第14話 逆鱗
「コタロー! 待つデス! どこ行くデスか!?」
「だから学校ですよ! 学校! いい加減に離してください!」
トゥインクルハート大捜索の翌日、小太郎の家の前では、二人のせめぎ合いが繰り広げられていた。
学校に向かおうとする小太郎。
そんな彼にしがみつき、トゥインクルハートを探しに行こうと言うアリス。
「学校なんて行かなくていいデス! ワタシ、昨日言ったデス! コタローはワタシの助手に永久就職デス!」
「あんなのどう聞いても冗談でしょうに! 俺の人生に勝手にレールをぶっ刺さんでください! そもそもトゥインクルハートが見つかった後はどうするんですか! 俺なんて用済みでしょ!」
「その後は靴磨きデス! 靴磨きをさせるデス! 毎日ワタシの靴を磨くだけの簡単お仕事デスよ!」
「それ絶対虚無になるやつですよ! っていうか離してください! 遅刻しますって!」
「Mann, ist das nervig! Wenn du nicht endlich damit aufhörst, breche ich dir Arme und Beine und schleppe dich nach Hause!(あーもうめんどくさいなぁ! いい加減にしないと手足の骨を折ってでも家に連れ戻すわよ!?)」
「何言ってんのかわかんないけど、絶対ろくでもないこと言ってるでしょ! なんかもうニュアンスがそうだもん! めっちゃ物騒だもん! 発音が!」
ギャーギャーと、ギャーギャーと。
朝からご近所さんにガン見されながら、小太郎は何とかアリスの追跡を振り切り、学校へと向かうのだった。
◆
「あへぇぇぇ……」
学校の席で、溶けた雪だるまのように机にへたり込む小太郎。
……小太郎、おつかれ。
(疲れたどころじゃねえよ。まさか人を助けたつもりが、その人から狙われることになるとは……)
だから最初に言ったでしょ?
余計なことをしない方がいいって。
(だいたいさ、あの人普通に大人じゃん。めっちゃ外国人のめっちゃ大人の女性じゃん)
うん、すんごいエグいスタイルだしね。
(そうそう――ってそこじゃなくて! そもそも、大人が魔法少女になれるものなのか? あれもう魔法成女じゃね? むしろそのまんま魔女でも通じるレベルだし。ゴリゴリのモデル体型の外国人がフリフリドレス着たら、コスプレしに来日した外国人旅行客にしか見えないんだけど)
魔法少女はただの役職名だからね。
大人が魔法少女になっちゃいけないなんて道理はないんだよ。
(道理はなくても気持ちは落ち着かないから。頭脳は子供、体は大人って感じだよ)
などと脳内クレーム対応をしていると、緋井原は呆れ顔で声をかけてきた。
「……どうしたのよ、いったい」
「いや、ちょっとトラブルに巻き込まれたっていうか、なんていうか……」
むしろトラブルを自分から呼び込んでるんだけどね、小太郎の場合。
(うるせえ!)
「また面倒事? アンタ、アタシたちの協力者っていう自覚あるの?」
いつものように棘を含めて言う緋井原だったが、小太郎は満足そうに頷きながらそれを聞く。
「協力者で終わらせてくれる緋井原はホント優しいよ。もう泣けてくるよ」
「いったい何があったのよ、アンタ……」
ガラララッ!!
突然開かれるドア。静まり返る教室。
そして登場する、学校に一切似つかわしくないダイナマイトボディの赤毛美人。
彼女は教室を見渡し、狙いを見つけ、叫び声を上げた。
「見つけたデス! コタロー!!」
「げっ!」
顔を歪める小太郎に一切遠慮せず、赤毛美人ことアリス・シュテルンは、ズケズケ彼に近づき、相変わらず腕をガシリと掴んだ。
「学校にはもう来たデスね!? 来たデスね!? それならコタローの用件は終わりデス! だからワタシと来るデスよ!」
「来たらセーフなわけないでしょ! 始まる前に帰ったらせっかく来たのに欠席扱いでしょうに!」
「欠席でいいデス! なんなら今すぐ学校辞めていいデスよ! ワタシと学校、いったいどっちが大切なんデスか!?」
「迷うことなく学校ですよ! その質問、めちゃくちゃ面倒くさい彼女がするやつですよ!」
「彼女じゃないデス! 雇用主デス! ご主人様デスよ! ワタシには絶対服従デス!」
「たち悪いにも程があるじゃないですか!」
朝の延長戦とばかりに騒ぎまくる二人。
隣の席の緋井原は、当然、唖然としていた。
「え、何この人。彼女? ご主人様? え?」
小太郎、なんか緋井原が壮大な勘違いしそうな雰囲気だよ。
「違うから緋井原! 俺、この人にめちゃくちゃ巻き込まれてるだけだから!」
「――緋井原? もしかしてアナタ、緋井原雪菜デスか?」
アリスの声の温度が下がった。
そして彼女は小太郎から離れ、教室を見渡す。
「奥園桜もいるデスか。……なるほど。コタロー、アナタはどうやら、よほど“ワタシたち”と縁があるようデスね。やはり面白いデス、コタローは」
「アンタ、さっきから何言って……え? イルマ、どうしたの? ……え? この人も魔法少女?」
