1-4 報告会1
登場人物が増えてきたため、簡単な人物紹介を置いておきます。
(8/24 なぜか人物紹介のビオンとヴァルシークが逆になってました。ほんとになんで……?)
アルベルト・グランツ
近衛騎士団副団長。事件の捜査を指揮する。
リゼリアーナ・カルディス
王太子府特務調査局局長。
セリア
若い女性騎士。アルベルトの副官の一人。
ビオン
若い男性騎士。アルベルトの副官の一人。
ヴァルシーク
年嵩の男性騎士。アルベルトの副官の一人。
ユリディス・グレナート
グレナート伯爵家嫡男。婚約破棄を宣言した翌朝、死亡。
クラリッサ・エルヴェイン
エルヴェイン伯爵家次女。ユリディスに婚約破棄を宣言された。
ディートリヒ・エルヴェイン
クラリッサの兄。第二王子ラウレンスの側近。
ラウレンス・レーヴェン
第二王子。王太子の弟。婚約破棄が起きた夜会の主催者。
その日の夕刻、グレナート邸で取り決めたとおり、アルベルトたちは王宮内にある近衛騎士団の一室で再び顔を揃えていた。
そこは普段から会議に用いられている部屋で、中央には大きな長卓が据えられ、その周囲を背もたれの高い椅子が囲んでいる。壁際には書記のための小机があり、窓から差し込む傾いた光が、使い込まれた卓面に細い傷を浮かび上がらせていた。
長卓の一方には、アルベルトと三人の部下が並び、調査に同行した数名の団員も末席に着いていた。並の者なら相当な威圧感を覚える光景だったが、対する側にただ一人で座るリゼリアーナには少しも気圧された様子はなかった。その背後には、護衛の男が静かに控えている。
「まずは両家の家格と、これまでの関係から確認しておきましょう」
最初に口を開いたヴァルシークが、前提となる事柄を手短に整理した。
グレナート家とエルヴェイン家は、ともに古くから続く伯爵家であり、家格もほぼ等しい。領地が近いこともあって以前から関係は良好だった。グレナート家嫡男ユリディスと、エルヴェイン家の次女クラリッサとの婚約は、両家にとって順当なものと言えた。
また、ユリディスには兄弟はおらず、グレナート家からの参加者は両親を含めて三人だけだった。一方エルヴェイン家からは、クラリッサの兄で、第二王子ラウレンスの側近を務めるディートリヒも昨夜の夜会に出席していた。
「あれ、ディートリヒ殿に婚約者はいらっしゃらないんですか」
「ああ。年齢を考えれば少し遅いといえるが、伯爵家の後継者で第二王子の側近となれば慎重にもなるだろう。不自然というほどでもないな」
ビオンの疑問にアルベルトが答え、ヴァルシークも静かに頷いた。セリアだけは軽くアルベルトに目を向けたが、口を開くことはなかった。
前提をひととおり整理したところで、ヴァルシークは周囲の顔を見回した。この場にいる者なら、いずれも承知していて当然の話だ。皆、黙って続きを待っていた。
ビオンだけは興味深そうに頷いていたが、ヴァルシークはそれには構わず、話題を昨夜の夜会に移した。
「八日に開かれたのは、ラウレンス殿下が定期的に催している宮廷夜会です。王都で家族と暮らしている貴族を招き、親交を深めるための場ですな。あのような騒ぎさえなければ、ユリディス殿とクラリッサ嬢にとっても、婚姻を前に二人を披露する場の一つとなっていたのでしょうが」
口元に浮かんだ笑みには、いくらか皮肉が混じっていた。
「警護に当たったのは、当然、近衛騎士団ですね?」
「ええ。当日の警護に就いていた者からも話を聞いております」
リゼリアーナの問いに、ヴァルシークは頷くと、夜会の始まりから順に報告を続けた。
夜会は十九時、第二王子ラウレンスの挨拶をもって始まった。しかし、その言葉が終わって間もなく、ユリディスが婚約破棄を宣言した。
その直後、クラリッサの母マルセリアが悲鳴を上げ、ディートリヒに縋りつくようにして崩れ落ちた。ディートリヒは母親を支え、エルヴェイン伯の指示で退席した。
