第27話 氷柱なる魔女
「待っていた? 俺を?」
〈私は、それしか望んでいない。“無礼な客人共”であれば……案ずるな。別の部屋にいる〉
「…………」
小太郎、あまり気にしたらダメだよ。
そうやってこっちの動揺を誘ってるかもしれないんだし。
(そうだな……。ただ、聞くだけ聞いてみる)
そして小太郎は、前置きを捨てた。
「お前、何が目的だ? こんだけ大掛かりなことをしたのに、俺と話すことが目的だって?」
〈如何にも。お前の周りには魔法少女が多過ぎる。その数人を攫えばお前が出てくると踏み、ここへ“招待”した。しかしお前をここへ呼ぶ時、いらぬ魔法少女までいたのは誤算だった。故に、分断した〉
「いや、俺も魔法少女なんだけど」
〈お前が? 魔法少女? ――クハハハ!〉
魔女は、高らかに笑う。
〈戯言を。お前は“魔法少女”ではない。お前のような魔法少女など、いるはずもない〉
「いや……いるだろ。ここに」
〈違う。お前は“魔法少女のフリ”をしているに過ぎない。お前の魂のあり方は、“私たち”とよく似ている、トゥインクルハートよ〉
「……話が見えないな。何が言いたいんだよ」
〈決まっている。――私と来い、トゥインクルハート。お前がいるべきは、“こちら側”だ〉
「そっち側って……魔女にも、仲間内みたいなものがあるのか?」
わからない。
そもそも魔法少女機関でさえ、魔女についてあんまりわかってないんだよ。
〈私たちは、全てが自由だ。何を成そうが、咎められることはない。付き纏われない。その自由が、魔女の本懐。あらゆる呪縛から解放されし私たちこそが、真なる自由が許されるのだ〉
「自由、ね……」
小太郎は、静かに笑っていた。
「それが本当なら、けっこう魅力的かもな。同級生にパシられそうになったり、秘密抱えてあたふたしたり、授業の邪魔されたり、給料に嘆くこともなさそうだ」
魔女は、静かに右手を差し出した。
〈そうだ、トゥインクルハート。だからお前は、私と共に――〉
「でも、すげえアホらしい。お前が“あらゆる呪縛から解放された”って言うのは、ちょっとばかり、皮肉が過ぎるんじゃねえの?」
〈……なに?〉
魔女の手は止まる。
「お前、元々魔法少女だったんだろ? それが魔力に呑み込まれ、魔女になった。魔力に呪われ、縛り付けられてるお前が自由を語るなんて……そんなの、最高に皮肉じゃねえか」
〈…………〉
小太郎は――トゥインクルハートは、虚空より釘バットを取り出す。
少し大ぶりで、無数の釘という楔が打ち込まれた、彼女の真髄を。
「俺が魔法少女かどうかなんて、そんなの、わからないさ。本当に違うのかもしれない。本当はお前たちと似ているかもしれない。――それでも俺は、敢えて言わせてもらう。ルミナスハートとオーロラハートが、俺が何なのかを教えてくれたから……だから、断言させてもらう」
そしてトゥインクルハートは、釘バットの先端をドミノマスクに突きつけた。
「俺は、魔法少女だ。業魔や怪魔、魔女を倒す、魔法少女トゥインクルハートだ。お前たちは一人残らず、俺が――俺たちが、必ず叩き潰す」
魔女は手を引き、少しだけ、トゥインクルハートを見つめた。
〈……交渉決裂か。実に残念だ。残念、極まりない――トゥインクルハート〉
リィーーン――。
魔女の鈴が鳴ると、トゥインクルハートの足元の氷は隆起した。
「いきなりかよ――!」
トゥインクルは素早く跳び上がると、元いた位置には鋭い氷柱が幾つも突き上がる。
しかしトゥインクルが跳んだのは、魔女の方。彼女は着地と同時に、釘バットを縦に振り抜く。
ブオォン――!
バットは空振るが、攻撃の手は緩めない。二度三度、四度五度、十、二十――釘バットの猛攻が魔女を追う。
しかしその一つとて掠りもしない。
風に舞う羽毛のように、ひらひらと、ひらひらと、魔女は避け続けていた。
リィーーン――。
鈴と共に、またも地面から氷柱が伸びてトゥインクルハートを狙う。
「そう何度も――!」
トゥインクルは釘バットを叩きつけ、氷柱を粉砕した。氷は粉々となり、きらきらとした光を反射させる。
リィーーン――。
合図と共に、粉砕した氷の礫はトゥインクルへと放たれた。
「い゛っ――!?」
ズドドドド……!!