小太郎、どうやら緋井原も奥園も、アリスが魔法少女ってわかったみたいだよ。
イルマとかいう精霊が教えたんだろうね。
(なんで向こうはアリスさんのこと知ってるのに、お前は知らないんだよ)
知るわけないよ。
僕、ずっと前に機関を追放されてるからね。
(追放? それってどういう――)
「緋井原雪菜、奥園桜」
アリスは、鋭く二人の名前を呼ぶ。
「話があるデス。ついて来るデスよ。ついでにコタローも来るデス」
「俺はついでなのか……」
気にするのはそこじゃないでしょ……。
四人が向かったのは屋上だった。
そしてアリスは、改めて緋井原と奥園に名乗る。
「……アリス・シュテルン、ステラハートデス。さっさと本題デスが、アナタたちが知っているトゥインクルハートの情報、全部ワタシに話すデスよ」
「え? トゥインクルの、情報?」
奥園桜は困惑していた。
しかし緋井原は噛み付く。
「なんでアンタに教えないといけないの?」
「アナタ……アホデスか?」
アリスは一切遠慮せず、心底小馬鹿にするように目を細めた。
「……なんですって?」
「いいデスか? トゥインクルハートがこの街にいるのは、だいたい確定してるデス。しかも、現れるのはアナタたちが危険の時。つまり少なからず、トゥインクルハートはアナタたちを特に知っている人物ということになるデスね。そして資料上の言動から、年齢はおそらく十代……ならば、この学校にいる可能性すらあるんデスよ」
「…………」
うん、小太郎。
ここは黙ってた方がいい。
このアリスって奴、普段はバカだけどホントに優秀みたいだよ。
(俺、相当プロファイリングされてるんだね。なんかすんごく追い詰められている気分)
アリスは続ける。
「機関の盟主様、トゥインクルハートを探しているデス。本来なら、一番身近にいると推測されるアナタたちに命令するのが効率的デス。……にも関わらず、その命令は、ドイツにいたワタシに来たデス。それがどういう意味か……言わずとも、デスね?」
「わからないわね。……ハッキリ言ったらどう?」
アリスは、ニヤリと笑う。
「ならば、ハッキリと言うデス。アナタたちが、弱すぎるからデスよ。その弱さは信用に値しない……そういうことデス」
「――――ッ」
緋井原は即座に狼の形相となり、飛びかからんと一歩を踏み出す。
しかしここで、奥園が緋井原の前に右手を差し出し、無言で彼女を制止する。
「……アリスさん。あなたの話はわかりました。私たちの実力不足というのは……そうですね。悔しいですが、その通りだと思います」
「奥園……」
小太郎も気付いていた。
奥園の下げられた左手が、強く握られていることに。
「私たちはまだまだ未熟です。そしてあなたは、きっと、これまでずっと魔法少女として活躍していたのでしょう。だから私たちではなく、あなたに命令が下ったことは理解できます。私が上層部でも、たぶん、同じ判断をすると思います」
「殊勝な言葉デスね。……それで? 本題はなんデスか?」
奥園は、小さく頷いた。
「アリスさん、トゥインクルハートを探すのを、手伝わせてください」
「……なんデスと?」
アリスが視線を細くさせる中、緋井原は声を荒らげた。
「桜! なんでこんな奴なんかに――!」
「雪菜ちゃん、冷静になって。この前の戦い、見たでしょ? トゥインクルハートは単独で怪魔を討伐するほどの力がある。私たちじゃ、トゥインクルハートを見つけてもどうすることもできない。でも、彼女と――アリスさんと協力すれば、何とかなるかもしれない。……悔しさはいつか挽回できる。でも今できることは、残念だけど、限られてるんだよ」
「桜……」
そして奥園は、小さな体で精一杯頭を下げた。
「お願いします! せめて私たちにも、手伝わせてください!」
「お断りしますデス」
アリスは、迷うことなく冷酷に言い捨てる。
「――――ッ」
「気持ちは汲みますデス。……でも、アナタたちでは足手まといにしかならないデス。ワタシ、足を引っ張られるのが大嫌いデスから、その提案は飲めないデスね。ザコはザコらしく、勝てそうな業魔だけ狩ってればいいんデス」
「…………ッ」
「ア、アンタって人は……!!」
悔しさに黙り込む奥園。
改めて怒りに歪む緋井原。
そして、小太郎は――。
「……ほほう。ほうほう。そういうこと言っちゃうわけだ、この人は……」
珍しく、ブチギレてた。
(セルフィ、お望み通り、姿を見せてやろうか)
え? マジ?
(マジもマジで超マジだよ。昨日から散々振り回されて来たんだ。……そろそろ、泣かす)
あー……小太郎?
言っておくけど、命までは取らないでね?
後々面倒なことになるから。
(わかってるよ。優しく、優しく……叩き潰す)
優しさがめちゃくちゃ薄味になってるけど……まぁ、いいや。好きにしなよ。
小太郎はケタケタと笑う。
不運なことに、奥園も、緋井原も、アリスも、誰一人として、その怒気でドキドキな笑みに、気付いていなかったのだった。




