第13話 俺を探して三万歩
「コタロー! 起きるデスよ!」
その寝室にアリスのドデカい声が響いた。
小太郎はベッドの上でもぞもぞと動き、まだ半開きの目で時計を見る。
「……なんでこの時間っすか?」
「もちろん、トゥインクルハートを探しに行くためデス! 今日は朝から捜索デス!」
「アリスさん? 午前四時は朝じゃなくて、限りなく深夜ですけど?」
小太郎がアリス・シュテルンの助手となった翌日は、奇しくも休日であった。おかげで小太郎に高校という名の逃亡先はなく、朝四時に叩き起こされていたのである。
「細かいことは気にしないデス! さぁ着替えてとっとと行くデスよ!」
一切遠慮する気がないアリスを前に、小太郎は、やむなく着替え始める。
そしてリビングに行くと、すっかり元気千倍となったアリスが待ち構えていた。
「アリスさん、なんかめちゃくちゃ元気っすね。なんでそんなに張り切ってるんですか」
「フフフ……ワタシ、地の利を得たデス! 土地を制するものは戦を制すると言うデス! この戦、勝ったも同然デスよ!」
「戦じゃなくて捜索でしょうに……」
そんな小太郎の言葉を無視したアリスは意気揚々と玄関を飛び出し、小太郎はあくびしながらその後に続く。
まるで犬の散歩か。
(他人事みたいに言ってないで、案を出せよ。このままじゃ、俺たちが俺を見つけるまで早朝徘徊を繰り返すことになりそうなんだけど)
もう何言ってんのかわかんないけど、壮大な自分探しの旅にはなりそうだね。
でも実際に報酬も貰ってるわけだし、テキトーに相手して、アリスが諦めるまで待った方が賢明だと思うよ?
(そうは言っても、俺の休日がだな)
深く考えずに安請け合いするからだよ。
言ったでしょ? 僕はもう知らないってさ。
これを機に、己の人生を省みることだね。
「コタロー、ちゃんと付いてきてるデスか?」
アリスは時折そんなことを言いながら振り返る。
「そんなに見なくても、ちゃんと来てますよ」
「そうデスか。コタローはワタシの助手デス。勝手にいなくなったら処刑デスからね」
「なんつーブラックバイトなんすか、それ」
アリスはクスクスと笑う。
「でもなんだか、トゥインクルハートを見つけられそうな気がするデス! ワタシの勘、比較的よく当たるデスよ!」
「ははは……そっすか。見つかるといいですね、そのトゥインクルハートって奴が」
いやいや、彼女の勘も捨てたもんじゃないね。
めちゃくちゃ当たってるじゃないの。
今まさに見つけてるわけだし。今まさに。
(やかましいんだよお前は!)
◆
それから二人は、街中を歩き回った。
もうくまなく、表通りから裏の裏の裏路地まで。
時に民家に聞き込みをさせ、時に街のゴミ箱を漁らせ、時に怪しげな店に突入させ、好き勝手に小太郎を酷使するアリス。
時間を追うごとにゲッソリとなっていく小太郎とは違い、アリスは、ひたすらに笑っていた。
「……ふぅぅ、ちょっと疲れたデスね」
そう言いながらアリスが公園のベンチに座ったのは、午後一時だった。
「でもやっぱりトゥインクルハートの情報はないデスね。難航してるデス」
「ゼェ……ゼェ……」
呑気に話すアリスと違い、小太郎はベンチにぐったりと沈む。
「コタロー! ダラシないデスよ! それでも男の子デスか!?」
「これでも男の子ですけど、それが何か?」
「それではワタシの助手は務まらないデスよ! シャキッとするデス!」
腕を組んで説教を始めるアリスだったが、疲労困憊の小太郎はそれどころではない。
「へいへい、それはすみませんね。……ところでアリスさん、これ、どうぞ」
ふと、小太郎はアリスに何かを渡す。それはペットボトルのジュースだった。
アリスは驚いたように、それを見つめる。
「これ、なんデスか?」
「ジュースですよ、ジュース。アリスさんも少しは疲れたでしょ。さっきそこで買ってきたんです。これ飲んで、ちょっと一息入れましょうよ」
「……あ、ありがとう、デス」
アリスは少しだけ不器用に微笑んで、キャップを開け、コクコクと飲み出した。
なんだよ小太郎。いいところあるじゃないの。
思いのほかジェントルマンじゃないの。
(これ以上歩き回られたらたまらんからな。ジュースで足止め作戦、無事成功だ)
……少しでも感心した僕がバカだったよ。
(こっちは必死なんだよ! 休日に早朝から俺を探してたっぷり九時間パトロールだぞ!? 体感三万歩は歩いたんだぞ!? もう休みたいんだよ俺は! 疲れを癒す休日に俺を探すために疲れるとか愚行も甚だしいんだよ!)