その伯爵も婚約破棄を糾弾するどころではなくなったのか、ラウレンスに断りを入れ、クラリッサを伴って広間を去っている。
「それは、さぞ大騒ぎだったでしょうねえ」
ビオンが、その場を見られなかったのを惜しむように相槌を打ち、隣に座るセリアに冷ややかな目を向けられた。
もっとも、本人に悪びれる様子はなかったが。
残されたグレナート伯も一同に非礼を詫び、ユリディスを連れて退席した。
その後、ラウレンスも急な所用を理由に、進行を側近に預けて一時席を外している。
「急な所用、ですか」
リゼリアーナの口元に、隠す気もない笑みが浮かんだ。
その反応を見て、夜会の出席者の大半も同じことを考えただろうとアルベルトは思ったが、口にはしなかった。
「では、その後の夜会はどうなったんです?」
「中止にするわけにもいかず、予定通り続けられたそうです」
「それはそれは……さぞ華やかな夜になったでしょうね」
主催者も、婚姻を控えた二人も、その家族も姿を消した。その後、残された者たちがどのように夜会を過ごしたかは想像に難くない。話題に困らなかったことだけは確かだろう。
退席した両家には、王宮内にそれぞれ控室が用意されていた。
警護の近衛といっても、招かれた各家の控室にまで常時人を置けるわけではない。そのため詳しい動きまでは把握できていないが、両家の控室周辺では、しばらく慌ただしい状態が続いていたという。
その後、グレナート家には王家から、ユリディスの謹慎と翌朝の王宮への出頭が命じられた。
「夜会の間、令息が何か口にしていたかは分かるか?」
「今のところは分かりません。少なくとも、飲食する姿を見たという近衛はいませんでした。酒か水くらいは口にしていそうなものですが」
アルベルトは腕を組み、昨夜の広間を頭の中に描いた。
多くの貴族が行き交う夜会である。王族ならばともかく、招待客の一人にすぎない伯爵令息が、いつ何を口にしたかまで注意を払っていた者はいないだろう。
「それで、両家が王宮を辞したのは?」
「ほぼ同じ頃です。鉢合わせぬよう、馬車を回す順をずらしたそうです。どちらも二十時の鐘の前後でした」
「破棄の宣言が、ほぼ十九時。王宮を出たのが二十時か」
アルベルトが時刻を確かめるように呟くと、それまで黙っていたセリアが姿勢を正した。
「王宮を出た後については、私から報告します」
ヴァルシークの後を引き継いだセリアは、卓上に広げていた覚え書きを手元に引き寄せた。
「エルヴェイン家にはまだ詳しい事情を伺えていませんが、グレナート家については、昨夜から今朝までの動きをおおよそまとめられました」
ユリディスと両親が王都邸に戻ったのは、二十時半頃だった。御者や同行した使用人の話によれば、王宮からまっすぐ帰宅しており、途中でどこかに立ち寄ってはいない。
帰宅後、ヴァルディオが息子を激しく叱責する声を、多くの使用人が耳にしていた。
実際にその場に居合わせた者は限られるが、騒動の内容はすぐに邸内に広まり、その夜のうちに、ほとんどの者が知るところとなった。
問い詰められたユリディスは、婚約を破棄した理由を「真実の愛に生きるため」と繰り返した。
相手の女性との今後や、次期当主としての立場についても話が及んだが、家督を失っても構わないと答えたという。
「馬鹿ではあるが、覚悟だけはあったらしいな」
感心する気にはなれないが、何一つ失わずに望みだけを通そうとしていたわけではないらしい。もっとも、自らが失うものへの覚悟はあっても、両家や婚約者に負わせる損失まで理解していたかは疑わしいが。
結局二人の話は最後まで噛み合わず、ヴァルディオは翌朝の王宮への出頭を改めて命じたうえで、ユリディスに自室での謹慎を言い渡した。二十一時を少し回った頃のことで、彼が自室に入るところは幾人かの使用人が見ていた。
「待て。自室だと?」
アルベルトが顔を上げると、セリアは確信をもって頷いた。
「遺体が見つかった、あの部屋ではないのか?」
「違います。最初に命じられたのは、あくまで本人の部屋での謹慎でした。扉の前には、その時点から見張りも置かれています」
