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第1話 魔法少女が街を跳ぶ





 魔法少女が街を跳ぶ。

 タン、タン、ターン――。

 ネオン輝く摩天楼を足場に二つの影が夜を駆け巡り、月と星を背負いし二人の魔法少女は、勢いよく空中へ跳び上がった。

 赤い髪に赤いドレスの魔法少女が、内なる精霊に尋ねる。

 

「イルマ! “業魔”の反応はこの先!?」

 

 ――うん! この先に大型の業魔がいる!――


 青い髪に青いドレスの魔法少女は、顔をしかめてギリリと歯を食いしばる。


「この先って……思いっきり街中じゃないの!」


 ――だから急がないと! 時空間凍結を!――


 魔法少女が街を跳ぶ。

 赤の魔法少女――ルミナスハート。

 青の魔法少女――オーロラハート。

 二人が一際高いビルを飛び越えたところで、その怪異は姿を現した。

 身の丈数十メートルはあろうかという、巨大な青い鬼だった。一つ目に、二本の角。手にはビル程の大きさのこん棒。

 青鬼は、今まさに建物を壊そうと巨大なこん棒を振りかぶる。


「ヤッバ……! いくわよ! ルミナス!」


「ええ! オーロラ!」


 二人は同時に両手を翳し、魔力を込める。


「“時空間凍結”ッ!!」


 詠唱と共に二人の手は光の魔法陣を形成する。

 赤い魔法陣と青い魔法陣である。そして青鬼の足下には赤と青の巨大な紋様が出現し、稲光と共に巨大な光のドームを生み出した。

 刹那、青鬼の一撃がビルを襲う。

 ドゴォーン――ッ!

 凄まじい破壊音に続きビルは崩れ、瓦礫が地上へ降り注いだ。

 しかし妙なことに、ビルに人の姿はない。

 それどころか、道路や店の中、ドーム内のあらゆるところから、人や動物といった生命体はいなくなっていた。

 二人は道路に着地すると、肩の力を僅かに抜く。


「……ふう、何とか間に合ったねオーロラ」


「ええ。これでしばらくは安全ね」


 そんな二人を、精霊イルマが嗜める。


 ――安心するのはまだだよ! ここからが本番だから気を抜かないで!――


「うん、そうだね!」


 二人は手に魔力を込める。魔力は光に変わり、光は形を成していく。

 やがてそれぞれの手には、武器が現れた。

 ルミナスハートは弓。赤く大きな弓であるが、ハートの装飾が施されたファンシーな弓である。

 オーロラハートは剣。青く巨大な剣で、その刀身は透き通る程に美しく、しかし猛々しさもあった。

 二人が武器を出現させると、青鬼は二人の存在に気付き、唸り声を出しながらゆっくりと振り返ってきた。

 

「ルミナス! 援護を!」


 オーロラハートは剣を構えて駆け出す。その動きに重さは一切なく、風のように素早い。

 それと同時に、ルミナスハートは宙へと飛んだ。


「任せて!」


 ルミナスが弦を引くと、赤い光の矢が出現する。


「当たって! ルミナスアローッ!!」


 赤い飛矢が放たれる。その矢は雷の如く飛翔し、巨躯の青鬼は躱すことは出来ない。

 矢が鬼の右足に当たると、爆発を巻き起こした。


「グガアアア!!」


 青鬼の巨大な体は傾く。その隙をオーロラハートは見逃さない。

 青鬼の前に飛び上がった彼女は、その青い大剣を振り構えた。

 

「断ち切れ! オーロラソードッ!!」


 巨大な一閃が闇夜を切り裂き、大樹のような青鬼の胴体に大きな傷を入れる。

 

「ガァァァ!!」


 青鬼が野太い悲鳴と共に、巨体はビルに倒れ込む。破片と土埃が舞い、辺り一面の景色を灰色に染めた。

 魔法少女達は集まり、武器を構える。


「やったの!?」


「わからない……でも、感触はあったわ」


 二人と一匹が土埃を注視していると、突如煙の中から何かが飛び出した。

 それは崩れたビルの壁。弾丸のようなコンクリートは二人を襲う。


「危ない!」


 二人は同時に上に跳び何とか躱す。しかしその直後、今度は青鬼が煙を割って姿を見せた。


「しまっ――!!」

 

 ドグッ――!

 二人が体勢を整える前に、こん棒は振り抜かれる。鈍い音と共に、二人はピンボールのように弾き飛ばされ、建物の壁へ叩きつけられた。

 

「キャアッ!」

「ガハッ!」


 壁はヒビ割れ、へこみ、二人は力なく下へとずれ落ちる。


 ――二人とも! 大丈夫!?――


 焦燥に駆られるイルマの声。

 しかし二人の意識はまだ残っていた。

 震える手で体を支え、ふらつく足で何とか立ち上がる。


「な、なんて力なの……」


 その凄まじい膂力に、オーロラは顔を歪めた。

 その時、ルミナスが気付く。


「見て! 業魔の胸の傷が……!」


 目の前に仁王立ちする青鬼。

 その胸についた巨大な傷は、みるみる塞がり始め、やがて傷一つない元の状態へと戻った。

 そして青鬼は、頬を吊り上げた。


「あいつ、笑ってるね」


「は、ははは……こっちは、泣きたいくらいなんだけどね」


 ――呑気に喋ってないで逃げて! 早く!――


 イルマは必死に声を出すが、二人は動かない。いや、動けなかった。

 青鬼の一撃をまともに受けた体では、立ち上がるのが精一杯なのであった。

 そんな二人を嘲笑い、青鬼は、挑発するようにゆっくりとこん棒を振り上げる。

 やられる――。

 二人が同時に思った、その瞬間である。

 ズドドドド……ッ!!

