2-3 あの夜のグレナート家
前日にもう1エピソード、2-2を投稿しております。
翌日、アルベルトたちは再びグレナート伯爵家の王都邸を訪れた。
先触れを出しておいたため玄関先で長く待たされることはなく、ほどなく前回と同じ応接室へ案内される。グレナート伯爵はすでに席についており、一行が入ってくるのを見ると、疲れの残る顔にわずかな苦笑を浮かべた。
「今度は何ですかな、グランツ卿」
「たびたびお手数をおかけします」
アルベルトは本気で咎めている様子ではないと見て、その皮肉を受け流す。そのまま向かいの席に腰を下ろすと、ひと呼吸置いて本題に入った。
「これまでに集めた証言を照らし合わせたところ、あの夜、ご子息が屋敷の外で目撃されていたことが分かりました。ちょうど、伯爵からは『自室で謹慎していた』と伺っていた時間帯です」
アルベルトは言葉を切り、向かいに座る伯爵に視線を据えた。
しかし返ってきたのは短い「ふむ」という声だけで、その表情にも動揺は見られない。
その反応から伯爵がこの事実をすでに知っていたと察し、アルベルトは問い方を変えた。
「単刀直入に伺います。あの夜、ご子息は本当にこの屋敷におられたのですか。あなたは深夜になって、謹慎させる部屋を自室から奥の部屋に移している。ご子息が屋敷に戻ったのは、その時だったのではありませんか」
「……まさか貴族の子息ともあろう者が、謹慎を命じられた身で窓から逃げ出すとは思わなくてね。最初からあちらに入れておけばよかったのだが」
ヴァルディオは言い逃れをするでもなく、あっさりと認めた。そのあまりに淡々とした返答に、応接室には短い沈黙が落ちる。
「……なぜ、それを話してくださらなかったのですか?」
疑問を抑えきれず声を上げたセリアに、伯爵は訝しげな目を向けた。
「なぜ、と言われてもな。貴族家としてそのような醜聞を外に漏らすわけにはいかんだろう。君も貴族の娘なら、分からぬ話ではあるまい」
「しかし、私たちはご子息が亡くなった理由を調べているのですよ?」
セリアは手を握りしめ、なおも食い下がったが、ヴァルディオの態度は変わらなかった。
「あの外出が息子の死に関わっていたとして、それを進んで言い立てて何になる。婚約者を捨ててまで入れあげた女に毒を盛られたのか? それとも、外で飲んだ酒にでも当たったのか? 理由が分かったところで、当家に新たな恥が増えるだけではないか」
「それは……ですが……」
「まさか、あの女とは無関係の何者かが、あの夜に限って息子を害したとでも言うのかね?」
それは否定しきることこそできないものの、現実味のある話とも思えなかった。
仮にそうだったとしても、王家から謹慎を命じられた夜に屋敷を抜け出し、外で命を狙われたという醜聞が残ることに変わりはない。浮気相手に殺されたと噂されるよりは、まだましかもしれないが。
「当家としては、近衛騎士団にできる限り協力しているつもりだ。息子の遺体も王宮に預け、屋敷の者から事情を聞くことも許し、こうして再度の訪問にも応じている。私はただ、家の内に留められる恥を一つ隠しただけだ」
ヴァルディオは背筋を伸ばしたまま、セリアを真っ直ぐに見据えた。
「それが結果として近衛の働きを妨げたというのであれば、その点については謝罪しよう」
堂々とした態度でそう言われ、セリアは初めて自分が相手に何を求めていたのかに気づいた。
死の理由を確かめる側からすれば、それに関わりうる事実をすべて明かすよう求めるのは当然だったし、隠されたことへの怒りも消えてはいない。
だが、現状では罪を疑われているわけでもない家の当主に、求められてもいない家の恥まで自ら差し出せと迫ったのは、確かに行き過ぎと取られても仕方がなかった。
セリアはなおも何か言いかけたが、やがて唇を引き結んだ。
「いえ……出過ぎたことを申しました。こちらこそ、申し訳ありません」
二人のやり取りを涼しい顔で見届けていたアルベルトは、セリアの謝罪をそれ以上取り上げることなく、すぐに話を戻した。
「では、あの夜に本当に起きたことを教えていただけますか」
ヴァルディオは少し呆れたように彼を見たものの、答えを拒みはしなかった。
「といっても、先に話したことの大筋は何も変わらんよ。自室で謹慎しているはずの息子を、使いに出した家の者が見つけた。連れ戻された息子を目の前にした時、私がどのような気持ちだったか君に分かるかね」
「見つけたのは屋敷のすぐ近くですか?」
「ああ。門からそう離れていない場所だったと聞いている。その者は人目につかぬよう急いで息子を連れ戻し、そのまま私のもとに連れてきた」
「その時、ご子息を強く叱責されたのですね」
「ああ……そうだったな。外まで聞こえていたか」
ヴァルディオは苦い顔で息を吐き、椅子の肘掛けに置いた手に力を込めた。
「さすがに我慢がならなかった。あれほど言い聞かせたうえ、王家から直々に謹慎まで命じられていながら、平然と屋敷を抜け出したのだからな。叱りつけた後、すぐに奥の部屋に閉じ込めた」
「それで、見張りも替えた」
「息子を逃がした者を、そのまま扉の前に置く気にはなれなかったのでね。もっとも、窓から逃げ出す可能性に思い至らなかったのは私も同じだ。その者だけを責めるのは不当だったかもしれんが、あの時は頭に血が上っていた」
「お気持ちは分かります。それが深夜一時頃だったと」
「正確な時刻までは覚えていないが、そのくらいだったと思う。口止めしたのは、息子が屋敷を抜け出していたことだけだ。それを知る者も一部に限られている。それ以外については、屋敷の者が話した内容に偽りはないはずだ」
リディアとの約束は二十三時であり、別邸から屋敷までは、ゆっくり歩けば一時間ほどかかる。彼女が来ないと分かってすぐに引き返したとは限らず、途中で別の場所に立ち寄っていた可能性も残る。
いずれにせよ、深夜一時に屋敷の近くに戻っていたこと自体は、さほど不自然ではなかった。
「戻られた時、ご子息の様子は?」
「どこに行っていたかは、最後まで言わなかった。だが、戻った時には顔色も冴えず、さすがに懲りたのか今度は言い返しもせず大人しく命令に従ったよ」
アルベルトはその言葉を頭に留め、静かに頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
「もうよいかね?」
ヴァルディオは背もたれに身体を預け、これ以上語ることはないという態度を見せた。
「そうですね。お時間を取らせました」
アルベルトは席を立ち、部下たちもそれに続いたが、扉に向かいかけたところでふと歩みを止めた。
「一つだけ」
振り返る彼に、ヴァルディオが怪訝そうに眉を上げる。
「屋敷に戻った時、ご子息は何か持っていませんでしたか?」
「何か?」
思いもよらないことを尋ねられたように目を瞬かせ、伯爵はしばらく記憶を探った。
「いや……何も持っていなかったと思うが」
「そうですか」
それだけを確かめると、アルベルトは今度こそ一礼し、部下たちを連れて応接室を後にした。




