第12話 Verwandlung(変身)
「ワタシは、なんてことをしたデスか……」
翌朝、赤毛の外国人女性は見事なくらい落ち込んでいた。
そこは小太郎の自宅。
あれから、小太郎はやむなく彼女を自宅に連れ帰り、リビングに寝させていたのだが……朝になり、全てを思い出した女性は陳謝を繰り返していた。
「あー、全部覚えてるパターンですね」
「ハイ、恥ずかしながらデス……。うぅぅ、初対面の人にあのような粗相……ワタシ、オヨメに行けないデス。オムコを捕まえるしかないデスよ……」
思いの外たくましい思考してるね。
「あ、あはは……。でも、日本語が話せて助かります。俺、さすがにドイツ語はわからないんで」
「日本には仕事で何度か来てるデスから、チョットだけペラペラなのデス」
「ちょっとなのか、ペラペラなのか」
ねえねえ小太郎。
ちょっと気を許しすぎじゃないの?
相手は得体の知れない外国人だよ?
(大丈夫だって。もし危なくなったら、すぐに魔法少女化してぶちのめせばいいんだし。ヒーローの特権だな)
そんなデンジャラスなヒーローなんて聞いたこともないよ。
「ワタシ、名前をアリス・シュテルンと申しますデス。よろしくデス」
「あ、ご丁寧にどうも。俺、山田小太郎です」
「コタロー? Oh! コタロー! ショボくて覚えやすい名前デスね!」
「……日本語、お上手ですね」
顔が引き攣ってるよ、ショボいコタロー。
(うるせえ! 彼女は日本語がよくわかってないから仕方ないの! 仕方ないってことにしとくの!)
自分に強く言い聞かせてる感じが強いね。
哀れだよ、小太郎。
それにしても、彼女の話からすると、旅行目的の来日じゃないのかもしれないね。
(だな。聞いてみるか)
「アリスさん、さっき仕事で何度か日本に来たって言ってましたけど、今回もやっぱり仕事ですか?」
「はい、そうデス。少しだけ、人を探してるデス」
「人探し? ……もしや、探偵さんですか?」
そんなわけないでしょ。
どんだけ国際的な探偵なんだよ。
「タンテー? ノンノンノン! 探偵ではありませんデス! ワタシ、簡単には仕事、言えない立場なのデス!」
「言えない立場……もしや、秘密組織とか? なんつって」
「ヒミツ? そうです! ワタシ、ヒミツの実力あるデスよ! ヒミツデスけど! ヒミツを保持する実力者エージェントなのデス!」
小太郎、ごめん僕無理。
なんかもう頭がバグりそう。
「安心しろ。俺だってわけわからん。……それにしても、昨日はどうしたんですか? あんな時間に公園で酔い潰れて、色々危ないですよ?」
するとアリスは、表情を暗くさせた。
「ワタシ、探し物を見つけるのが得意、優秀なハンターデス。でも今回の相手、全然何も、わからないデス。この辺りにいるのは間違いないデスが、なぜだか、全然、居場所ちんぷんかんぷんデス」
「それで、ヤケ酒してたと……」
アリスは深く頷いた。
「ワタシ、同じ仕事の人たちから嫌われてるデス。ワタシがとても、とてもとても、凄く、超優秀ハンターデスからデス」
いや、疎まわれてるのはそういうところじゃないかなぁって。
(セルフィ、そこは聞き逃すんだよ)
「そんなワタシが、仕事失敗して帰る……きっと、とても笑われるデス。ここぞとばかりに、馬鹿にされるデス。後ろ指、背中に刺してくるです。そんなことになると、ワタシ、ワタシ……きっとワタシ、その人たちを、ぶち殺したくなるデスよ」
うーん、哀愁の中に修羅が眠ってるね。
(起こさないで。その修羅、起こさないで)
「だから、そいつは何としても見つけたいデス。しかし……どこにいるのか、今のところ全くノーヒントなんデス。こんなこと初めてデス。見つけたら、すぐにキスするくらい嬉しいことデスよ。キスしてぶちのめすデス」
あーもうこの人すんごい怖いよ。
情緒不安定すぎるよ。
(俺だって怖いから。こっちの情緒も現在進行系でブレブレだから)
「でも見つけるどころか、見ず知らずのコタローにカッコ悪いところまで見せて……ワタシのプライド、見事ポッキリデス……」
ここまで勢いが凄かったアリスは、途端に目線と肩を落とした。
どうやら心底参ってるらしいね。
(そりゃ誰でも参るだろうよ。仕事で海外に来てヤケ酒したら現地人にゲロぶっかけたとか、一歩間違えたら国際問題じゃねえか)
