第18話 山田小太郎、確保完了
翌日の午前――。
「コタロー! ワタシと国に帰るデスよ!」
「…………」
小太郎は、困惑していた。
「ほら早く! 準備するデス!」
「ええと、アリスさん? いきなり何を……」
「コタロー、ワタシを託されました。ですがワタシ、国に帰らないといけないデス。ワタシ、コタローと、離れたくないデス。だからコタローも来るデスよ。ドイツに」
「あ、あははは……いや、なんで?」
「ああもう! アンタたちは!」
突然、隣の席の緋井原は立ち上がった。
「ちょっとアンタたち! さっきからうるさいんだけど!」
「あーん怖いデース。コタロー、助けてデース」
小太郎にしがみつくアリス。
「その猫なで声はどこから出してんのよ……!」
「……あー、アリスさん?」
「ノンノン! コタロー! ワタシのこと、アリスって呼んで欲しいデス! 他人行儀は嫌デスよ!」
「ほんなら、アリス」
「はいデス!」
「あの、今、授業中なんだけど……」
教室内は、完全に静まり返っていた。
生徒はシャーペンを持ったまま固まり、ある男子は殺意の視線を小太郎に向け、ある女子は顔を赤くして色めき立ち、先生はチョークを持ったまま完全フリーズする。
「Oh, entschuldigen Sie. Beachten Sie uns gar nicht. Machen Sie ruhig mit dem Unterricht weiter.(あら、ごめんなさい。私たちのことは気にせず、どうぞ授業を進めてね)……コタロー! とにかく今すぐ学校から帰るデス!」
うわ、アリス強いなぁ。
本当に強者だよ、この人。
(強者というよりも恐者に近い気がするよ)
「コタロー! 聞いてるデスか!? コタロー!」
「ああもう! うるさいですから!」
「うるさいのはアンタたち二人ともよ! いいからとっとと教室から出ていきなさい!」
緋井原はついにブチギレ、小太郎とアリスは、教室から追い出されるのだった。
◆
「あああ……俺の出席日数……」
無理やり早退させられた小太郎は、がっくりと肩を落としながら帰路についていた。
閑静な住宅街の中、人目を気にすることもなく彼の腕にしがみつくのは、やはりアリスである。
「コタロー、ワタシ、嬉しいデス。私のために学校を早退するなんて……やっぱりコタロー、優しいデスね」
「“ワタシのために”じゃなくて、“アンタのせいで”ですけどね……」
でも、ホントにどうするつもり?
いっそのこと、思い切ってこのままドイツに鞍替えしちゃう?
(鞍替えどころか国替えだから、それ。さすがにそれは思い切り良すぎるから)
でもアリス、すっかり小太郎のこと気に入っちゃってるよ?
全然離すつもりないっぽいし。
緋井原は怒ってたけど、奥園なんて顔がチーンってなってたよ? チーンって。
(まあ、昨日今日でいきなりアリスが押しかけて、あんだけ騒げばね)
……そういう意味じゃないんだけどね。
小太郎、アホ。バカ。ついでに人でなし。酷い奴だよ、キミは。
(なぜいきなり怒涛の責めを受けねばならんのか)
と、その時だった。
突然小太郎とアリスの横に、周りの風景とは似つかわしくない黒塗りのセダン車が二台止まる。
そして中から黒いスーツの男たちが降り、小太郎たちを取り囲んだ。
「……なに、なんなんだよ今度は。もう今日はお腹いっぱいなんだけど」
するとアリスは、小太郎の腕にしがみついたまま、男たちを睨みつけた。
「……機関本部が、何の用デスか?」
「機関? 本部?」
あー小太郎。マズイかも。
この人たち、魔法少女機関の人たちだよ。
(え? マジで?)
小太郎が動揺する中、最後の一人が、黒塗りの車から降りる。
「――まったく、これはどうなってるのよ。あとで説明してもらうわよ、小太郎」
その女性の姿を見るなり、小太郎は更に固まる。
「え? あれ? さ、冴子さん?」
その女性――冴子は、メガネをクイッと上げて、小太郎とアリスに鋭い視線を浴びせた。
「……アリス・シュテルン。どうしてあなたが小太郎と一緒にいるの? 任務はどうしたの?」
「……Ich bin Twinkle Heart begegnet, aber sie ist mir entwischt. Aber mal ehrlich, was zum Teufel ist das für ein Monster? Weil ihr mir keine vernünftigen Informationen gegeben habt, wäre ich ihretwegen beinahe draufgegangen, wisst ihr das?(トゥインクルハートとは遭遇したけど、逃げられたわ。というより、なんなのあのバケモノは。あなた達が正しい情報をよこさないから、危うく殺されるところだったのよ?)」
そして冴子は、一度だけため息を吐き出す。
「……Du hast sie also tatsächlich gefunden. Ich muss zugeben, dass es unser Versäumnis war, dir nicht alle Informationen korrekt mitzuteilen(つまり、彼女を見つけたこと自体は確かなのね。あなたにすべての情報を正確に伝えていなかったことについては、こちらの不手際だったと認めるわ)」
「え? さ、冴子さん?」
突然の流暢なドイツ語に、小太郎は驚愕する。
「…… Aber darf ich fragen, warum du dich gerade so an Kotaro klammerst?(でも、ひとつ聞いてもいいかしら? どうして今、そんなに小太郎にしがみついているの?)」
「Kotaro ist jetzt auf Lebenszeit bei mir angestellt. Ich nehme ihn einfach mit nach Deutschland. Das geht dich doch nichts an, oder?(コタローはワタシに終身雇用されたのよ。このままドイツに連れて帰るわ。あなたには関係ないでしょ?)」
「Doch, das geht mich sehr wohl etwas an. Kotaro ist nämlich mein Cousin. Als Familienmitglied habe ich also durchaus das Recht, dir meine Meinung dazu zu sagen. … Ist das klar?(それが関係あるのよね。小太郎は、私の従弟なの。つまり私は親族であり、あなたに苦言を呈することができる。……わかった?)」
「W-Was hast du gesagt……?(な、なんですって……?)」
アリスは震えながら、小太郎から離れる。
そしてそのまま、冴子に抱きついた。
「お姉様ァ! アナタは、今日からワタシのお姉様デース!」
そして冴子は、頭を抱えた。
「誰がお姉様よ、誰が……」
「ええと……冴子さん? 俺、帰っても――」
「ダメよ」
冴子は食い気味にスッパリと言い切った。
「ははは……ですよね」
「どうしてあなたがアリスといるのかも気になるけど……その様子じゃ、アリスが魔法少女だということも知ってるみたいね。悪いけど、このままあなたを帰すことはできないわ」
そして冴子が合図を送ると、スーツの男たちが小太郎の両腕をしかと掴んだ。
刹那、アリスは虎に変わる。
「Saeko Kyogoku! Wenn du Kotaro etwas antust, werde ich selbst dir das nicht verzeihen!(京極冴子! コタローに酷いことをすれば、あなたでも許さないから!)」
「何もしないわよ。ただ、そこまで知ってしまった彼を放置できないってだけ。……小太郎、あなたをこのまま魔法少女機関まで連行するわね。そこで全ての事情を洗いざらい吐いてもらうわよ。いい?」
……小太郎、どうするの?
(どうするもこうするも、どうしようもないだろうね、この場合)
そして小太郎は、ガクッと首を縦に落とした。
「……はいはいわかりましたよ、冴子さん。知ってることは、ぜーんぶ話しますよ」
無論、言える範囲で――だけど。




