第30話 たわけ千万
魔法少女機関本部付き特別執務室――つまりは、小太郎の家。
「たわけ。たわけ千万じゃ」
改めて“氷柱なる魔女”の詳細を聞いたルクレティアは、そう言い切った。
「は、ははは……」
小太郎は相変わらず苦笑いで誤魔化していた。
「笑うておる場合ではないぞ。トゥインクルハートの報告を聞く限り、まさに奇跡じゃよ。信じられぬ数の偶然による、神の悪戯じゃよ、それは」
「ええと……奥園が助かったことですか? それとも、アリスや冴子さんたちが助かったこと?」
「全部じゃ。奥園桜が魔女堕ちしなかったことも、アリスや冴子らが助かったことも、そしてこの世界が破壊されなかったことも、全てじゃ」
「こ、この世界って……」
ルクレティアはため息を吐き出した。
「魔女の庭というものは、確かにこの世界とは異なった次元に存在するもの。じゃが、繋がっておることは間違いない。業魔が現れておるのが、その証拠じゃて」
「な、なるほど……」
「なるほどではないわ。魔女の庭を吹き飛ばすほどの魔力じゃぞ? それがこちら側に溢れてみよ。世界の楔は破壊され、いったいどれほどの損害が出たことか……考えたくもないわい」
そしてルクレティアは、ソファーに体を預けて目頭を指で押さえた。
「……結果だけを見れば万々歳。じゃが、その詳細を聞く限り、断じてそれは“成功”とは呼べぬ。奇跡は一度限り故に、奇跡と呼ばれる。二度目はないと思え。その賭けは、あまりに危険極まりない」
「……はい。トゥインクルハートさんには、俺からきつく言っておきます……」
小太郎、その茶番、もうやめたら?
もう絶対確信されてるから。決定的だから。
だってどう見ても小太郎が怒られてるもん。確信しちゃってるもん、盟主さん。
(細かいことはいいんだよ! 本音と建前の使い分けは必要なんだよ!)
「小太郎、一つ、約束せい」
ルクレティアは切り出した。
「今回の魔女の顛末……それは、決して口外するでない。いいか? 決して、じゃ。魔力暴走を抑え込み、あまつさえ魔女堕ちを防いだとなれば……世界の常識そのものが、揺らいでしまう。それを聞いた魔法少女は、トゥインクルハートさえおれば魔女堕ちはしないと誤認し、嬉々として深淵に沈んでいくじゃろう。そうなれば、魔法少女機関は崩壊する。間違いなく、な」
「はい……」
「今回、奥園桜を救えたのは僥倖が過ぎた。魔力が暴走を始めて間もなかったことに加え、奥園桜自身が満身創痍で、魔力を使い果たしておったことも幸いしたのじゃろう。仮に万全の状態で暴走しておれば、いかにトゥインクルハートとて、抑え込めたかどうか……。そして何より、奥園桜自身が気を失っておったのは不幸中の幸いじゃったな。このような顛末、知る者は少ないに越したことはない」
「そうですね。ホント、気絶してて良かったです」
ホントにね。
なんてったって、小太郎、真っ金々のド派手女装モードになったわけだし、意識があったら完全に見られてたしね。
(いやホント、マジで真剣に記憶消去魔法使うか迷ってたレベルだしな)
「ちなみにルクレティアさん、奥園や緋井原たちはどうしてます?」
「皆一様に命に別状はなかったが、見事に全員病院送りじゃて。特に奥園桜と緋井原雪菜は全身ズタボロじゃったからな。……もっとも、怪魔と単身戦い死なずに勝利したと考えれば、それもまた、奇跡の一つであろうがの」
◆
「――……桜、生きてる?」
「う、うん……なんとか。雪菜ちゃんは?」
「アタシは……たぶん、死んでる。体中が痛くて、スマホすら見られないレベル」
「うん、全く動けないね……」
奥園桜と緋井原雪菜は、機関直営の病院にて仲良く横並びのベッドで入院していた。
その体に、これでもかと言わんばかりの包帯を巻かれて。
「結局ほとんど相打ちに近かったのかもね。医者からは、その状態で生きてるのが信じられないとまで言われたし」
「私も、似たような感じ。特に魔力の制御に影響が出てるらしくて、魔法少女になるのは厳禁って言われちゃった」
「え!? それって――痛ッ」
思わず体を向けようとして、緋井原は痛みに顔を歪ませた。
「だ、大丈夫?」
「ア、アタシは大丈夫だけど……それってもう、魔法少女にはなれないってこと?」
「そうじゃなくて、今は魔力が不安定になってるから、それが落ち着くまでってことだよ。しばらく休めば、また魔法少女として活動できるんだって」
「そっか……うん、よかった」
緋井原は、全身から力を抜いた。
「……結局、トゥインクルハートが美味しいところを持っていっちゃったのよね。なんだか悔しいな、それ」
「うん。でも、私たちは私たちにできることをやったから……誰が魔女を倒したかは、別にいいんだと思うよ。それがきっと、魔法少女なんだよ」
「魔法少女、か……。桜は、強いね」
「ううん、全然。……私だって、もうダメだって思ったから。でも、その時に――」
奥園の脳裏に、とある光景が思い浮かぶ。
茜色に染まる世界の中、ドレス姿のまま、力強く抱き締めてくれた“彼”の言葉を。
――お前は、魔法少女だろうが!――
その光景に、奥園はクスリと微笑んだ。
「その時に……どうしたの?」
「……ううん、なんでもないよ」
「ふーん。それより、小太郎よ。あいつ、今回もどうせ呑気に家で寝てたんでしょうね。ホント、人の気も知らないで」
「ふふふ、そうだね。山田くんは、山田くんだね。昔から、ずっと変わってない……」
奥園桜は窓の外を見る。
青い空に雲は浮かび、東へと流れていく。小鳥の囀り、車の走行音。あらゆる日常は、日常のまま過ぎていた。
「……早く会いたいな、山田くん」
「うん? 何か言った?」
「う、ううん……別に……」
頬を桃色に染めながら、奥園は小さく呟く。
それがなんだか恥ずかしくなり、彼女は思わず、布団の中に潜り込むのだった。




