2-4 捜査の分岐
「結局、よく分かりませんね」
グレナート伯爵家を辞し、玄関から少し離れたところでビオンが独り言のように呟いた。
誰からも返事はなかったが、ビオンは気にした様子もなく当然のように話を続けた。
「だってそうでしょう? 隠していたのは、令息が屋敷を抜け出したこと。それは分かりましたけど、逆に言えばこれまで引っかかっていたことはそれで説明できてしまうじゃないですか」
「当主の話が本当なら、深夜一時頃までは生きていたことになります」
セリアもまた、自分の中で考えを組み立てるように口を開いた。
「ですがそれが分かっても、夜会の最中に毒を口にした可能性はまだ残ります。飲んですぐに具合が悪くなるとは限りませんし……夜会が始まってからの令息は、ずっと普通ではなかったとも言えます。様子だけでは、いつ毒を口にしたのかは判断できません」
「結局、家ぐるみで隠す気なら、どうとでもできますしね」
ビオンは歩きながら腕を組み、庭園脇の道に視線を落とした。
「恋人は約束の場所に来なかった。なら、失意のまま自ら毒を飲んだということもあるんでしょうか。贈り物も、帰り道で捨てたとか」
「だとしても、なぜ鼠を殺すための毒を選んだのかが分かりません。屋敷には置いていなかったそうですし、事前に手に入れていたのなら……ほかに手に入るものがなかったのか、それとも、もともとは別の目的で用意していたのか」
二人の言葉は、互いに返しているようでもあり、それぞれが勝手に考えを口にしているだけのようでもあった。
一行は前庭を抜け、二台の馬車が待つ車寄せにたどり着いた。
少し先を歩いていたアルベルトはそこで足を止め、肩越しに二人を振り返る。
「我々の役目は、思いつきだけで答えを出すことではない。分からないことがあるなら、引き続き事実を集めて確かめる」
その声を聞くなり、セリアは背筋を伸ばし、先ほどまでの思案顔を引き締めた。
待っていた御者たちが姿勢を正し、そのうちの一人が馬車の扉に手をかけた。
「では、次は何を?」
「金の流れ、過去の因縁、揉め事、婚約に定められていた条件。何でもいい。令息の死に繋がり得るものは、すべて確かめる。家同士の契約や公的な記録については、私から王室司法院に照会しよう」
「承知しました」
アルベルトは開かれた馬車の扉には向かわず、次に確かめるべき相手を思い浮かべた。
「恋人から事情を聞くには……王太子府を通す必要があるか。面倒だな」
わずかに顔をしかめたものの、すぐに考えを切り替え、セリアとヴァルシークに向き直った。
「セリア、ヴァルシーク。先にエルヴェイン伯爵家に向かえ。相手は高位貴族だ。二人で任せられるか?」
「問題ありません」
ヴァルシークが落ち着いて答え、その隣でセリアも頷いた。
二人の反応を確かめると、アルベルトはなおもその場で思考を巡らせた。
「あとは令息がいつ、どこで毒を手に入れたのか。本人が用意したのでなければ、誰がローデンを持ち込んだのか。毒そのものの流れを辿る必要もある」
「ですが……」
セリアは少し考えてから、慎重に疑問を口にした。
「どこにでも生えている草ではないとはいえ、鼠を駆除する毒として売られているものですよね。王都中の売買を確かめるとなれば、相当な数になります。下町では誰が買ったかまで記録していない店も多いでしょうし、どこから手を付けますか?」
「まずはグレナート家とエルヴェイン家、それに両家に出入りする者に絞る。王都警備隊に協力を依頼し、貴族を相手に商いをしている薬種商や商会から当たらせろ」
方針が定まると、セリアの表情がわずかに明るくなった。
「はい!」
指示を受けたセリアとヴァルシークは一礼し、先に扉の開かれていた馬車に向かった。二人が乗り込むのを見届けたアルベルトも、残されたもう一台に足を向ける。
その後ろには、当然のようにビオンが続いていた。
「それから……ビオン」
「私は何を?」
すぐに問い返したビオンを見ながら、アルベルトはわずかに迷った。
「お前は、しばらく特務調査局と行動を共にしろ」
「は?」
ビオンは一瞬だけ目を丸くし、足を止めた。
「王太子殿下からも、互いに力を合わせるよう命じられている。捜査への協力という名目もあるし、実際、近衛の権限が必要な場面もあるだろう。向こうの捜査に加わり、得た事実をこちらに報告しろ」
命令を聞き終えても、ビオンはすぐには返事をしなかった。 やがて何とも言えない顔で聞き返す。
「それ、間者になれってことですか?」
「ただ見張っていろというだけだ」
アルベルトは平然と言い切った。
「またあんな隠し事をされてはかなわんからな」