アルベルトは腕を組み直し、別の問いを口にした。
「令息が自室に入った後の様子は?」
「確かめた者はいません。扉の前にいた見張りも、令息が中に入ってからは一度も姿を見ていないそうです。なお、その見張りは深夜一時頃に役目を解かれています」
「どういうことだ。交代したのか?」
「本人は、なぜ役目を解かれたのかは分からない、と答えています。ただ、返答は歯切れが悪く、何か思い当たることがあるようにも見えました」
「まさか見張りが毒を盛ったというわけでもあるまいが……何か失敗でもしたか?」
「居眠りでもしたのかもしれません。本人は否定していましたが」
セリアも、その否定を鵜呑みにはしていなかった。見張りが役目を解かれた理由が令息の死に関わるとは限らないが、深夜一時という時刻を考えれば見過ごすこともできなかった。
「気にはなるが、続きを聞こう」
セリアは頷き、報告を続けた。
「同じ頃、別の使用人が、遺体の見つかったあの奥の部屋を見張るよう命じられています。その者は、ユリディス殿が中に入るところを実際に見ています」
「つまり、そこで令息の謹慎場所を変えたのか。伯爵は何と?」
「令息の処分を重くし、あの部屋に移したそうです」
「深夜一時にか?」
「そうなります」
「だとしても、令息に命令を伝えた者がいるはずだ。部屋まで付き添った者も」
「それが、名乗り出た者はいませんでした」
「自室の前にいた見張りは?」
「任を解かれた後の事は知らない、と」
「その後に部屋を移動したとすれば、筋は通るが……」
それを聞いた卓を囲む者たちは、揃って眉をひそめた。だが、ユリディスが部屋を移した経緯については、今ある情報だけでは推測の域を出ない。アルベルトは一同を見回したが、口を開く者はいなかった。
しばらく待ってから、セリアは報告を続けた。
奥の部屋を見張るように命じられたのは、今朝アルベルトたちが扉の前で話を聞いた使用人である。本人によれば、夜明けまで扉の前を離れず、ほかに出入りした者もいなかった。中から人を呼ぶ声や、扉を叩く音も聞かなかったという。
さらに、屋敷に戻ってからユリディスが何かを口にした形跡も、今のところ見つかっていない。厨房では夕食と、その後に出す軽い食事を普段より多めに用意していたが、彼のもとに運ばれたものはなかった。
「屋敷に戻ってからは、何も食べていないということか?」
「夜会から帰るなり叱責され、そのまま謹慎を命じられています。令息自身も食事を求めず、ご家族は簡単な食事を取りながら、王家への返答や今後の対応を話し合っていたようです」
「忘れられてたんじゃないですかね」
ビオンが遠慮なく言うと、セリアも否定はしなかった。
「厨房の者たちも、誰かが運ぶものと思っていたようです」
「謹慎中ならば、命令もなく食事を運ぶわけにもいかんでしょうしな」
あれだけの騒ぎの直後なら、結果としてユリディスに食事が運ばれなかったとしても不思議ではない。当人にも食欲がなかった可能性はある。
何も食べなかったこと自体は不自然とは言い切れないが、毒が口から入ったとすれば、摂取の機会はさらに限られてくる。
ユリディスの自室には水差しと杯が用意されていた。これは令息が夜会に出ている間に、部屋を整えた使用人が置いたものだという。水は減っていたが、いつ飲んだものかまでは分からない。
「その水差しは?」
「中身を残したまま、遺体と共に王宮医務局に運ばせました。杯は空で、見たところ異常はありませんでしたが、そちらも同様に」
「結構。水から毒が見つかれば話は早いが、果たしてそう都合よくいくか……。令息が夜会に出席していた間、自室に入った者はいるのか?」
「水差しを用意した使用人が退出した後、部屋に入ったと名乗り出た者はいません。出入りを見た者もいないそうです」
一方で、遺体の見つかった奥の部屋には、食べ物も水差しもなかった。普段から人が暮らす場所ではなく、窓もない。謹慎させるには都合のよい部屋だった。