あーわかったわかった。
小太郎が必死なのはよくわかったから。
小太郎とアリスは、しばし公園で一休み。
天気も曇ってはいるが、さほど悪くはない。
しかし休日だというのに、この日の公園には、人の姿がなかった。
小鳥の声が聞こえ、公園前の道路を時折走る車の走行音だけが、もの寂しい公園に広がっていた。
「アリスさんって、ドイツから一人で来たんですよね? トゥインクルハートを探すために」
小太郎は何気なく聞く。
「そうデスよ」
「魔法少女を探すなら、お仲間さんとかいないんですか? 俺なんかよりよっぽど効率的に探せそうですけど」
「他人は信用できないデス」
彼女は表情を変えることなく即答した。
「ワタシ、昔から強かったデス。ワタシはとても強くて、とても優秀。そんなワタシに、誰も近付かなかったデス。しかしそれは仕方ないことなのデス。人は、強い者を恐れるデスから。だから、ワタシは一人でいいんデス。他人なんて、信用していないんデスよ」
淡々と、当たり前のように、アリスは言い切る。
でも僕には、どこかヤケクソに言ってるようにも見えた。
それはきっと、小太郎も同じだったんだろう。
「……じゃあ俺も、信用できないでしょうね」
小太郎はやや皮肉っぽく、掠れた笑みで言う。
「コタローは弱すぎデスから、信用もクソもないデスよ。安心してくださいデス」
「…………」
何とも言えず、複雑な表情を浮かべる小太郎。
「コタローは変デス。弱いくせに、変なところで意地っ張りデス。……でも、カッコ悪いところを見せたワタシをバカにしないデス。嫌がらないデス。今日もワタシに、付いてきてくれてるデス。だからとっても、変デスね」
(……これ、褒められてんのかね)
そう受け取っておこうよ、ここは。
(そうだな。よし……)
すると小太郎は立ち上がる。
そして体を思いっきり伸ばすと、アリスに顔を向けた。
「……ラーメン、食べに行きましょう」
「ラーメン?」
「そう、ラーメン。日本に来て、ずっとトゥインクルハートを探し回ってたんでしょ? だったらちょっとくらい寄り道してもいいでしょ」
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。昼飯食べたくらいで、トゥインクルハートは逃げません。俺の行きつけの店、奢ります。今まで頑張ったご褒美ってことで」
「ご褒美……?」
アリスの表情は、パァっと明るくなった。
「Oh! ご褒美! そこまで言うなら、遠慮なくごちそうになるデス!」
「よっしゃ。じゃあ、さっそく行きましょうか」
二人は公園を出て、小太郎一押しのラーメン店に向かう。
誰もいない道路を歩きながら、いつの間にか、アリスは小太郎の横を歩いていた。
そんな彼女は、横目で小太郎の顔を見て小さく微笑んだ。
「Ein Date mit Ramen zum Mittagessen …… ? Hihi, na ja, warum eigentlich nicht? Aber du musst mich schon ordentlich ausführen, mein lieber Gentleman(デートのお昼ご飯がラーメンかぁ……。ふふ、まあそれも悪くないかな。でも、ちゃんとエスコートしてよね、紳士くん)」
アリスは、小さく呟く。
「うん? 今なんて言ったんですか?」
「Oh! 日本のラーメン、とても楽しみと言ったんデスよ!」
「そうデスか。それは良かったデス」
またも口調が移る小太郎。
「……ところでコタロー。このままワタシの助手、ずっとしませんデスか? コタローはザコデスが、見込みあるザコデス」
「はははー、見込みあるザコ、ありがとうございます。それは給料次第ですねー」
「給料だったら割と出すデス。交渉成立デスね」
そして二人はラーメン店へと向かったのである。
――しかしこの時、小太郎は知らなかった。
この日、夜十時までトゥインクルハートの捜索を続けることになることを。
そんなことなどつゆ知らず、小太郎はラーメン店へと向かうのだった。
“つゆ”なだけに――と、せめて僕がオチを付けておこう。




