第2話 山田小太郎
彼の名前は山田小太郎。
ごく普通の家に生まれ、ごく普通の成績、ごく普通の運動神経、普通未満の交友関係を持つ、普通未満の男子高校生である。
そんな彼には、誰も知らない秘密があった。
――そう、彼は、魔法少女だったのです。
「頭の中でのご丁寧なナレーションありがとうよ、セルフィ。ところでそれ、誰に言ってるんだ?」
学校の座席でボサッとしてる小太郎は、わざわざ現状説明をしてやってる心優しい僕を労うことなく皮肉を口にした。
ああ、なんて冷たい奴なんだろう。
きっと世界の人々は彼の所業を許さない。
なぜなら彼は――。
「あーもう、さっきからうるさいんだよ。今は授業中。見たらわかるだろ? 邪魔すんなっての」
だって僕、暇なんだもん。
なんもやることないし。
「だったら寝てろよ。人の頭の中でグダグダ喋られたら気が散るだろうに」
気が散らなくても、どうせ授業を聞いたところで成績も下の上くらいじゃない。
「バカにすんなよ? 下の上じゃなくて、中の下くらいはあるぞ?」
……それ、大して変わらないじゃん。
「下層か中層かで学校での立ち位置がかなり変わるんだよ。普通以下のラーメンって言われるか不味いラーメンって言われるかくらい違う。うん、たぶん。きっと」
「おい山田! さっきからうるせぇぞ!」
ほら小太郎。
先生から注意されてやんの。ばーかばーか。
(ぐっ……セルフィ、お前覚えとけよ)
小太郎は「すんません」と一言呟き、隣に視線を送る。
そして隣の席に座る長い黒髪の女子と目が合い、彼は思わず「げっ」とぼやいてしまう。
「……何?」
長身の彼女から放たれる鋭い視線は、小太郎の心をビクリと震わせた。
「な、なんでも……」
情けないことに、小太郎はゆっくりと視線を外し、顔を反対方向へと向ける。
いやホント、情けないよ君は。女子相手に何ビビってんの。
それでも魔法少女?
(今はただの男子高校生だよ。そもそも、相手はあの緋井原雪菜だぞ? ビビるビビらない以前に関われないって)
そう、これが小太郎の悪いところである。
彼には保身に走るあまり、他人との関わりを拒絶してしまうきらいがあった。
こんな有様では世間一般的な社会性など学べるはずもなく、こうして彼は老後も寂しい人生を送ることになり、更に――。
「勝手に人の未来を捏造してナレーションするんじゃねえよ!!」
「よし山田。廊下立っとけ」
「……はい」
哀れ山田小太郎は再び先生に怒られて、無様にも誰もいない廊下に立たされるのであった。
自業自得。ああ自業自得である。
「……お前、いつか絶対泣かす。覚悟してろよ」
◆
昼休みになり、小太郎はようやく解放された。
それにしても見た?
立たされてる小太郎に向けられた、他の生徒の好奇の視線。
「見た見た。恥ずかしいやら屈辱やらで、俺の自尊心はあわや闇落ちだよ」
これを機に、もっと僕を敬うんだね。
なんてったって僕は精霊なんだからさ。
精霊だよ精霊。人間にとって、これ以上ない憧れの存在だよ。
「精霊って言ってもね。姿形がない声だけの存在相手にどう憧れればいいんだよ。ハリウッド俳優の方がよっぽど憧れるっての。早く連れて来いよ、ハリウッド俳優。証明してやるからさ」
「――あ、あの……山田くん」
ふと、小太郎は女子に声をかけられる。
そこにいたのは、栗色の髪の小柄な少女だった。
「ああ、奥園。どうしたの?」
彼女は、小太郎と同じクラスの奥園桜。
背中を丸め、どこか恥ずかしそうに視線を逸らしながら、彼女は小太郎にプリントを差し出した。
「これ、さっきの授業の最後に配られた、今日の宿題のプリント。山田くん、いなかったから……」
「え? おー、ありがとう。助かったよ」
「う、うん。じゃあ……」
そして、奥園桜は去っていった。
小太郎ってさ、女子苦手だよね。
「……いきなりなんだよ?」
いや、そのくせ奥園とはけっこう普通に話すなぁって思って。
「中学からずっと同じクラスだからな。多少なりとも面識あるわけだし、話しやすくはある。でも、まさか高校でも同じクラスになるとは思わなかったけどな。……もっとも、本当に驚いたのは“そっちの方”じゃないけどな」
などと意味深なことをほざく小太郎だが、僕は肝心なことを聞いていないのである。
……で? あの子のこと、好きなの?
