第22話 雨に乾く
数日後の土曜日――。
昨日から降り始めた雨は止むことなく、未だに街を濡らし続けていた。そして小太郎の家にも、その音を忍び込ませる。
しかし小太郎をはじめ、緋井原も、奥園も、京極冴子も、皆一様に雨などを気に留める余裕もなく、盟主ルクレティアからの報告に衝撃を受けていた。
「――……アリスが、行方不明?」
「左様。数日前の業魔の連続発生の折、単身で業魔を撃破したことまではわかっておる。しかしその後の消息が一切不明じゃ」
「現在、機関総出で捜索しておりますが……未だ何一つ掴めておりません」
冴子の報告に、ルクレティアはドカリとソファーに腰を落とす。
「性格に難こそあるが、アリスは――ステラハートは、魔法少女機関でも相当な実力者。能力も高い故に、何の意味もなく自ら行方を晦ますことはせんじゃろう。それにも関わらずいなくなった。と、なれば……」
「攫われた、と?」
小太郎の呟きに、ルクレティアは腕を組みながら小さく頷いた。
(……セルフィ、ルクレティアさんがわざわざ来たってことは、これって相当ヤバい展開ってことだよな?)
相当どころじゃないよ、小太郎。
言いたくはないけど、機関の魔力残滓調査能力は飛び抜けて凄いんだよ。
そんな連中が総出で数日かけて調べてるのに、何一つわかっていないんだ。
しかもいなくなったのが、あのステラハート。
たぶん、これは――。
「――魔女の仕業、じゃろうな」
僕の言葉を待たずして、ルクレティアは呟く。
奥園と緋井原は、即座に顔を強張らせた。
しかし小太郎だけは、冷静に思い出す。
「……魔女? もしかして、“氷柱なる魔女”のことですか?」
「“氷柱なる魔女”? 何のこと?」
冴子は首を傾げた。
「前にトゥインクルハートが倒した怪魔がそう言ってたらしい。自分たちは、氷柱なる魔女により生み出されたって」
「怪魔が魔女によって生み出された……ですって? それより、怪魔とトゥインクルハートが言葉を交わしたってこと?」
全員が、小太郎に注視する。
(……あれ? なにこれ? なんかみんな半ギレで俺を見てんだけど)
小太郎。
怪魔ってのは、魔法少女機関でもかなり謎に包まれた業魔の亜種みたいな立ち位置なんだよ。
そもそも現れることすら稀なのに、そんな奴と会話したとなると、それもう異常事態なんだから。
(え? マジで?)
冴子も緋井原も奥園も唖然とする中、ルクレティアは頭を抱えていた。
「……小太郎よ、それは、“トゥインクルハートが”言っておったんじゃな?」
「え? あー、はい。そうです」
「どのような経緯でトゥインクルハートから聞いたのかは……もう、この際聞きはせぬ。じゃが今後、そのような特異なことがあれば、些細に至るまで漏らさず報告するようにと、“トゥインクルハートに”、“強く”、“言っておくんじゃぞ”。……よいな?」
「う、うっす」
小太郎、怒られたね。
わかってると思うけど、“こっちの事情”を色々飲み込んでくれた上で、「知ったことは必ず報告しろ」ってことだからね?
(わかってるよ! だいたい怒られたのはセルフィのせいでもあるだろうが!)
そしてルクレティアは、姿勢を正した。
「今の話から、今回の件は魔女の仕業でほぼ間違いあるまい。そして魔女の名が“氷柱なる魔女”ということも“たった今”判明した。もっとも、緊急事態であることには変わらんがの。……冴子」
「はい。対象を魔女による消失と断定し、再度調査を始めます」
一礼の後、冴子は家を出ていった。
小太郎は動きの速さに、目をパチクリとさせる。
「え? これホントに魔女の仕業なんですか?」
ルクレティアは深く頷く。
「間違いあるまい。これまでも、魔女が現れた地区では人や魔法少女、機関関係者が忽然と姿を消したという事例があるんじゃよ。そして、いずれの失踪も、一切の痕跡なし。どのような方法で拉致しているのかはわからぬ。……無論、そもそも拉致しているのか否かも、の」
彼女の冷えた言葉に、小太郎は口を閉ざす。
「……いずれにせよ、今回の件はそのような状況に極めて酷似しておる。おまけに、魔女の騎士を自称する怪魔が現れてるしの。確定ではないが、確信ではあるんじゃよ」
「な、なるほど……」
そしてルクレティアは、部屋を見渡した。
「……にしても、趣味でこの家と儂の執務室を繋いでみたが、よもや早速役に立つことになるとはの」
「そっすね。まさかいきなり捜査本部にされるとは思いませんでしたよ」
「堅いことを言うでない。儂とお主の仲じゃろ」
「仲といっても、雇用主とアルバイトですけどね」
すると緋井原は小太郎の袖を強めに引っ張り、小声で声をかけてきた。
「ちょっとアンタ! この人が誰かわかって軽口叩いてんの!?」
「誰って……魔法少女機関の盟主?」
「そうよ! そう! 盟主様! その盟主様がなんでアンタのこと知ってんのよ! ううん! むしろこの家と盟主様の執務室が繋がってる!? どういうことよそれ!」
「どういうことかは俺の方が聞きたいよ。なんなら代わりにルクレティアさんに聞いてくれない?」
「聞けるわけないでしょ!」
そして今度は、奥園が顔を覗かせた。
「や、山田くん。トゥインクルハートとも知り合いだったの?」
「そう! それもよ! それも! いったいどういうこと!?」
緋井原は鼻息荒くしていた。
「え、ええと……それは、つまり……」
小太郎、だいぶん追い詰められる。
それをジト目で見ていたルクレティアは、ため息混じりに助け舟を出してきた。
「……儂が、小太郎を雇ったんじゃよ。こやつは“偶然”にトゥインクルハートと知り合っての。馬が合ったのか、トゥインクルハートも小太郎の前にはちょくちょく顔を出しておる。しかしトゥインクルハートは機関に入りたがっておらぬ故、やむなく、小太郎に連絡事項を伝えてもらっておるのじゃ。謂わば、伝書鳩じゃよ」
「なるほど……わかりました」
「そういうことでしたら、まあ……」
奥園と緋井原は、ようやく言葉を引っ込めた。
〈……貸し一つじゃぞ、小太郎〉
「――――ッ」
小太郎の脳に、ルクレティアの声が響いた。
彼が目を向けると、彼女はパチリとウインクを一つ見せていた。
結局その日は、それでお開きとなった。
あとは冴子を筆頭とする調査部隊が“氷柱なる魔女”の行方を追い、居場所が分かり次第魔法少女総出で突入する手はずとなっていた。
――その、はずだった。
京極冴子を筆頭とする調査部隊までもが、消えるまでは。
その事実を告げたルクレティアの声。
雨に濡れる街、騒ぐ屋根、静かな室内。
ルクレティアの声は乾き、怒気を纏っていた。




