第4話 協力しようじゃねえか
「山田、パン買ってきて」
昼休みが始まるなり、緋井原はふんぞり返ってさも当然のように言ってきた。
小太郎はポカーンとしながらも、辛うじて言葉を返す。
「いや……なんで?」
「協力するって言ったでしょ? 買ってきて」
「えええ……傍若無人にも程があるだろうに。だいたいそれ、協力じゃなくてパシリだろ、パシリ」
緋井原は小さく舌打ちをする。
「どっちでもいいでしょ。アンタが買いに行かないのなら、アタシの昼ごはんがないんだけど。いったいどうするつもり?」
「逆にそれ、俺に断られたらどうするつもりだったわけ?」
「断られるわけないから、結局アンタが買いに行くと思ったのよ」
「なんで俺のパシリ力に絶大な信頼を置いてるんだよ。己の飯は己で守れ」
不毛な言い争いを繰り返す小太郎と緋井原。
しかし二人は気付いていなかった。
二人を横目で見る、同級生達の視線を。
あの二人、何があったんだ。急に仲良くなってないか。山田は緋井原が怖くないのか。
様々な小声が教室の中で飛び交っていた。
……ってことで小太郎。
なんかめちゃくちゃ目立ってるよ。
「何がだよ!」
「何の話よ!」
「緋井原じゃねえから!」
「は? ……は?」
緋井原は怒りを忘れて混乱する。
そらそうよ。小太郎は僕との会話と他の人との会話をちゃんと分けた方がいいよ?
傍から見ると、いきなりキレ出したり独り言を言いまくったりする純正不審者だからさ。
(半分はお前のせいだろうに……!)
すると緋井原は、更に視線を鋭くさせた。
「意味わからないんだけど……。とにかく、アンタは黙って購買部に行けばいいの。逆らうなら、わかってるわよね? 私が何なのか知ってるでしょ?」
しかし小太郎も引きはしない。
「脅しても聞かねえよ。だいたいそれは協力じゃないし、買い物なら自分で行けよ」
「アンタ……舐めてんの?」
一歩も引かない両者。
周りの人からすれば異様な光景だろう。
昨日までほぼ絡みがなかったのに、一晩経ったらペチャクチャ喋り、かと思いきや火花を散らす。
仲がいいんだか悪いんだか。
しかしその中で一番困惑していたのは、意外にも緋井原雪菜であった。
僕は見逃さない。
刺々しい視線と言葉の裏には、確かな動揺が垣間見えている。
彼女はきっと、こう思っていることだろう。
こいつは、なぜ一歩も引かないのか。
なぜ魔法少女と知っていながら、こうまで反抗してくるのか。
そこには小太郎本来の図太さもあるだろう。
……だが、根本的な理由は違う。
強いからだ。
普段はアホ丸出しでギャーギャー騒いでいるが、小太郎の魔力量は、桁違い――いや、次元が違う。
本気の戦闘になれば、小太郎は緋井原を赤子扱いして圧勝する。
それは予想でも予測でもない。
絶対的な、一点の曇りすらない確信的な事実なのだから。
それは小太郎も無意識に理解しているんだろう。
だから引かない。
だから遠慮しない。
だから緋井原は、ただただ困惑するしかないのである。
そして彼女の困惑を、小太郎は卑しくも見逃さなかった。
「ってことで、俺は先に弁当を食べさせてもらう。緋井原もさっさと購買部に行った方がいいんじゃないの? あそこ、すぐ売り切れちゃうからさ」
「くっ、山田……!」
餓狼の如く小太郎を睨む緋井原。
そして勝利者の余韻に浸る小太郎。
改めて言うほどでもないが、これは昼ごはんのパンを買いに行くか行かないかだけの話でしかない。
何という小規模な闘争だろうか。
それでいいのか魔法少女達よ。
僕は情けなくて泣けてくるよ、ホントに。
「うるさいよ。向こうからケンカふっかけて来たんだから仕方ないだろ? とにかくさっさと弁当を食べて、トイレって名目でここから離脱する。さくっと弁当を食べて……弁当を……――」
直後、バッグをガサゴソ漁ってた小太郎の手が止まる。やがて表情が固まり、目が泳ぎ始めた。
……小太郎?
まさかとは思うけど……弁当、忘れたの?
「……うん」
あーあ……あーあ。
なーにやってんのキミは。
あんだけ「己の飯は己で守れ」なんてエラソーにほざいてたくせに、小太郎も守れてないじゃん。
むしろ自分から投げ捨ててるじゃん。
「投げ捨てねえよ! 命の次の次くらいに重要な昼飯だぞ!? 単に忘れただけだから! あーもう! 急いで購買部に行かなきゃ昼飯が――!」
とここで、小太郎は緋井原の視線に気付く。
恐る恐る顔を向けると、今度は彼女が、余裕たっぷりに頬杖をしながらほくそ笑んでいた。
「……購買部、行くのよね?」
「…………」
形勢逆転。
先程とは打って変わり、小太郎がプルプル震えながら歯を食いしばっていた。
そして好機とばかりに緋井原が財布を取り出したところで、小太郎は目をカッと見開き、立ち上がって声を張り上げる。
「協力しようじゃねえか!」
「――――ッ!?」
虚を突かれ、動きを止める緋井原。
「わかったよ! 購買部に行くよ! 行けばいいんだろ!? でも緋井原! お前も一緒に購買部に来いよな!」
「は、はぁ!? なんでアタシまで行かないといけないのよ!」
緋井原も思わず立ち上がった。
「だって俺に任せたら絶対後で文句言うだろ! 俺のチョイスに難癖付けるだろ! それとも俺が油ぎっとりメンチカツコロッケパンを買ってきても、文句一つ言わないってのかよ!」
「くっ! そ、それは……!」
「それが嫌なら自分で選ぶんだな! あーそうさ! 俺は弁当を忘れたさ! でもそのついでにパシリにされるのは納得いかない! だから緋井原も一緒に来いよ! それでイーブンだろ!」
「ア、アンタって奴は……!」
わなわなと震えながら、屈辱に眉間の皺を深くさせる緋井原。
そして意地を突き通す小太郎。
……何度も言うが、これ、パンを誰が買いに行くかの話だから。
スケール感よ。
スケール感があまりにも小さ過ぎて、なんだか僕まで恥ずかしくなってきたんだけど。
そんな僕のぼやきを完無視した小太郎は教室を出て、緋井原は小太郎を睨みつつも、律儀に後をついていく。
仲良しである。
口喧嘩はしているが、誰が見てもただの仲良しであることに、小太郎と緋井原は気付いてなかった。
……そんな二人を見つめるクラスメイト達。
その中に、奥園桜もいた。
「ゆ、雪菜ちゃん? ……山田くん?」
その目と声は、ざわつく生徒達の中で少しだけニュアンスが違う。
それに気づいているのは、たぶん僕だけだった。




