界の中に、トゥインクルハートはいない。
〈なに!? 奴はどこに――!〉
ゆらりと、地上に影が映る。
影は確かに怪魔に迫り、やがて覆いかぶさった。
蛇騎士が見上げた頭上の曇天。
黄金の髪とリボンは優雅に靡き、その両手は見えぬほどに、振りかぶられていた。
「トゥインクル、釘バット」
その落ち着いた口調に、蛇騎士は、どこか微笑んでるように見えた。
〈――嗚呼、抜かったわ〉
グシャッッ――!!
グロテスクな衝撃音がこだました。
かつて蛇だったモノは無残に潰れ、手足が小さく痙攣する。やがて怪魔の体は光の礫となり、空へと還り始めた。
その光は太陽に紛れ、薄く、弱い。
「魔女の騎士ねぇ……」
どうしたのさ、小太郎。
「いや、あと何人いるんだろうなって思ってさ」
何人いるのかは気にするだけ無駄だよ。
どのみち、全部倒さないといけないんだし。
それが、魔法少女の宿命さ。
「宿命、か……」
小さく呟いた小太郎は、空へかかる光の渦を、どこか憂いを帯びた顔で目に焼き付ける。
今彼が何を思ってるのかは、さすがに、僕にはわからなかった。




