第19話 盟主会談
「――つまりこういうこと? 学校で偶然にも緋井原雪菜がオーロラハートから変身解除する場面に遭遇して協力体制を取ることになり、その関係で奥園桜――ルミナスハートのことまで聞いた。アリス・シュテルン――ステラハートについては、数日前の夜に公園で飲酒して体調を崩しているところを目撃し、仕方なく介抱すると、翌日にはなぜかトゥインクルハート捕縛の助手として雇われることになり、そして今、アリスによりドイツへ連れ帰られようとしている……と?」
「イエスイエスイエス。さすが冴子さん。一度の説明で完璧に理解してくれて助かるよ」
魔法少女機関本部。
その中にある窓のない尋問室にて、やはり冴子は頭を抱えた。
「……理解はしたわ。理解はしたけど……無茶苦茶にもほどがあるでしょ。いったいどういう星の下に生まれたら、こんな短期間に三人の魔法少女と交流することになるのよ」
小太郎は頬をかきながら言葉を探す。
「どういうって……こういう?」
「うるさい。黙りなさい。これ以上頭痛を起こさせないで……」
小太郎、割とガチで怒られる。
(呑気にナレーションしてる場合じゃないから。俺は今まさにプリズン・オア・アライブを彷徨ってる状態なんだからな? 比較的普通にドピンチなんだからな?)
そうは言っても、ほぼほぼ小太郎が自分で撒いた種なわけだし。それが今になって、綺麗なお花畑になってるだけだしね。
(お花畑でも、咲いてるのは食虫植物ばっかりって感じだけどな)
捕捉ならぬ捕食ってことね。
なかなか上手いこと言うね、小太郎。
(妙なところを褒めてる場合じゃねえから。だいたいここ、魔法少女の総本山なんだよな? これさ、俺が黙っててもセルフィを感知されたら終わりじゃないか? ヤバくね?)
あーそれはないから大丈夫。
精霊は契約することで、その人の魂と結び付くんだよね。
だからいくら探っても、見つかるのは小太郎の魂だけだから、小太郎がうっかり話さなきゃ、僕のことがバレることは絶対にないよ。
(へぇ……でも魔力はどうよ。感知されたりしないのか?)
それも大丈夫。
だいたい小太郎、普段は言われなくても魔力抑えてるでしょ?
それをやってればバレないから。不安なら気持ちいつもより強めに抑える感じで。
(オッケー。普段より抑える感じで)
もしも機械で感知しようとしてもたぶん大丈夫。
その雰囲気は僕にはわかるから、その時に魔力を瞬間的に解放してごらんよ。
機械がすぐにぶっ壊れて有耶無耶になるから。
(すんごい臭いものに蓋な作戦だな、ソレ)
「――小太郎? 聞いてる?」
ふと、冴子が呼ぶ。
「え? あ、はい。大丈夫。聞いてなかったから」
「それのどこが大丈夫なのか、お姉さんすんごく聞いてみたいわね」
もはや頭を抱えすぎた冴子の綺麗な髪はすっかり乱れ、めちゃくちゃになっていた。
「……とにかく、あなたをこのまま一般人として社会に戻すことはできないの。だから特例として、あなたを臨時の魔法少女機関のアルバイトとして雇用することになったわ。魔法少女たちのサポート要員としてね」
「アルバイト? マジ? 給料出るの?」
小太郎の目は輝き、頭で小銭の音が鳴る。
「はいはい、ちゃんと出るわよ。ただし、秘密漏洩は極刑の対象だからね。それだけは絶対に気をつけて。……そうなったら、私でも守れないから」
「うん、わかった。任せてよ」
軽すぎる小太郎の返事に、今度はメガネがずれ落ちる冴子。
「……本当に大丈夫なのかしら。激しく心配だわ」
ともあれ、メガネを立て直した冴子は席を立つ。
「じゃあ最後に、盟主様との面接よ」
「盟主、様?」
「この魔法少女機関の事実上の代表ってこと。あなたのことをご報告したら、お会いしたいそうよ」
「へぇ……なんか、緊張するね」
すると冴子、両手で強く机を叩く。
「……その緊張を維持しなさい。絶対に。今からあなたが会う御方は、おそらく、全人類最強にして最恐の御方なんだからね。あなたなんて、秒もかからず塵にすることもできるのよ。いい? 絶対に粗相はしないで。……特に、年齢。色々思うかもしれないけど、絶対に触れないで。わかった?」
「え? 年齢?」