 青鬼に頭上からマシンガンが降り注いだ。

 

「グガアアア!?」


 青鬼からは青い血飛沫が噴き出し、その体はぐらついた。


「な、なに!? 何が起きたの!?」


 そしてルミナスが気付く。


「オーロラ! 業魔の足下を見て!」


 道路を埋め尽くすのは、銀色の光を反射する無数の釘。


「釘? ――まさか!」


 その刹那、頭上から声が響く。


「ずいぶんと苦戦しているようね! ルミナス! オーロラ!」


 そこは建物の屋上。

 輝く満月を背負い立つ、人影が一つ。

 黄金の長髪、黄金のドレスの美少女。夜風に胸と腰のリボンを靡かせ、凛として立ち、巨大な化物を悠然と見下ろす彼女の右手には、まるで似つかわしくない大きめな“釘バット”――。


「あなたは、トゥインクルハート!!」


 名前を呼ばれた魔法少女――トゥインクルハートは、ニヤリと笑う。


「キラッキラ、してきたァ!!」


 彼女は屋上から飛び降りる。

 そのまま釘バットを両手で構えると、青鬼めがけて滑空した。

 狙いは、その一つ目――。


「トゥインクルッ! 釘ィ! バッットォッ!!」


 勢いを乗せたバットが、青鬼の顔面を捉える。

 グチャリ――ッ!!

 肉が潰れる音とともに青鬼の顔面は大きく歪み、巨体は地面へと叩きつけられた。

 大地は割れ、青の血と肉片が飛び散り、肉塊にされた青鬼は力なく地に伏せ、動かなくなった。

 もはや勝敗が決したことなど、誰の目から見ても明らかであった。

 そして青鬼の体は、指先から徐々に光の礫に変わり、やがて全身から溢れ出した光は、その姿を光の群れへと変え、空へと昇り、夜闇に美しい光の橋をかける。

 トゥインクルハートは着地し、地上に現れた銀河を見上げた。


「……さて、と」


 瞬く星の光をバックに、彼女は釘バットを肩に担いでルミナスとオーロラの方を振り返った。

 トゥインクルは、美しい少女だった。

 しかし雄々しい笑顔は、どこか違和感もある。


「じゃあ俺……じゃなかった、私、帰るから」


「ま、待って!」


 ルミナスが制止しようと手を伸ばすが、トゥインクルは跳躍する。

 黄金たる彼女の姿は、瞬く間に銀河の彼方へと消え去ってしまった。

 残された二人は、呆然と彼女を見る。


「……また、助けられちゃったね」


 ルミナスは、僅かに微笑んでいた。


「ええ。……でもホント、何者なのよ」


 ――トゥインクルハートからは、凄まじい魔力を感じたよ。単身で魔法少女に変身できるくらいだから当然だろうけど……――


「少なくとも敵ではない――今のところ、わかってるのはそれだけね」


 オーロラはトゥインクルが飛び去った空を鋭い目で見つめる。


「……また会えるといいな、トゥインクルハート」


 オーロラとは対照的に、ルミナスは微笑み、敬愛を込めて呟くのだった。


 ルミナスハートとオーロラハート。

 二人の魔法少女は、まだ知らない。

 彼女が何者なのか。どこから来たのか。なぜ助けた後に姿を消すのか。

 魔法少女トゥインクルハートの秘密は、霧の彼方に霞んでいるのだから。

 

 


 ◆




 市街地から遠く離れた雑木林に、トゥインクルハートは隠れていた。


「……セルフィ。近くには誰もいないよな? ちゃんと調べてくれたよな?」


 ――あーもう大丈夫だよ。まったく、毎回毎回めんどくさいんだけど――


「仕方ないだろ! ……よし、変身、解くぞ」


 彼女のドレスは光に包まれる。

 そして魔法少女は元の体に戻るのだが……何やら様子がおかしい。

 スレンダーな少女の体は、肩幅が広くなり、骨格が変わる。身長もやや伸び、髪は短い黒髪となり、その首には喉仏が。

 そして光が収まった頃、高校の制服姿の彼女――いや、“彼”は、ようやく木陰から姿を見せた。


「……ふー。毎度のことながら、男に戻るのってすんごいくすぐったくて堪らんな」


 ――だったら最初から男の姿で戦えばいいじゃん。せっかくめちゃくちゃ凄い魔力持ってるのに、そのリソースのほとんどを性転換に使っちゃうなんてもったいない――


「仕方ないだろうに! っていうか、なんで変身後の衣装がフリフリドレス限定なんだよ! それがまずおかしいだろ!」


 ――だって男で魔力持ってるのは本来あり得ないんだからさ。想定外もいいところなんだよ――


「想定外でも何でも、もしもこんなフリフリドレス着てるのを誰かに見られたら……あー無理だ。一生立ち直れん。……はぁ、どうしてこんなことに」


 ……といった具合に、脳内の精霊と言い合いをする彼の名は、山田小太郎。青春真っ盛りの男子高校生である。

 彼こそ、魔法少女トゥインクルハートの正体。

 彼が魔法少女だとバレれば、布団での悶絶必至。

 絶対にバレてはいけない魔法少女の苦悩は、まだ、始まったばかりである。







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