第23話 開戦の小鴉
「――もはや、悠長にはしてられん」
ルクレティアは険しく言い捨てる。
「小太郎、トゥインクルハートを呼べ。これよりルミナス、オーロラ、トゥインクルの三名で行動を共にし、部隊の消失現場を調査じゃ。無論、この儂も出る」
「は、はい!」
ルミナスの緊張した返事を前に、ルクレティアは笑う。
誰もがわかっていた。
それが決して、愉悦による笑みではないことを。
「……ここまでコケにされて大人しくするほど、儂は昼行燈ではない。“氷柱なる魔女”め……この儂手ずから吹き飛ばしてくれよう」
銀色の魔力が部屋を満たしていく。
壁が揺れ動き、戸棚は開き、哀れなるコップと皿は数枚落ちて割れた。
緋井原と奥園はその魔力に震え固まる。
しかし小太郎はそれどころじゃなかった。
「ちょっとルクレティアさん! 落ち着いてください! 俺の家を壊すつもりですか!」
「壊す? くくく……そうなれば、お主は晴れて本部生活じゃのぉ」
「全然晴れてないですから! 雨降りまくってますからね! とにかく、俺ちょっとトゥインクルハートさん呼んで来ますからちょっと待っ――!」
「――もう来てるわよ」
その声と共に、リビングの扉は開く。
そして黄金の魔法少女、トゥインクルハートが姿を現した。
「なっ――!?」
「トゥインクル、ハート……?」
緋井原は唖然とし、奥園は一歩退く。
そしてルクレティアは、目を丸くしていた。
「こ、小太郎……そやつ、確かにトゥインクルハートか?」
するとトゥインクルハートはずいっと前に出た。
「ええそうよ。あなたが盟主さんよね? はじめまして、トゥインクルハートよ。小太郎くんに呼ぶよう言ったでしょ? だからわざわざ出てきたのよ」
「あ、ありがとうございますトゥインクルハートさん。早かったですね」
「別にいいわよ、小太郎くん。どうせそのうち、盟主さんには挨拶をするつもりだったし」
寒い三文芝居を繰り広げる小太郎とトゥインクルハート。
これも、もちろん虚像生成魔法によるもの。
実にややこしいが、今回小太郎が事前に生成していたのは“山田小太郎”ではない。
“トゥインクルハート”の方である。
そんなことなど知るはずもないルクレティアは目を丸くし、ただただ小太郎とトゥインクルハートを交互に見ていた。
「ほうほう……ほうほう、なるほどなるほど。これは凄い。目を疑うとはこのことじゃ。この質感に魔力……完璧に、本物じゃ」
「当たり前よ。私以外に魔法少女トゥインクルハートがいるの?」
「そ、そうか……そうじゃの。うむ、よかろう。では奥園桜、緋井原雪菜よ。魔法少女に変身し、早速出るぞ」
「は、はい!」
そして圧倒されていた二人は、同時に魔力を放出する。
それは以前小太郎と屋上で見たものより、明らかに強く、確かな魔力の揺らめきだった。
「――“変身”」
そして二人は魔法少女となり、ルミナスハートとオーロラハートは、リビングに降り立った。
「へぇ……初めて間近で見たけど、二人とも、凄くカッコいいな」
小太郎は何気なく呟く。
「ふん、当然よ」
勝ち誇る緋井原――オーロラハート。
「あ、あんまりジロジロ見ないで……」
恥ずかしがる奥園――ルミナスハート。
「ではルミナス、オーロラ、トゥインクルよ。儂に続くがよい。必ずや、我らを小馬鹿にしくさった魔女に鉄槌を――」
パリィィン――。
空間が割れる音がした。
しかしそれで終わりではない。
パリィィン――パリィィン――パリィィン――パリィィン――……。
幾重にも、続け様に、音は何度も繰り返される。
その一つ一つが業魔であり、鳴り止まぬ生誕の音は、絶望の色を濃くしてゆく。
「な、なんなの!? これはなんなの!?」
「まさか……これ全部、業魔!?」
オーロラとルミナスが動揺する中、ルクレティアは舌打ちをした。
「なるほど……本気のようじゃの、魔女めが」
すると偽トゥインクルハートが事前に打ち合わせていた“合図”を送る。
「小太郎くん! キミは部屋に戻ってて! 絶対に外へ出ちゃダメよ!?」
「は、はい! みんな、頑張れよ!」
大根演技で小太郎は二階へと駆け上がる。
そして自分の部屋で素早くトゥインクルハートとなり、もう一人の小太郎を生成、更に手っ取り早く女体化し、窓を開けた。
「先に行ってるわよ!」
「ちょ、ちょっとトゥインクルハート!」
下の階で偽トゥインクルハートが玄関を出て跳び上がると同時に本物と入れ替わり、偽トゥインクルハートを消し去る。
目まぐるしい。