「いいから! わかったの!?」
凄まじい冴子の圧に、小太郎は「……はい」と小さく呟くのだった。
◆
小太郎は冴子に連れられて、本部の中を歩く。
不思議な空間だった。
窓は一つもなく、しかし壁に埋め込まれた魔石が光を放ち、むしろ外よりも明るい。
そして空気は澄んでおり、そこにいるだけで、どこか気持ちが落ち着いていた。
「冴子さん、この本部ってどこにあるの? 結局山奥で魔法陣的なやつから瞬間移動してきたけど」
「本部の詳細な場所は、私にもわからないわ。むしろそれを知るのは、盟主様だけよ。ただ、ここは地下なのよ。それも、地下数百メートルという深い場所。外界からは完全に遮断されているし、一度投獄されれば絶対に逃げられないわね」
「地下、数百メートル……」
やがて二人は、深層にある巨大な扉の前にたどり着いた。
その扉に、冴子は頭を下げた。
「……盟主様、山田小太郎をお連れしました」
〈――うむ、ご苦労であった。山田小太郎だけ入るがよい〉
声が脳に直接響いてくる。
(あれ? これって……)
うん、怪魔と同じ会話方法だね。
念波の一種かも。
すると冴子は、小太郎の肩に手を乗せる。
「……小太郎。ほら、行きなさい」
「あ、ああ、うん……」
そして小太郎は、扉に触れる。
その瞬間、彼の体は部屋の中へと移送された。
「え? あ、あれ?」
「――ただの移送魔法じゃよ、山田小太郎」
巨大な事務机の先に座るのは、美しい幼女。
銀色の髪、高貴で豪華なドレス。
彼女こそ、おそらく――。
「ルクレティア・アルストロ・フォン・ローゼンウィッチ。機関では、盟主と呼ばれておるがのぉ」
「る、るくれちあ……えっと、なんですか?」
「ルクレティア・アルストロ・フォン・ローゼンウィッチじゃよ」
「……すみません。紙に書いてくれませんか。いずれきっと、覚えますんで」
「ハハハ! 小僧、お主なかなか肝が据わっておるではないか! 気に入ったぞぇ!」
小太郎、よかったね。
ウケてるよ。
(これは喜んでいいシーンなのか? それとも、危機感を持つべき?)
危機感持って喜べばいいんだよ。
(そんな器用な真似できるんなら、最初からここには来てないんだよ)
すると盟主ルクレティアは、浮かべていた笑顔をすぅーっと消す。
「……さて、小太郎とやら。最初に言っておくが、この部屋には儂とお主しかおらぬ。そしてこの部屋での会話は誰にも聞かれぬ上に、内容についても、誰にも漏らさぬことを約束しよう」
「は、はぁ……」
長い前置きの後、ルクレティアは両手を組んで小太郎を鋭く見つめた。
「……山田小太郎、お主は、トゥインクルハートとも繋がっておろう?」
「――――」
小太郎の心臓は、一瞬だけ凍る。
うん、よく耐えた小太郎。
今のは凄いよ。
「案ずるな。仮にそうだとしても、別にとって喰うつもりはない。儂も盲点じゃった。ルミナスハートとオーロラハート、その二人こそ、トゥインクルハートに最も近いとばかり思っておった」
そしてルクレティアは、巨大な椅子の背もたれに体を預ける。
「……じゃが、今回の件で儂は確信を持った。トゥインクルハートという魔法少女の肝は、お主じゃ。考えてみれば自然なことよ。立て続けに魔法少女と出会った奇縁……そしてお主もまた、常にトゥインクルハートと近い位置で過ごしておる」
彼女は小太郎の顔に、その細い指を向けた。
「そして極めつけは、ステラハートの騒動じゃ。これまで、あれほど秘密裏に動いておったトゥインクルハートが、一般人であるはずのお主がいるというのに驚くほどにあっさりと姿を現しおった。お主との関係性を疑うなという方が、土台無理な話じゃろうて」
「…………」
小太郎、してやられたね。
(これ、黙ってるのもマズイかもな)
うん。沈黙は肯定の裏返しだからね。
とにかく、何か適当に話を――。
「――その沈黙。まるで誰かと話し合うておるようじゃの、小僧」
「――――ッ」
「ほほぉ、今度は強い動揺が見えたわぃ。これはこれは……実に、興味深い」
したり顔で、余裕を構え、小太郎の全身を見定めるルクレティア。
片や小太郎は、珍しく、眉間に皺を寄せた。
(……この、ロリババア)
あれ? 小太郎?
