第26話 閃光と牙
ルミナスハートは赤い魔力を纏う。
炎のように揺らめき、絡みつき、彼女が持つ弓さえも飲み込もうとするかの如く。
〈これは……魔力暴走? いや、それにしては随分と穏やか……〉
球体の怪魔は、その様子を観察する。
〈……なるほど、擬似暴走か。なんと愚かな。魔力を余すどころか自ら溢れさせるなど、正気とは思えぬぞ〉
「…………」
ルミナスハートは語らず、静かに、弓を構えた。
〈ほう、その状態でまだやろうと言うのか。どうやら、深く潜り過ぎているようだな。才と呼べは聞こえはいいが、魅入られたとも言える。捨て置けば自滅しそうなものだが……せめてもの慈悲だ〉
怪魔は、周囲に光玉を浮かび上がらせる。これまでよりも多く、背景を隠すほどに。
その光は蠢き、歪に形を変えていた。
〈せめて魔法少女のまま、消し去ってくれよう!〉
光が一斉に放たれた。
その一つ一つが凄まじい熱量を持ち、確かにルミナスハートを狙う。
「――ルミナス、アロー」
ぼそりと、声が響いた直後である。
赤い閃光が空間を貫いた。
キィィィーーン――。
甲高い音は遅れて響き、怪魔から放たれた光はルミナスの体に触れることなく、彼女の背後の壁を焼き焦がす。
〈――……バ、バカ、な……〉
怪魔は、その体にヒビが入り、ガラスのように砕けながら床に落ちていた。
怪魔の一つ目に、風穴を開けて。
〈一撃、か。ふ、ふふふ……まあ、これもまた……悪くはない……――〉
そして怪魔は、光の礫となり消えていった。
「……ま、待ってて、トゥインクル」
ルミナスは暴れる魔力を必死に抑えつつ、部屋の出口へと足を進める。
「今……今、行くから……ね……――」
しかし深淵解放の負担には耐えきれず、そのまま意識が遠退き、床に倒れ込む。
彼女から溢れ出る赤い魔力は、ゆらりと、静かに影を動かしていた。
◆
「――ハァァァッ!!」
オーロラハートの連撃が怪魔を襲う。
〈くっ! こ、この……!〉
オーロラからの圧倒的な速度と手数に、怪魔は触手剣で必死に防ぐことしかできずにいた。
そして怪魔はたまらず、一旦大きく後ろに跳んで距離を取った。
〈貴様……何をした? その魔力の揺らめき、先程とは打って変わっている〉
怪魔が見つめる先、オーロラハート。
彼女の美しかった大剣は姿を変え、彼女の手には、二本の青い短剣が握られていた。
しかしそれは骨を切り出したように無骨で、美しさなど微塵もない。
オーロラハートは二本の剣を、改めて構える。
「オーロラブレード――“双牙”」
〈双牙? ……なるほど、大剣の威力を捨て、手数と速度を高めたということか。だがそれでも、私には届かぬ!〉
怪魔の背から、更に二本の触手が生える。
そして怪魔の剣は六本となった。否、それはもはや剣ではない。意思を持つ、俊敏な鞭である。
〈速度と手数を増やしたはいいが、その分威力と切れ味は極端に落ちた! それで私に勝とうなど……笑止!〉
怪魔は跳び上がり、触手を一斉に構える。
〈その魂ごと、細切りにしてくれる!〉
その声に続き、剣触手はオーロラハートへ飛び掛かる。
しかしオーロラハートは避けることなく、二本の短剣を背後に引き、脇構えを取った。
「オーロラブレード――“鋭牙”」
刹那、オーロラハートは剣を横一閃に振り抜く。
空間を斬り裂き、怪魔の触手は一刀のうちに全て断ち切られる。しかしそれだけでは済まない。その斬撃は虚空を走り、その先にあった怪魔の脚までも断裂していた。
〈な、なにッ――!?〉
バランスを崩した怪魔は床に倒れる。
その目が捉えたのは、先程とは形状が違うオーロラブレード。
細く長いそれは、剣ではなく刀。
対象を斬り裂くことに特化した、一刀必断の骨の刀であった。
〈形状を変えただと? まさか、二つの刃を駆使するというのか?〉
「……まさか、違うわよ」
オーロラハートは小さく答える。
そして倒れる怪魔に近付き、剣を上段に構えた。
――そして剣は、再び形を変える。
より太く、より巨大に、彼女の体を上回る程の、巨大な一つの牙であった。
「オーロラブレード、“大牙”。……“二つの刃”じゃない。“三つ”よ。残念だったわね」
怪魔は、諦めたように顔から力を抜く。
〈……ああ、全くだ。結局私は、貴様を侮り過ぎていたようだな。――無念だ〉
そして振り下ろされた巨大な剣は、一撃で怪魔の命を断ち切ったのである。
怪魔が光となり消える中、オーロラはその場に膝を付いた。
「ぐ、ぐぅぅ! 収まって、アタシの魔力……!」
オーロラは胸を強く掴み、顔を歪ませ、額に汗を滲ませながら、必死に魔力を抑え込む。
やがて魔力は凪となり、オーロラの体の内側へと戻り始めた。
「ハァ……ハァ……! これ、キッツ……」
辛うじて保っていた意識が揺らぎ始める。
平衡感覚が消え、立つことができずにいた。
「これじゃ、ステラハートに……また、バカにされるわね……」
全てを使い果たしたオーロラハートは、その場に倒れた。
消えゆく意識の中、色々な音が小さくなる。
(……あーダメ。これ、飛ぶわね。ごめん、トゥインクルハート。あとは、任せたわよ……――)
そしてオーロラハートは、変身すらも解け、気を失うのだった。
◆
トゥインクルハートは、城の最奥にいた。
――小太郎、ここだよ。この扉の向こうから、魔女の気配を感じる――
「ここか……クソ、思ったより時間かかったな」
――仕方ないよ。道すがら怪魔を倒しながら来たからね。でも怪魔の反応は全部消えたから、もう大丈夫だと思うよ――
「ってことは、あの二人も怪魔を倒したんだな」
密かに、胸に刺さっていた棘が外れる。
――うん、あの二人の力からすれば大金星だよ。本当に凄いよ――
「――なら、今度は俺の番だな」
トゥインクルハートは扉を開け、部屋の全貌が広がった。
そこは氷の間。あらゆるものがクリスタルとなり、光を乱反射させていた。
そしてその玉座に座る、青いドミノマスクの女。
「…………」
彼女は口を閉ざしてはいたが、その口元は明らかに笑っていた。
「……よぉ、呼ばれたから来てやったんだ。いい加減黙ってないで、名前くらい教えたらどうだ?」
すると彼女は、静かに立ち上がる。
〈――……ようやっと、ようやっと二人きりとなれた、黄金の魔法少女〉
念波が脳に囁かれた。
〈私は、魔女。“氷柱なる魔女”。私は、お前を待っていた。さぁ、存分に語り合おう。黄金の魔法少女、トゥインクルハート〉