ホント忙しいね、小太郎は。
最初から偽山田小太郎を用意してれば良かったのにさ。
「仕方ないだろ? だって、いつトゥインクルハートが呼ばれるかわからなかったんだし」
でも昨日の夜から作ってたとはいえ、遠隔であーも完璧に分体を作るなんてね。
しかも、キッチリ魔力まで持たせた魔法少女の分体と来たもんだ。
全く、恐れ入るよ。魔女よりよっぽど怖いかも。
「笑えない冗談言ってる場合じゃないって」
そしてトゥインクルハートは、近くの背が高い民家の屋上に着地する。
「……セルフィ、業魔の反応は?」
いやもう、うじゃうじゃいるよ。
それこそ、街中に。
「ということは――こっちも、心置きなく時空間凍結ができるってことだな」
そしてトゥインクルハートは両手を合わせ、黄金の魔力を練る。
ルミナス、オーロラ、ルクレティアも追いつき、トゥインクルハートを後ろから見守った。
「トゥインクルハート、一人で時空間凍結が出来るんだね」
「ええ。悔しいけど、やっぱ凄いね」
「お主らからすればそうじゃろうの。しかし単独での時空間凍結であればステラハートも多少できること。……さて、トゥインクルハートや。お主がどれほどのものか、直に見せてもらおうかの」
二人の魔法少女と盟主が見つめる中、小太郎は溜め込んだ魔力を一気に放出する。
「――“時空間、凍結”ッ!」
一瞬の閃光が走り、黄金が世界を染めた。
街も、空も、雲も、彼方の海さえも、視認可能な景色の向こう側までフィールドは覆い被さり、世界から人々を取り除く。
「こ、これほどとは……これほどまでとは……!」
ルクレティアは、思わず笑っていた。
それはまだ強者の反応だ。
ルミナスとオーロラは目を疑い、ただ困惑し、凍結された世界を必死に見渡していた。
そしてトゥインクルハートは振り返る。
「……盟主さん、こっからどうするんですか? まずは業魔を倒します?」
涼しい――。
これほどの魔法を披露したにも関わらず、余りにも涼しく尋ねたトゥインクルハート。
そしてどうやら、ルクレティアも我慢の限界になったようだ。
「……ククク、クハハハ! クハハハハ……!」
目頭を押さえ、銀髪の幼女は、腹の底から大笑いをする。
「いや、あっぱれ! あっぱれじゃぞ、トゥインクルハート! 実にいいものを見せてもらったわ!」
「ただの時空間凍結です。買い被り過ぎですよ」
「“ただの”か! “ただの”と申すか! クハハハ! なんと不遜で、なんと腹立たしいことよ! じゃが気に入った! ならば次は、儂の余興を見せねばなるまい! 実にくだらぬ、“ただの”余興じゃ!!」
ルクレティアはスゥーっと宙に浮かぶ。
そのまま異空間より一本の杖を取り出した。銀色の木で、先端には赤い魔石。
不規則に歪み、捻じれ、禍々しさすら感じる魔導杖だった。
「ルミナス、オーロラも刮目するがいい! 儂の秘術――滅多に見られるものではないぞ!」
そしてルクレティアが杖に魔力を注ぐと、魔石は光を帯び、周囲に無数の銀色の光が浮かび始めた。
その光は形を整え、やがて、無数の小鴉となる。
「小鴉共よ――業魔どもに喰らいつけッ!!」
号令と共に、小鴉の群れは街へと飛び去る。
そして地上に向けて滑空すれば、あらゆる場所で火柱が巻き起こった。
ズゥゥーン――ッ! ズゥゥーン――ッ!
世界は赤く焚べられる。火柱は大気を震わせ、地響きを起こし、景色を吹き飛ばす。至るところにクレーターが生まれ、波状の熱波が魔法少女たちを通り抜けた。
その一つ一つが滅殺級の威力を誇るなど、語るまでもない。
「クカカカ! どうじゃトゥインクルハート! 儂も捨てたものではなかろう! クカカカ!」
肝心のトゥインクルハートは、その所業にドン引きしていた。
「……ねえセルフィ。あの人、魔法少女機関のトップなんだよな?」
うん、まあ、そうだけど。
「いや違うだろ。魔王だよ。間違いなく、世界を滅ぼそうとする魔王。実際、人がいないのをいいことに、街を滅ぼしてるわけだし」
氷柱なる魔女さえ倒せば万々歳だから。
うん……とにかく小太郎、死んだら大変なことになるからね。この街が崩壊しちゃうからね。絶対死なないでね。
「フハハハ! フハハハハハハ!!」
ちゅどーん! ちゅどーん!
世界に幼女の高笑いと大爆発が鳴り響く。
小鴉が爆発する度に業魔は消え去り、ついでに周囲の建物も塵と化す。
もはや誰にも止められぬ狂気の“余興”に、三人の魔法少女は、ただただ呆然とするだけだった。




