第17話 落涙
「……さて、どうするかな」
トゥインクルハートは、頭をわしわしと手でかいて参っていた。
目の前にはへたり込むアリス。
既に変身まで解け、体は小刻みに震え、目からは数滴の涙が落ちていた。
(なあセルフィ。ちょーっとやり過ぎじゃね?)
人のせいにしないでよ。
やり過ぎたのは小太郎だからね。
相変わらず加減が下手くそなんだから。
(強めにしろって言ったのはセルフィだろうに。なんで全部俺のせいにしてんの)
僕が言ったのは、“ちょっと強め”だよ?
そしたら小太郎、“かなり強め”にするんだもん。
アレはないよ。うん、ないない。
まさに非道だよ。極悪非道だよ、小太郎は。
(やっぱ俺のせいにしてる! 汚ねぇよ! それは汚ねぇよセルフィ!)
するとここで、震えるアリスとトゥインクルハートの間に、誰かが割って入る。
ほかでもない、偽小太郎だった。
「えと……トゥインクルハートさん? もう、十分でしょ。見ての通り、アリスさんに戦う意思はないですし、これ以上は許してやってください」
「俺――じゃなかった、コタローくん……」
セーフだよ小太郎。
ギリセーフ。アウト寄りだけど。
そしてトゥインクルハートは、釘バットを虚空に消し去った。
「……そうだね。ここはキミに免じて、退くことにするよ」
「あ、ありがとうございます」
胸をなで下ろす偽小太郎。
それを見てなぜか得意気な本家小太郎。
いいから話を締めて締めて。
「アリス・シュテルン。キミのスタイルにとやかく言うつもりじゃないけど、キミの自信は、時に誰かを傷付けていることを知るべきだ。キミが邪魔だと言い捨てた、キミの仲間のようにね」
「……な、仲間?」
「ルミナスハートとオーロラハート。彼女たちは、確かにまだまだ弱い。でも、それだけで切り捨てるのは、さすがに乱暴が過ぎるんじゃないかな。特にルミナスハート……彼女は、キミという圧倒的な実力者を前に、自らの弱さを認め、それでも手を伸ばし足を踏み出そうとした。今のキミに、それができるの?」
「…………」
アリスは、黙して語らなかった。
「キミが邪魔と言い捨てた人は、本当は強いんだ。力だけの話じゃない。今日、キミはそれを知ったと思う。だからきっと、キミも、彼女のようになれると信じてる」
まだ言葉を発することができないアリスに、トゥインクルハートは背を向けた。
「もう私を追わないでね。そういうの、ちょっと面倒だから。……あとコタローくん。その人のこと、頼んだよ。今の彼女にはキミが必要みたいだから」
「は、はい。わかりました」
「じゃ、またいつか……」
トゥインクルハートは工場を飛び出す。
そしてすぐさま認識阻害の魔法を自分にかけて、天井に隠れた。
「……どうよセルフィ。めちゃくちゃいい感じで締めただろ? 千点満点だな、これ」
うん、まあ及第点だけどさ……ちょっと心配ごとがあるっちゃある。
「心配ごと?」
いや、気のせいならいいんだけどさ……。
そして僕らの眼下では、偽小太郎がアリスに声をかけていた。
「アリスさん……帰りましょうか」
「……コタロー、ワタシ、負けちゃったデス。負けたワタシ、なんの価値もない、デス……」
アリスは、未だ心が折れていた。
膝と両手を汚れた床につき、今にも溢れそうな涙を目に溜めて。
偽小太郎はしゃがんで、彼女の目を見つめた。
「何言ってるんですか。アリスさんは、これまでたくさんの業魔を倒してきたんですよ? たくさんの人々を助けて来たんですよ? それがたった一回、バケモノみたいな人に負けただけでなかったことにはなりませんよ」
「コ、コタロー……」
「またやり直せばいいんですよ。アリスさんって無茶苦茶ですけど、たった一人で世界を守ってきた凄い人だって、俺は知ってます。……だから、ほら。今は帰って、ご飯を食べましょう。これからのことは、そこから考えればいいんです。俺で良ければ、ない頭を一緒に捻ってみます。だから、ね? 俺たちの家に帰りましょう、アリスさん」
「コタロー……うわあああ! ああああ……!」
アリスは子供のように泣き出し、偽小太郎にしがみついた。何かを洗い流すように、ポタポタと、涙を流し続けていた。
……そしてここに、泣いてるアホがもう一人。
本物の方の小太郎である。
「……グスッ。うん、いい話だよ。いやホントいい奴だな、俺って。俺ぁ感動したよ、俺に」
すんごい複雑な自画自賛痛み入るけどさ、これやっぱり、ちょっとマズイんじゃないの?
「マズイって……何が?」
いや、だって、ほら……。
「Kotaro! Ich hab dich so lieb, Kotaro! Bleib für immer bei mir! Lass mich nicht los, Kotaro!」
……いやまあ、相変わらず何言ってるのかはわからないんだけど、ちょっとアリス、感極まり過ぎかなぁって。
「別にいいじゃん。自信家で他人をテキトーに扱ってた傲慢女性が、山田小太郎という慈母神の深すぎる情に絆されて号泣してるってことだろ? めちゃくちゃいい話じゃん。めちゃくちゃいいシーンじゃん。めちゃくちゃカッコいいじゃん、俺が。あとはあの二人が何とかまとめるでしょ」
いやそうじゃなくて……その二人のうちの一人って、キミなんだけどね。
「へ?」
だから小太郎、偽小太郎に「この人をお願い」的なこと言ってたでしょ? アリスは当然それを聞いてるわけでしょ? 今まさに泣きながら抱きついて頬ずりしてるくらいだし。
それでこの後、あの偽小太郎は消えて、キミがあの位置に戻る。
つまりキミは、キミ自身にキラーパスしたってことになるんだよ。
「…………あ」
アホだねぇ。ホントにアホだよ、キミは。
完全に誤爆して大炎上してんじゃん。
偽小太郎に至っては、勢いで自分ん家を「俺たちの家」とかほざいてたしね。
もう実質同棲宣言だよ。責任問題だよね、あれ。
明日からどうなっても知らないからね、僕は。
「いやぁ……大丈夫だろ。だってほら……うん……ねえ?」
語彙を失い過ぎな小太郎であった。
そして翌日、小太郎は知ることになる。
今日の小太郎から小太郎へのキラーパス……これにより、事態が更にややこしくなることを。