それから先は、今朝あの場で聞いた通りだった。六時頃、王宮への出頭に備えて起こしに行ったものの返事がなく、扉を開けると、ユリディスはすでに息を引き取っていた。ほどなく医師が呼ばれ、死亡が確認された。
アルベルトは卓上に視線を落とし、指先で木目をゆっくりとなぞった。
もちろん、グレナート家が一体となって事実を隠しているなら、証言を揃え、出入りを伏せることもできるだろう。だが、今のところは可能性にすぎない。
部屋を移した経緯、深夜に任を解かれた見張り、誰にも姿を見られていない時間。自室の水は減っていたが、屋敷に戻ってから食事を取った形跡はない。
不審な点はいくつかあるが、それが家ぐるみの企てを示す証拠とは言えなかった。
セリアの報告が終わると、ヴァルシークが屋敷の見取り図を卓上に広げた。
彼が調べたのは、屋敷の周囲と、昨夜から今朝にかけての出入りだった。
屋敷は貴族邸宅らしく高い塀に囲まれており、正門では訪問者や使者の出入りが記録されている。
「昨夜は伯爵家も対応に追われ、使者の出入りが多かったようです。しかし、記録に残された者の身元はすべて確認できました。こちらがその記録です」
「預かろう。正門以外に、屋敷に出入りできる場所は?」
屋敷には正門のほかに、使用人や品物を運ぶ者が使う通用門がある。ただ、昨夜は夕刻の納品を終えたあとに閉じられ、それ以降は一度も開けられていなかった。
普段から夜間は鍵が掛けられ、必要があれば内側の担当者が開けることになっている。昨夜は使者の出入りが多く、混乱を避けるため、すべて正門を使わせていたという。
通用門の担当者と夜番にも確認したが、扉を開けた者はいなかった。朝に役目を引き継いだ者も、錠も閂も前夜のままだったと答えている。
「周囲を高い塀に囲まれた貴族邸宅で、表も裏も怪しい出入りはなし。外からの侵入は不可能ではないにせよ、疑う材料は今のところありませんな」
「そうだな。少なくとも、侵入者の姿を追うのは後でいい」
その言葉を待っていたかのように、ビオンが手元の紙束を持ち上げた。
「では、次は私から。邸内に毒として使えそうなものがないか確かめておきました」
令息宛ての荷物や手紙にも、不審なものはなかった。
厨房にも傷んだ食材はなく、そもそも先ほどの報告どおり、帰宅後のユリディスには何も運ばれていない。
邸内にある薬品や薬草、害獣の駆除に使うものなど、毒になり得るものは一通り洗い出した。いくつか該当するものはあったが、いずれも用途や保管量に不審な点はない。ローデンも屋敷内にはなかった。
「こちらがその一覧です。屋敷の医師によれば、どれもユリディス殿の症状とは合わないそうです」
「分かった。こちらでも王宮医務局に確認を取ろう」
この報告どおりなら、屋敷にあった薬品や食材が原因とは考えにくいということになる。
「そのほか、昨夜の屋敷の様子についても、ひと通り確かめておきました」
矢継ぎ早に指示が出され、使者が何人も出入りした。急いで一室を整えさせたものの、結局使われなかったという話もある。中には門を出た直後に呼び戻された者もいたという。深夜には、当主の怒鳴り声を聞いた者までいた。
ほかにも昨夜の屋敷の混乱をうかがわせる証言は多くあったが、屋敷内で見慣れない者を見たといった、目立って怪しいものはなかった。
王宮で起こした騒動を収め、翌朝までに王家への返答を整えなければならないのだから、屋敷中が混乱するのも無理はない。
アルベルトは報告書を卓に置き、先ほどから意識に残っていた一点に考えを戻した。
「やはり気になるのは部屋を移したことですか」
「そうだな。自室で謹慎させていた者を、なぜ日付が変わってから、わざわざあの部屋に移した?」
「何か、伯爵を怒らせるようなことでも言ったんじゃないですか? 酒でも持ってこい、とか」
「その間、当主は今後の対応を協議していたのですよね。そこで何かあったのかもしれません」