その一粒一粒は鉄球のように重く、トゥインクルの体を無情に捉え、トゥインクルは壁へと吹き飛んだ。
リィーーン――。
鈴は鳴り止まない。パラパラと細かな氷片が舞う中、壁にめり込んだトゥインクルに向け、またも複数の氷柱がドリルのように襲いかかる。
ガガガガ……!!
氷とは思えぬ掘削音が部屋に響き、冷気は煙となって壁を覆う。
氷柱が崩れ落ちると、同時に、トゥインクルハートも力なく床へと落ち倒れた。
その衣装は傷み、破れ、頭部からは血が滴る。
〈…………〉
魔女は、トゥインクルハートを見ていた。
そして彼女の指が、ピクリと動く。
――刹那、鈴は動いた。
ズガガガガ……!!
床や壁からまたも氷柱が放たれ、地に伏せる魔法少女を執拗に狙う。
声すらかき消す猛攻は止まることなく繰り返された。血を撒き、体の一部と思われる肉片が四方に飛び散った。
氷柱が消えると、そこには、元が何だったのかわからぬ程のものが転がっていた。
〈……終局。お前とは言え、こうまでなれば――〉
「――うしろの正面、だぁれ」
魔女の背中を声が摩った。
〈――――ッ〉
魔女が焦り振り返ると、その目の前には、釘バットの先端。そして、不敵に笑う、トゥインクルハートの笑み――。
「トゥインクル、釘シャワー」
ズドドドド……!
今度は釘の雨が魔女を襲う。それは間違いなく魔女の体を捉え、壁へと打ちつける。
そして魔女は体から青い血を流し、トゥインクルハートを見た。
〈バカな……お前は、今あそこに――〉
「あー、あれ? あれは偽物」
トゥインクルハートがパチンと指を鳴らすと、無残な死体は光に消える。
虚像生成――完全なる個体による擬態。
トゥインクルには、これがある。
〈きょ、虚像? しかし、あれは間違いなく魔力があった〉
「そりゃね。魔力を帯びさせた擬態だからな。しかしお前も容赦ねえな。偽トゥインクルハートとは言え、ああまでズタズタにされると気分が悪い」
〈もう一人のお前を――生成したというのか? それは、神に反するに等しい行為だ〉
「魔女が神にすがってんじゃねえよ。ただ、お前、間違いなく強いよ。今まで見てきた業魔や怪魔の中で、ダントツで強い。ステラハートが何もできなかったのがわかる。……ってことでセルフィ。いっちょやるぞ」
やる?
やるって何を?
「アリスが前に見せたやつだよ。あいつに出来るなら、俺にもできるだろ」
そしてトゥインクルハートは魔力を釘バットに込める。バットの全体が黄金に輝くと、その光は徐々に分裂し始めた。
「――トゥインクル、“ダブル”、釘バット」
トゥインクルが両手を広げた。
その手には、二本の釘バット。
「……ありゃ? まだ増やせそうだな、これ」
トゥインクルは魔力を止めず、流し続ける。
すると彼女の背後に、次々と釘バットが生まれ、浮かび始めた。
一本や二本ではない。
数多の釘バットは後光のように広がり、彼の背後を埋め尽くしていた。
〈……な、なんだ、それは〉
魔女は、呟くことが精いっぱいであった。
「これ? これは……ええと、トゥインクル、メニーメニー、釘バット?」
疑問形で言わないでよ。
あと名前が絶望的にダサい。
「うるせえ! 今思いついたんだから、名前なんて考えてなかったんだよ!」
でもさすがにそれじゃ締まらないし、名前何とかしようよ。
ええと、トゥインクル“曼荼羅”釘バットとかさ。
「無駄にゴツい気もするけど……じゃあそれで。トゥインクル“曼荼羅”釘バット」
トゥインクルハートは、改めて魔女を見た。
「さて魔女さん。時間もあれだし、そろそろ決着と行こうか。――キラッキラ、してきたァ!」
〈――――ッ〉
“氷柱なる魔女”の隠された表情に、初めて“動揺”が垣間見えた。
トゥインクルハートの無邪気な魔力は、冷たく張り詰めた氷に、明確なヒビを入れたのだった。