「まあ、体調不良なんて誰でもあることですから、俺は気にしてませんよ。とにかくアリスさん、今日はこの家に泊まっていいですから、まずは体調を整えてくださいね。人探しはそっからやりましょ」
アリスは、少しだけ視線を上げた。
「……泊まって、いいデスか?」
「はい、いいですよ。あんまりいいところじゃないですけど、遠い異国に来て大変でしょうしね。あ、でも家で酔い潰れるのは勘弁ですよ?」
「コタロー……アナタ、とてもいい人デスね。昨日の夜から、ワタシに、とてもずっと、優しい……。とても、嬉しいデス」
するとアリス、何かを閃いたように、手をポンと叩いた。
「……そうデス! いいこと思いついたデス! コタローを、臨時の助手にするデスよ!」
「ん? 助手? ……ん?」
「デスから、コタロー、ワタシを手伝うデス! ワタシの仕事場、ザコでもお手伝いする人、わんさかいるデス! コタローもなるデスよ! お手伝いのザコの人に!」
「ザコの人て」
ちょっとちょっと、違うでしょ。
小太郎ヤバいよ。完全に巻き込まれてるよ。
「そ、そっか! えと、ちょっと待ってください! 俺が助手!? いや無理ですから!」
「無理じゃないデス。コタローは、弱いけど街に詳しい。ワタシ、優秀だけど街知らない。コタローとワタシ、一緒ならちょうどいい。ハイ決まりデス」
「いやいや、勝手に決めないでくださいよ! 無理ですって! ホント、無理なんデス!」
コタロー、口調が移ってるデスよ。
「無理じゃないデス。――いいからやれ」
「あれ? なんか最後の言葉だけめちゃくちゃ流暢になってません?」
小太郎、ついに時が来たよ。
今すぐ魔法少女になってぶちのめすしかない。
じゃないとすんごい危険な香りがする。
(そ、そうだな。これは本格的に、それすらも検討しないといけないかも――)
「Oh! そんなコタローに朗報デス! ワタシ、こう見えてお金たくさん持ってるデス! もしもお手伝いしてくれるなら、ワタシ、給料出すデス!」
「なぬ!? 給料ですと!?」
小太郎は目を光らせた。
「ハイ! 日本円で……このくらい?」
メモ紙の切れ端に書かれた金額。
それを見た瞬間、小太郎は立ち上がり頭を直角に下げる。
「お手伝いさせていただきまぁす!!」
「Juhu!!(やった!) でも、一つだけ条件デス! これから話すヒミツは、絶対にヒミツなんデス! 人に喋ると、ワタシ、コタローを消さないといけなくなるデス! 誰にも言わないと誓うデスか?」
「言いませんとも! 渋沢栄一に誓って!」
「Oh! 契約成立デス! それならさっそく、まずはこれを見るデス!」
そしてアリスは、いそいそと立ち上がる。
……ねえ小太郎、そんな安請け合いしていいの?
(いいも悪いも、あの金額だぞ? しかも結果として見つからなくても俺には関係ないし。めちゃくちゃお得じゃん。受けるしかないじゃん。メリットしか見えねえよ)
メリットしか見えないんじゃなくて、メリットしか見てない気がするんだけど。
……まあそこまで言うなら止めないけど、どうなっても僕は知らないからね。
「コタロー! 準備できましたデス!」
アリスは、ドーンとテーブルの上で仁王立ちしていた。
「ええと……アリスさん? テーブルに乗るのは、はしたないかなぁって……」
「まあまあ、そう言わずによく見ておくデス。――“Verwandlungッ!!(変身ッ!!)”」
刹那、アリスの足元に魔法陣が浮かび上がり、彼女の周囲にオレンジの光の帯が現れた。
「なッ――!?」
小太郎が動揺して立ち上がる中、帯はアリスの体を包み込み、その髪は橙色となる。
そして彼女は、舞い降りた。
「ワタシ、実は、魔法少女ステラハートなのデス! そして標的は、謎の魔法少女トゥインクルハート! 今度こそ必ず見つけ出し、ぶちのめしてひっ捕まえるデスよ! コタロー、これからよろしくデス!」
「…………」
無の時が流れる。
遠くから、犬の遠吠えだけが聞こえていた。
「……とりあえず、テーブルから降りましょうか、ステラハートさん」
辛うじて声を絞り出す小太郎。
しかしその顔は、ムンクの叫びの如く歪みまくっていたのだった。
……だから言ったのに。