「いきなりなんつー爆弾投げ込んでくるんだよ、アホ精霊」
いやだって、それってアレじゃん。
運命的なラブな感じ。ほぼ幼馴染じゃん。
「甘い、甘過ぎるぞ、セルフィ」
小太郎はウザめにため息を吐き出す。
「幼馴染ってのはな、そんなに甘いものじゃねぇんだよ。中学からの知り合いはただの同級生。小学生からの付き合いでもまだ弱い。本当の幼馴染ってのは、家が近くて両親が知り合い同士で、幼稚園からずっと知ってる間柄を言うんだよ」
どんだけ幼馴染に厳しいの。
小太郎に幼馴染なんていないのにさ。
「いないからこそこだわるんだよ。憧れるんだよ。憧れは妥協したくないんだよ」
妥協もクソも、ただの無い物ねだりのクソ妄想でしかないんだけどね。
「言い方ぁ。言い方キツいから、言い方ぁ」
――と、その時である。
パリィィィン――。
彼方で空間が割れる音が聞こえた。
「セルフィ、この音って……」
……間違いない。業魔だよ。
でもこの感じは……うん、そこまで強くない。
たぶんルミナスとオーロラだけで十分倒せるよ。
「そっか。しかし、セルフィの戦力分析ってホント凄いよな。だいたいいつも合ってるし」
フフフ、敵勢力感知と戦力分析はちょいと自信あるんだよね。
精霊の中で僕だけ全然契約者が見つからなかったから、せめて敵くらい見つけようと必死こいて習得した技さ。
「習得の経緯が悲し過ぎるだろ。前が霞んで見えねえよ」
そんなことより、どうする?
とりあえず業魔のところに行ってみる?
「……いや、あの二人で大丈夫だろ。まだ昼飯食べてないし、屋上に行く」
この高校の屋上は、普段閉鎖されている。
だが魔法少女たる彼にとって――否、彼と“彼女達”にとって、扉の鍵などあってないようなものである。
階段を登り、屋上の扉の前に小太郎は立つ。
そして手をかざして唱えた。
「“解錠”」
ガチャン――と。
小太郎は悠然と扉を開けて屋上へと出ると、また鍵をかけた。
頭上に広がる青空からは爽やかな風が吹き込む。そのまま小太郎は梯子を伝って塔屋に登ると寝転がり、そこで持参していたアンパンをかじった。
……そして、階段を駆ける足音に続き、再び鍵が開く音がして、遅れて彼女たちが現れる。
「……桜、誰にも見られてない?」
「うん、大丈夫。行こう、雪菜ちゃん」
緋井原雪菜と奥園桜の表情は険しく、先程まで教室で見せていた姿とはまるで違っていた。
二人は屋上に誰もいないことを確認して、手から光を放つ。
それは鮮やかな赤と青の流線。光は帯となり、彼女達の体を包み込んだ。
「“変身”!」
二人が声を揃えて呟くと、光は花のように広がり、やがて赤と青の魔法少女が姿を現す。
「行きましょう、オーロラ」
「ええ、ルミナス」
ルミナスハートとオーロラハートは、強い眼差しで前を見ながら、東の空へと飛び去っていった。
「……いってらっしゃーい」
そして小太郎は、やる気の欠片もなく呑気に二人を見送っていた。
――山田小太郎は、魔法少女トゥインクルハートである。
その秘密は、誰にも知られてはいけない。
しかし彼と僕は知っている。
魔法少女である、ルミナスハートとオーロラハートの秘密を。
二人が、小太郎と同じクラスの同級生であると。
その秘密を知っていることもまた、誰にも知られてはいけない、秘密なのである。