ダメだからね? 落ち着いてよ?
(もう知らん。人を小馬鹿にしやがって……)
小太郎! ちょっと! ダメだって!
「……あー、盟主さん? ちょっといいですか?」
「ほう? 申してみよ」
「俺はまだまだガキですよ。でもね、そうやって舐めずり回すように扱われるのは、正直いい気分はしませんね。……アンタが何歳か知らないけど、あんまり人をおちょくってんじゃないですよ」
「……ほぉ。ほぉ、ほぉぉ」
ルクレティアは、ニヤリとほくそ笑んでいた。
「ではそろそろ、腹芸はやめるとするかの。……単刀直入に聞く。トゥインクルハートとは、どういう関係じゃ?」
「俺も単刀直入に言います。知ってても、アンタには言いたくありませんね。アンタは気に入らない。だから俺から言うことは、何もありませんよ」
ちょっとぉ! ちょっと待ってよ!
小太郎さぁ! なんでそこでケンカ売るかね!
(うるせえ。こっちからは売ってない。向こうが売ってきたから、言い値で買ってやってるだけだ)
しばらく黙り込んでいたルクレティアだったが、突如として表情を変える。
「――フハハハ! ハハハハハハ!!」
笑う。大笑いする。
全く場に相応しくなく、声を上げて、大口を開けて、彼女は笑った。
当然、小太郎は彼女を睨んでいた。
「……何がおかしいんですか?」
「いやいや、すまぬ。本当にすまぬの。お主がどのような反応をするか見たくて、少々“つついて”みただけじゃよ。……しかし今、儂の脳裏を掠めた“推測”が、あまりに滑稽で突拍子もなく、思わず笑ってしまったんじゃ」
そして彼女は立ち上がった。
悠然と、静かに、小太郎の近くへと移動する。
「お主の“アリバイ”は完璧じゃ。怪魔とトゥインクルハートが交戦した時、確かにお主は学校におった。トゥインクルハートとステラハートが交戦した時も、確かにお主はそこにおった。魔力も先程から探っておるが、お主からは何一つ感じぬしのぉ」
(魔力の抑え込み、成功したみたいだな)
成功したんだけど、盟主が一切感じないくらいに完全に魔力消すってのも、普通にあり得ないことだから。呼吸を完全に止めてマラソン走り切るくらいあり得ないことだから、それ。
相変わらず無茶苦茶だね、小太郎って。
「故に、“それ”は絶対にあり得ぬ可能性。絶対にあり得ぬ暴論。絵空事とも言える。そのようなこと、わかっておる。わかっておるが……心が、どうも納得してくれぬのだ。完璧過ぎることこそ、逆に疑わしく思ってしまう捻くれ者なんじゃよ、儂は」
ルクレティアは、小太郎の胸に手を当てた。
「お主のその物言い……。この儂、ルクレティア・アルストロ・フォン・ローゼンウィッチを恐れず、己が意思を伝え、拒絶できる者。……そんな者など、儂は知らぬ。どこにもおらなんだ。それができるのは、おそらく、他にはおらんのじゃよ」
「……ええと、他にもきっと、いるんじゃないんですかねぇ」
苦しい。それは苦しいよ小太郎。
「それでよい、小太郎よ。儂は答えなどは求めてはおらぬ。……じゃが、もしもその絵空事が真実だとするのなら……儂は、お主で良かったと思うに違いない。それだけは、真の、確信じゃよ」
ルクレティアは、優しく微笑んでいた。
こうして盟主との会談は、密やかに幕を閉じたのである。