部下たちが口々に考えを述べる間、アルベルトは指先で卓を軽く叩きながら、それぞれの可能性を吟味していた。
そんな中、それまで静かに話を聞いていたリゼリアーナが、不意に口を開いた。
「深夜に聞こえたという怒鳴り声は?」
「ええと……」
突然話を向けられたビオンは、手元の紙を慌てて繰りながら答えを探す。
「何かを叫んでいた、という話だけで、内容までは聞き取れなかったそうです」
「時刻は?」
「深夜、としか。そこまで詳しく確かめてはいません」
紙をめくる指が次第に頼りなくなり、ビオンの声もわずかに尻すぼみになる。だが、リゼリアーナはそれ以上追及せず、今度は別の問いを投げかけた。
「遺体が着ていた服は?」
「はあ?」
ビオンが怪訝そうに顔を上げる。
「夜会の礼装ではありませんでした。令息は自室で着替えたのでしょう?」
「当然だろう」
「そのまま休むにしては、随分と整った服装でしたが」
「着替えた時点では、まだ休むつもりがなかったのだろう。あの部屋に移されてからは着替えもなかった。そのまま横になったとしても、不思議はない」
「それはそうですね」
そう答えたきり、リゼリアーナは黙り込んだ。意図を測りかねたアルベルトが、問いを重ねる。
「一体、何を気にしている?」
「んー」
リゼリアーナはすぐには答えず、侯爵令嬢にあるまじき気の抜けた声を出しながら、考えをまとめるように卓上に並べられた書き付けに視線を落とした。
「二十一時を過ぎた頃に令息は自室に入り、一時頃に別の部屋に移された。その間、誰も令息の姿を見ていない」
「はい。ただ、謹慎を命じられていたのですから、それ自体は不自然ではないと思いますが」
セリアは、リゼリアーナが何を問題にしているのか掴みきれないまま答えた。
「そうですね。けれど、そもそも令息は本当にその間ずっと屋敷にいたのでしょうか?」
一瞬、誰もがその問いをどう受け取るべきか測りかねた。
「伯爵家の者が、令息をどこかに連れ出したと?」
「深夜に、わざわざですか? 翌朝には王宮への出頭を命じられていたというのに」
アルベルトに続き、セリアも疑問を口にする。ヴァルシークも訝しげに眉をひそめた。
「自室の前には見張りがおり、門にも怪しい出入りはなかった。本人が勝手に抜け出したとも考えにくいですな」
だが、リゼリアーナは騒がず、聞き分けのない相手を諭すような穏やかさで言葉を返した。
「そうですか? 彼は勝手に夜会で婚約破棄するような人ですよ?」
その一言で、反論は止まった。
「だが、自室の前には見張りがいた。……いや、先ほど報告にあった歯切れの悪さは、それか?」
「扉から出たとは限りません」
「窓から抜け出したと? 自室は三階だぞ」
そう言いながらも、アルベルトは卓上の見取り図に目を落とした。自室の窓の外にはテラスがあり、そこから張り出した屋根に移ることはできそうだ。貴族令息の行動としては非常識この上ない。ましてや、彼は謹慎中なのだ。それでも、確かに不可能ではなかった。
アルベルトは何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わなかった。ほかの者たちからも言葉は上がらず、しばし、見取り図を囲んで沈黙が続いた。
「では、その可能性を確かめましょう」
真っ先に動いたのはセリアだった。
「窓から屋根に移ることはできそうですな。危険ではありますが、問題はその先です。門を通らずに塀の外まで出られる経路があるのか、もう一度屋敷を調べてみましょう」
ヴァルシークが卓上の見取り図を引き寄せる。
「私は屋敷の周囲で、昨夜令息の姿を見た者がいないか確かめます。許可をいただけますか」
「そうだな。まずは邸宅の周辺を中心に当たれ」
アルベルトが許可を与えると、リゼリアーナは満足そうに小さく頷いた。
「表向きの理由は、謹慎中に勝手に屋敷を抜け出していなかったか確かめるため、ということでよいでしょう」




