第5話 無慈悲なるもの
やっとこさ購買部に着いた二人だったが、未だ懲りもせず、小声でバチバチと火花を散らしていた。
「山田、クリームパン」
緋井原は言う。
「購買部、目の前だぞ? 自分で頼んだ方が早いだろうに」
小太郎は返す。
「嫌よ。こんなところまでアタシを連れてきたのはアンタだし、アンタが頼みなさいよ。もちろん、ここはアンタの奢りね」
「緋井原さんよ、それもう協力じゃなければパシリですらないから。ただのたかりだから。天下の魔法少女ともあろう人が、幼気なごく普通の男子高校生に飯をたかるつもりか? それ、めちゃくちゃダサいからな?」
「ぐっ……アンタ、立場わかってんの?」
「緋井原こそわかってるのか? 魔法少女っていうくらいだから、人々を守ってるんだよな? この世界、街……そして、一般人たる俺もまた、その加護の対象なんだよ。加護対象を奴隷のように扱うなんて、魔法少女がそれでいいのかよ」
小太郎の小賢しい言い回しに、緋井原は目を光らせてわなわなと震えていた。
「……アンタ、いつか絶対シメる。覚悟しときなさいよ?」
「はいはい、好きにどうぞ。……ところで緋井原、ゆっくりしてていいのか? クリームパン、最後の一個だけど?」
「は? ……え゛っ!? ま、待って! アタシのクリームパン!」
緋井原は慌てて駆けていった。
「まったく、騒がしい奴だな」
それ、小太郎が言う?
「俺は悪くないだろ。完全に巻き込まれただけだからね、俺」
はいはい、そういうことにしてあげる。
でも、これからどうするの?
「どうするもこうするも、とりあえず従順な一般人装って、成り行きに任せるしかないだろうな」
従順な一般人ねぇ……いきなり破綻してるように見えるんだけど。
ところで小太郎、キミはいいの?
「え? 何が?」
パン。
「パン? いやそれは緋井原が――って、あー! 俺のメンチカツコロッケパン!」
そして小太郎もまた、購買部へダッシュするのだった。
やっぱ仲良しじゃん。
◆
教室に戻った二人は、一切目を合わせずにお互い仏頂面でパンをかじっていた。
しかし緋井原はアンパン、小太郎はヤキソバパンと、どうやら狙いのパンは買えなかったらしい。
「……アンタのせいで、クリームパン買えなかったんだけど」
「俺だって余ってたパンだよ。しかもヤキソバパンだぞ? 炭水化物の組み合わせだぞ? ご飯の上にご飯乗せたご飯丼と同じ分類じゃねえか」
「知らないわよそんなの。アンタってホント頭に来るわね……」
ガブリと、八つ当たりのように緋井原はアンパンを大口で噛み千切る。
その時である。
パリィィィン――ガラスが割れる音が小太郎と緋井原の耳に届いた。
そして緋井原は立ち上がり、奥園と目を合わせアイコンタクトで頷く。
「……どうしたんだよ」
小太郎、わざとらしく声をかける。
「ちょっと用事。今から出てくる。……アンタ、協力するんでしょ? 先生への言い訳、頼んだわよ」
「え? あ、ああ、うん……わかった。頑張れ、緋井原」
「言われなくても……!」
そして緋井原と奥園は、急ぎ教室を飛び出していった。
……小太郎、ちょっと演技下手すぎ。
もっと自然な反応しないと。
「うるせえ。別に俺はオスカー像を狙ってるわけじゃねえんだよ。……それよりセルフィ、今回の業魔はどうだ?」
けっこう強いけど……まあ、あの二人なら倒せるんじゃないの?
ただ気になるのが、業魔の反応が二つあるってところかな。
「二つ?」
うん。一つはけっこう強い反応だけど、こっちはたぶんルミナスとオーロラで大丈夫。
でももう一つ……これ、たぶん意図的に気配を隠してるよ。
二人にバレないようにするためだろうけど……自分の気配を偽装できる業魔はヤバめなやつが多いから、そっちはピンチかもね。
「要は待ち伏せして、ルミナスとオーロラが来るのを待ってるのか。それは確かにヤバいな」
小太郎はヤキソバパンを口に押し込み、口元のソースを手で拭うと立ち上がった。
様子見、しないんだね。
「俺はそこまで冷徹じゃないよ。……それじゃあ、行こうか」
当たり前のように、小太郎は教室を出る。
始業のチャイムが鳴る中、小太郎が向かうのは、再び、屋上。
やはり大半の生徒は、既に教室に戻っていた。
……ってことで小太郎、覚悟はいい?
「そこは普通“準備はいい”、だろうに。……まぁ、間違ってはいないけど」
ブツブツと文句を言いながら、小太郎は魔力を練り上げる。
「“変身”」
魔力は奔流となり空へと伸びる。
その色は黄金。全てを圧倒し、魅了する、絶大にして絶対たる金色の魔力。魔力は小太郎の黒髪を金髪に変え、帯となり、衣となり、小太郎の体を包み込む。
……そう、男子高校生の体を、前後にリボン付きの金ピカフリフリドレスが包み込んでしまった。
そして完成する、ド派手な女装モード。
「女装モードって言うなッ!!」
いやだって、完全にそれじゃん。
わざわざ金髪になってフリフリドレス着るとか、完全に女装じゃん。
ギャルなの? ねえ、ギャル系女装なの?
「だーかーらー! なんで魔法少女の衣装はこれ一択なんだよ! スーツでもいいじゃん! 今どき学校の制服でさえズボンかスカートを選べるところも多いのにさ!」
文句言っても仕方ないでしょ?
ほらほら、仕事仕事。
「仕事って言うのなら給料出せよ。まったく……」
そして小太郎は、女装モードのまま神経を集中させた。
魔力を練り、学校を満たし、教室の自分の席に、虚像の“山田小太郎”を生み出した。
小太郎は、たぶんというか、絶対に知らない。
今当たり前のように行った、自らの分身を生み出す“虚像生成”という彼オリジナルの魔法。
虚像……と小太郎は言っているが、彼の作り出した“ソレ”は、そんな生温いものではない。
それは幻覚でも投影でもない。
確かな質量を持ち、何食わぬ顔で教室の座席に座り、山田小太郎という人間の思考と行動パターンを忠実に再現する“個体による完全たる擬態”。
……これが如何に世界の理を無視する神業であるのかを、小太郎は知る由もないのである。
常識を外れ、理屈をも超越し、絶対のルールを蹂躙する。
山田小太郎の魔力とは、そういうものだ。
だからこそ、誰にも知られることはない。
だからこそ、誰にも探しようがない。
そんなことをあっさりとやってのけるなど、誰一人として想像すら出来ないからである。
異常。とかく異常。極めて異常。
彼からすれば、既存の想定や掟、摂理など、道端に並ぶ雑草の囁きに過ぎない。
「……よし! これで完璧!」
アリバイ工作のためにもう一人の自分を作っちゃうなんて正気じゃないよ。
相変わらずぶっ飛んでるよね、小太郎って。
「うるさいな。便利だからいいだろ」
便利……うーん、便利ねぇ。
そして小太郎は、いつものように肉体を性転換させ、少女へと変わる。
男性から女性へ。女性から男性へ。
小太郎は、自在に二つの性別を生き来する。
これもまた、生命の摂理を踏み躙る蛮行と言えるのかもしれない。
全てを思うがままに。遠慮なんてしない。故に彼の魔力は、無邪気で、無垢で、何より、無慈悲。
――だからこそ、彼は、おもしろいのだ。




