第3話 自由とは
昼休みも終わり、学校では始業のチャイムが鳴り響いていた。
にもかかわらず、アホな小太郎はぐっすりと眠っているではないですか。間抜け面で涎まで垂らして、惰眠を貪っているではないですか。
……いやちょっと。ちょっと小太郎、いい加減起きなよ。授業始まってるよ。
さっきから呼びかけているが、全く起きる気配がない。
顔面を引っ叩けばさすがに起きるだろうけど、声しか出せないのが内なる精霊のツラいところ。
もっとも、小太郎が授業サボろうが、結果として内申がくたばろうが、何なら留年しようが僕の知ったことではない。
全ては小太郎のアホさによるもの。
むしろ彼の今後を考えるなら、ここで留年までいってもらって社会の厳しさというものを学ぶべきなのかも――。
「――あーもう! さっきからうるせぇんだよ!」
小太郎は突然ガバっと起き上がる。
あれ? 起きてたの?
「起こされたんだよ。さっきから頭の中でごちゃごちゃごちゃごちゃ……って、あれ? もしかして、寝坊した?」
だからそう言ってるじゃん。
どうするの? 授業出るの?
「あー……うん、そうだな。ここでこのままってわけにもいかないし、テキトーな理由付けて遅れたってことで参加するか」
ちなみにそのテキトーな理由って?
「トイレで踏ん張ってた」
優雅さの欠片もない心底テキトーな理由で安心したよ。
そんな小太郎が、いそいそと塔屋の梯子を降り始めた時である。
風が吹いてきた。轟々と吹き荒れる風は、耳に雑音を響かせる。
だからこそ、小太郎は気付かなかったのである。
スチャリ――と。
屋上に何かの着地音が聞こえた。
「――……まったく、ルミナスも心配性ね。アタシの出席日数なんて気にしなくていいのに」
少女の声である。
……あー、小太郎。ちょいとマズイかも。
「え? 何? 今何か言った?」
だからマズイかもって。
タイミング? みたいな。
ある意味出来すぎてるとも言えるけど。
「さっきから何言って――」
「“解除”」
小太郎が振り返ると同時に、彼女は――オーロラハートは、その変身を解く。
青い光は渦となり彼女を包み込むが、その刹那、彼女の視線と小太郎の視線がぶつかった。
「……あ」
小太郎が呟くと、オーロラハートは慌てて叫ぶ。
「――ッ! イルマ、待っ――!!」
時、すでに遅し。
小太郎が梯子に掴まって見つめる中、青い光は消え去り、緋井原雪菜は帰還した。
「あぁ……ああっ……!?」
顔を真っ赤にし、わなわなと震える緋井原。
小太郎は気まずそうに、頬を指でかいていた。
「は、ははは……」
笑って誤魔化すのは、もう手遅れだろうね。
「ア、アンタ! なんでここに……!!」
「ごめんなさぁいッ!!」
緋井原が一歩踏み出すと同時に、小太郎は脱兎の如く逃げ出した。
……ねえねえ小太郎、なんで逃げるの?
「当たり前だろ!? 逃げるしかないだろ! 変身解除を見たんだぞ!?」
いやでも、逃げても何も意味ないから。
見た現実は変わらないから。
「他人事みたいに言いやがって! とにかく一旦逃げて、緊急作戦会議をだな……!」
うん、小太郎。
必死こいて廊下を爆走してるところ悪いんだけどさ……もしかして、忘れてない?
「何をだよ!」
いやだから――。
◆
「――でー、あるからしてー」
小太郎は授業に戻っていた。
だが小太郎は授業なんてそっちのけで必死に顔を左に逸らし、教科書を目一杯に広げ、右隣からの視線を盾のように防ぐ。
その盾の向こう側――隣の席。
そこには、顎を引き、猛獣のように小太郎を睨みつける緋井原雪菜が鎮座していた。
……ということで、小太郎が忘れてたことは、肝心の緋井原が隣の席だったってことでしたー。
「……マイガッ」
無駄にネイティブなぼやきをしてる場合じゃないでしょ。
ほら見てよ、すごいよ小太郎。見てみなよ。
緋井原、めちゃくちゃ睨んでるよ。
殺戮者の目だよ、あれ。
「見なくてもわかる。さっきから視線で胃がキリキリしてるから」
緋井原、全く黒板見ないでずっと小太郎睨んでるよ。先生も不穏な何か感じて何一つ注意しないし。
……それで? ここからどうするの?
「き、記憶消去の魔法とか……ある?」
あるにはあるけど……。
「よし使おう! すぐ使おう!」
ステイステイステイ。落ち着いて小太郎。
確かに記憶消去の魔法はあるんだけど、相手は仮にも魔法少女なわけだし、普通よりも効果は出ないと思うよ?
何より……。
「何より?」
記憶消去魔法って、小太郎が男の体のまま魔法少女モードにならないと使えないくらい、けっこう高度な魔法なんだよ。
……と言っても、小太郎ほどの魔力ならすぐ使えるうえに、そもそもデメリットなんて、人前で魔法少女の衣装になるだけだから今すぐにでも――。
「よろしい。別の手だ」
小太郎の結論は早かった。早すぎた。
いやもっと熟考しようよ。
「秒で熟考した上での即決なんだよ! 記憶を消すために消さなきゃいけない記憶を倍増させるとかどんな地獄だよ! いいから別の手! 考えろ! 俺も考えるから!」
別の手って言ってもねぇ。
素直に謝るしかないんじゃないの?
「謝って記憶が消えるなら、喜んで土下座するんだけどな」
ガタタッ――!
突然、緋井原雪菜は立ち上がった。
当然授業中。生徒も先生も、小太郎さえも、言葉を忘れ、彼女を見る。
そんな中、彼女は歩き始め、小太郎の襟元を掴んでぐいっと引き上げた。
「……顔、貸しなさい」
「は、はい?」
そして二人は、静寂に満ちた教室から出ていくのだった。
「ちょ、ちょっと……」
小太郎の声なんて無視しまくり、緋井原は一切顔を向けることなく、彼の体をズルズルと引きずっていく。
これ、小太郎ヤバいんじゃないの?
ワンチャン消されるかも。
(ワンチャンの意味わかってる!? ワン・チャンスだからな!? いったいこれのどこがチャンスなんだよ!)
でも最悪、変身して身を守ることも考えた方がいいんじゃないの?
(いやいや、でもなんやかんやで大丈夫なはず。ここは学校だし、そこまで思い切って手荒な真似をするはずが――)
「――死ぬか、協力するか、それとも死ぬか……好きなのを選んで。アンタの自由よ」
誰もいない校舎裏にて、小太郎の胸ぐらを掴んだ緋井原は、目から殺意の波動を放ちつつ言う。
「自由とは」
「アンタは私が魔法少女であることを知ってしまった。ホントなら、今すぐに“処分”しても構わないんだけど……優しいアタシが、アンタに選択権を与えてやってるの。わかる?」
「わかるというか、わかりたくないというか……」
小太郎、諦めようよ。
こうなったら選択肢は一つだね。
(まぁ仕方ないな。面倒だけど、ここはひとまず協力をして――)
すぐさまトゥインクルハートに変身し、完膚なきまでに緋井原を叩きのめして、その隙に記憶を消すしかない!
(ねえよ! そんな選択肢ねえから! バイオレンスにも程があるだろうに!)
渋々、小太郎は緋井原に協力することを伝えるのだった。




