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第16話 モンスター




 ズドドドド……ッ!!

 無数の弾丸がトゥインクルハートに向け放たれていた。景色は硝煙に消え、流れ弾を浴びる工場の壁は軋みを上げる。


「Verreck! Verreck! ――VERREEEECK!!(くたばれ! くたばれ! ――くたばれえええ!!)」


 銃声にステラハートの怒鳴り声が混じる。その声すらも弾丸に込め、ステラハートは一心不乱に撃ち続けた。

 数十秒にも及ぶ掃射の後、弾は尽き、機関銃はカラカラと空転していた。


「ハァ……ハァ……!」


 ステラハートは肩で息をする。

 そして偽小太郎は、壁際で震えながら、その光景を見ていた。


「……さ、さすがにやりすぎじゃないですか?」


「彼女は、私の大切なものを侮辱しましたデス。許してはおけないのデスよ」


 ステラハートは機関銃を肩に担ぎ、大きく息を吐き出す。


「さて、これで終わりデスね。死んでしまったのなら、それは仕方ないことデス。その首を本部に持ち帰って――」


「勝手に殺さないでよ」


 硝煙の中から声が響く。

 

「――――ッ!?」


 ステラハートは即座に機関銃を構え直し、その銃口を煙に向ける。

 大穴が空いた壁から、一陣の風が工場内に吹き込み、煙を奪い去った。

 

「いやぁすごい攻撃だね。まともに受けたら、文字通りハチの巣になっていただろうね」


 トゥインクルハートは無傷だった。

 無傷のまま、依然として釘バットを肩に担ぎ、美しく輝いていた。


「な、なんで!? なんで無傷なんデスか!?」


 ステラハートは額に汗を滲ませ、初めて明確な動揺を見せる。


「なんでって……当たりそうな弾を弾き飛ばしただけよ。“コレ”でね」


 トゥインクルハートはさも当然のように、自慢の釘バットを見せつけた。


「Du willst mir sagen, dass du dieses ganze Sperrfeuer mit nur einem einzigen Baseballschläger abgewehrt hast!? Unmöglich! Das kann …… das kann einfach nicht sein!(そんなバット一本で、あの掃射を弾き飛ばしたって言うの!? ありえない! そんなの……絶対にありえない!)」


