第29話 茜に消える
オオオオ……!!
ルミナスハートの魔力は、衰えるどころか、更にその勢力を増していた。
「ルミナスハートを――奥園を殺すしかないって、どういうことだよ!」
仕方ないんだよ。
ここまで魔力が暴走しちゃったのなら、もうルミナス本人じゃ止められない。このまま魔力は彼女の体も心も、魂すらも呑み込んで魔女になってしまうんだよ。
そうなったら終わりだ。
彼女は望まぬまま魔女として生まれ堕ちて、業魔を生み出し、世界を壊し出す。
だから今……今しかないんだ。完全な魔女になる前の今、ルミナスを殺すしかないんだよ。
それしか、奥園桜を救えない。
「そ、そんな……! でも……!」
躊躇するのはわかる。
殺したくないのもわかる。
救い出したいのもわかる。
でも、それはできないんだよ。できないんだ。
魔力はルミナスの内側から絶えず溢れ出してる。外にいる僕らには、何もできないんだよ、小太郎。
「…………ッ!!」
小太郎、ツラいのはわかるけど、時間がない。どのみち、魔女は殺さないと救えない。
憎しみじゃない。恨みでもない。怒りでもない。
救うために、殺すしかないんだ。
……わかって、小太郎。
「……それしか、救えない。魔女になった魔法少女は、殺すことでしか救えない」
そうだよ。
全てを救うなんて御伽噺、そんなの、やっぱり御伽噺なんだよ、小太郎。
「そうか。そうだよな。――だったらダメ元で、やるしかないってことだよなァ!!」
トゥインクルハートは、魔力を一気に解放した。
ちょっと小太郎!
何をする気なの!?
「どうせ魔女になったらやるしかないんだろ!? それなら最後に、悪足掻きくらいしてやるよ! 全部諦めるのは、その後だッ!!」
トゥインクルハートの魔力の質が変わる。
ただでさえ黄金で煌びやかだった魔力は、更に色を濃くし、あらゆる色を奪い去る。
――そしてトゥインクルハートの体は、変化を始めた。
スレンダーな少女の体は、肩幅が広くなり、骨格が変わる。身長もやや伸び、髪は短い黒髪となり、その首には喉仏が――。
小太郎、まさか……!?
女体化の魔力を、全部戻したの!?
「俺は最後まで諦めない! 諦めないからな! セルフィ! 奥園!」
トゥインクルハートの女体化は解かれ、魔法少女姿の山田小太郎が現れる。凄まじい魔力が彼を包み込み、そこにいるだけで、世界は震え悲鳴を上げていた。
そして彼はそのまま、ルミナスハートを――奥園桜を、強く抱き締めた。
「奥園! 聞こえるか、奥園! 俺が何とかしてやる! 絶対に諦めないからな!」
「…………」
ルミナスハートは何も答えない。動かない。
暴れる魔力は鋭さを増し、滾る度に、小太郎の腕を、胴体を、頬を、切り裂いていた。
しかし小太郎は叫び続ける。
「戻ってこい奥園! 魔力なんかに負けるんじゃねえ! ――お前は、魔法少女だろうがッ!!」
黄金が赤色を塗り潰していく。
二つの魔力が溶け、混ざり、水晶の城は茜色に満たされ、染め上がり、崩れ始めた。
その強大すぎる魔力に耐えきれず、やがて魔女の庭は、茜色の彼方に消えるのだった。
◆
小太郎は魔法少女を解いて、瓦礫の上に正座していた。
「あ、あの……セルフィ、さん?」
うるさい。キミは黙ってて。
今日という今日は、呆れ果てたよ。もうすんごく呆れ果ててるよ、僕は。
「……はい」
キミは何をしたのかわかってる?
ルミナスハートから溢れ出る魔力を、キミのバカ魔力で無理やり押し込んで相殺したんだよ?
「うん、まあ、でもさ――」
でもじゃない!
まずは黙って話を聞け!
「……はい」
いいかい?
キミがやったことは、単なる魔力の封殺じゃないんだ。
魔力は魂の奥底から出る力。そこにキミは、常識から外れまくったあり得ない量の魔力を無理やり注ぎ込んで、魔力を食い潰したってことだ。
それはつまり、下手をすれば、奥園桜の魂も肉体も、彼女の全てがキミの魔力に食い潰され、消滅する可能性があったってことなんだよ。
……ううん、可能性の話で言えば、むしろそっちの方が断然圧倒的に大きかったんだ。
――普通は助かるはずがないくらいの、完全な奇跡なんだからね、“これ”。
「そ、そうなんだ。でも……」
小太郎は、隣を見る。
そこには、魔法少女が解け、静かに眠る奥園桜の姿があった。
「……助かったんだし、いいんじゃねえの?」
それは結果論だって、今言ったでしょ!?
僕の話を聞いてた!?
だいたいあのヤバすぎる魔力で、魔女の庭すら消し飛ばしたじゃん!
アリスは!? 冴子は!? 他の調査団の人たちは!? みんな見事に安否不明だよ! 綺麗さっぱり消し飛んだからね!
それはどうすんのさ! ねえ!
「は、はい……すみませんでした……」
謝って済む話じゃないよ、ホントに。
するとここで、遠くの空からルクレティアが飛んできた。
「小太郎! 無事じゃったか!」
彼女は小太郎の傍に着陸すると、奥園を見た。
「……ふむ、気を失ってはいるが、命に別状はなさそうじゃの。向こう側で、緋井原雪菜とアリス・シュテルン、冴子たちも見つけたわぃ。意識を失っておるが、皆無事じゃよ」
「そ、そっか……よかった……」
小太郎は、その場にへたり込んだ。
そんな彼を見て、ルクレティアは首を傾げる。
「……して、魔女はどうなったんじゃ? 倒したのかぇ?」
「ええと、実は――」
そして小太郎は真相を話し始めた。
言うまでもなく、“さっきトゥインクルハートから聞いた”という体で。
「魔女を単独で倒しただけにとどまらず、ルミナスハートの魔力暴走を無理やり止めた……じゃと?」
ルクレティアは目を見開き、口をあんぐりと開け、その後の言葉を全て引っ込ませていた。
「いやその、たまたま上手くいったというか、奇跡的な成果というか……って話らしいです。はい」
「あ、当たり前じゃ! そのような話……とても公表など出来ぬわ! このたわけめ!」
ド派手に怒られる小太郎。
もう隠す気がないじゃん、盟主さん。
「い、いかん……儂も目眩がしてきたわぃ。詳しい報告は後からしてもらう。まずは、奥園桜たちを運ばねばな」
「う、うっす。お供しますです、はい」
そしてルクレティアは奥園の体を魔力で浮かせ、運び出す。
「小太郎、儂は先に行く。もしもトゥインクルハートを見かけたら、結界を解除しても構わぬと伝えるんじゃぞ」
「あー、はいはい」
そしてルクレティアが遠くになったところで、小太郎が密かに指先に魔力を灯し、くるくると光の陣を描く。
封印されていた空間にヒビが入り、割れ、ガラス片は魔力の光となり街に振り注ぐ。
その光は街を蘇らせ、人々は戻って来た。
変わらない景色、変わらない喧騒。
小太郎はふと立ち止まり、振り返った。
「……じゃあな、名前も知らない魔法少女」
その言葉は街の喧騒にかき消され、誰の耳に届くことはなかったのだった。