「何言ってるのかわかんないけど、とにかく、これであなたと私の力の差がわかったよね? だからもう、降参しなよ。これ以上は無駄だからさ」


「無駄? 無駄……デスって!?」


 その言葉が、ステラハートの心にまたも火を滾らせる。

 彼女は歯を食いしばり、八重歯を尖らせ、激情で心を満たしていく。


「まだデス! 私には、“奥の手”があるデスよ!」


「奥の手?」


 ステラハートは魔力を練り、増幅させる。

 その質は先程までとは明らかに違う。

 より濃く、より鮮やか。まるで意思が宿ったかのように、彼女の体から溢れる橙の魔力はうねり、「オオオオ……」と音を上げて猛っていた。


「トゥインクルハートッ! 見るがいいデス! Entfesselung des Abgrunds!(“深淵解放”!)」


 その言葉の直後、オレンジの光が更に激しく輝き彼女を呑み込んだ。

 眩い光の中で、ステラハートが持つ機関銃は分裂し、二丁となった。


「……嘘ぉ。機関銃、増えてんだけど」


 あー、なるほど。

 これ、深淵解放だね。


「深淵解放? 何それ?」


 魔力ってのは、基本的に蓋がされてるんだ。人が本能的に施してる安全弁みたいなものだね。

 そして深淵解放ってのは、その蓋を取っちゃう儀式みたいなものだよ。

 蓋を外し、その人の魂をより魔力に沈める……深い深い、更なる魔力の深淵にね。

 そうすることで、魔力が爆発的に上がるんだよ。


「へぇ……つまりはパワーアップか」


 そんなに単純なものじゃないよ。

 確かに魔力は上がるけど、当然、その分魔力暴走のリスクも格段に跳ね上がるんだ。

 そりゃそうだよね。魔力に飲まれるどころか、自ら魔力の中に沈んでいくんだからさ。

 普通の魔法少女なら数十秒が限界。実力者なら数分くらいかな。

 それ以上使うと、たぶん、“戻れない”。

 あとは一気に魔女堕ちだね。


「諸刃の剣ってところか。でもさ、それって俺も深淵解放を使えるってことだよな? 俺もそういう必殺技的なの使ってみたいんだけど」


 あー無理無理。

 小太郎の場合は、ちょっと特殊なんだよね。


「いやなんでだよ」


 いやだって小太郎、最初っから魔力に蓋なんてないんだもん。


「……え?」


 もうずっと蛇口全開。常にフルスロットル。

 解放もクソも、最初から全解放してるんだよね。


「嘘? マジで? 俺、なんで平気なの?」


 それは知らないけど……あ、ステラハートの準備が終わったみたいだよ。

 

「お待たせしましたぁ! 私は“第三層”までの深淵解放が可能なんデス! これなら、絶対に負けません!」


 彼女は両手に巨大な機関銃を持ち、勝利を確信したように笑っていた。

 

「深淵って階層があるんだな。第三層ってのがどれくらいなのかは知らんけど」


 機関での実力者なら、代表たる盟主が第五層まで解放できたはずだよ。

 そう考えれば、ステラハートって確かに相当な実力者だね。

 あの年で深淵解放を第三層まで使えるなんて、たぶん、天才って呼ばれる部類だよ。


「へぇ……じゃあ、常に全解放の俺の階層は?」


 え? 聞きたいの?

 たぶん、聞いたら自分が怖くなると思うよ?


「えっ、あー……うん。今はやめとく。ちょっとキャパオーバーしそうだし」


「Was redest du da für einen Unsinn!? Spürst du diese gewaltige magische Kraft nicht!? Du begreifst es doch, oder!? Es ist aus mit dir, Twinkle Heart!(何をごちゃごちゃと言っているのよ! これだけの魔力よ!? わかるでしょ!? アンタはもう終わりなのよ! トゥインクルハート!)」


 アリス、なんか怒ってるけど、たぶん深淵解放で跳ね上げた魔力を誇ってるんだろうね。


「いやでも、これ戦ったらまずくないか? 下手すりゃこのまま暴走するんだよな?」


 下手すりゃというか、今のアリスなら間違いなく暴走まで戦うだろうけど……仕方ない、そろそろ心を折ろうか。


「なんか作戦あんの?」


 作戦ってほどでもないんだけどね。

 ……小太郎、ちょっと強めに魔力解放して。

 解放するだけでいいから。


「……わかった。魔力を出すだけでいいんだな?」


 うん。やって。


「オッケー。じゃあ、よし……」


 小太郎は――トゥインクルハートは、魔力を徐々に解放させていく。

 黄金の陽炎は揺れ動き、巨大となり、それまで空間を満たしていたオレンジ色を塗り潰していく。

 天井も、壁も、床も、瓦礫も資材も、周辺にあるあらゆる物が悲鳴のように軋み、揺れ動き、倒れ、崩れ、怯え始めた。


「覚悟するデス! トゥインクルハート! あなたも今日で、終わ……り……――」


 ステラハートの怒りと戦意は彼方へと消え去り、彼女はただただ、目の前の光景を呆然と見ていた。

 彼女が何を思うのかはわからないが、彼女の絶望なら、察することができる。

 小太郎の魔力……それはもはや、竜だ。

 突然現れ、全ての感情を殺し、絶望だけを残す。

 対せば人の身では決して勝てないことを思い知り、ただ祈り、許しを請う。

 彼女はおそらく知ったのだろう。

 知ってしまったのだろう。

 自分が迂闊に触れたのが、トゥインクルハートの姿ではなく、巨竜の逆鱗であったことを。

 天才故に、誰よりも鮮明に、知ったのだろう。


「M-Monster ……(バ、バケモノ……)」


 たぶん無意識だろう。

 ステラハートは、自然と言葉を呟いた。

 そしていつの間にか、彼女は、力の象徴たる機関銃すらも手放していた。

 もはや戦いにすらならない。

 床に転がる二つの機関銃は、音もなく、光となって消えてゆく。その光は縋るようにステラハートに纏わり、彼女の中へと身を潜めていた。

 最初の騒音は嘘のように消え去っていた。

 静かな、とても静かな、決着であった。





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