5-1 消えた贈り物
犯人を捕らえたとの報が届いた時点で、アルベルトたちが進めていた再調査は事実上止まっていた。
もちろん、特務調査局が誰かを捕らえたというだけで、事件の決着がつくわけではない。その人物が本当に犯人なのか、どのような証拠で捕らえたのかを確かめ、正式な手続きを進めるのは、事件を預かる近衛騎士団の役目である。
しかし、一方的に報せを寄越されてそれで済ませるわけにはいかない。アルベルトは翌朝、話を聞くために直接リゼリアーナを呼び出した。
近衛騎士団の会議室には、事件が始まって以来何度も同じ長卓を囲んできた面々が揃っている。アルベルトの左右にはセリア、ビオン、ヴァルシークが座り、向かい側にはリゼリアーナ、その背後にはいつもの護衛が無言で控えていた。
だがリゼリアーナは、呼び出された理由など分かりきっているだろうに、いつもと変わらない様子で席に着いた。そして普段は用意されていない茶器に目を向けると、軽く首をかしげる。
そののんびりとした様子に苛立ちを覚えたアルベルトは、挨拶も抜きに本題に入った。
「それで、お前が捕らえたという犯人は誰なんだ」
「ネリアさんです」
あっさり告げられた名に、アルベルトは記憶を探ったが、事件関係者にその名は思い当たらなかった。左右を見れば、三人の部下も同じらしく、互いに困惑した視線を交わしている。
「ネリア……? それは誰だ?」
「ベルタ菓子店の娘さんですよ」
リゼリアーナは、それで説明が済んだと思っているらしい。首をかしげて見返す彼女に、アルベルトは堪えきれず卓に手をついた。
「だから、その菓子店も知らん! どこから突然、そんな店が出てきた!」
この調子で一つずつ聞いていては埒が明かない。そう判断したアルベルトは、苛立ちを抑えて言い直した。
「最初から話してくれ」
「え、最初からですか? 事件の最初というと……」
リゼリアーナはわずかに目を見開くと、どこまで遡ればよいのか真剣に悩み始めた。
先ほどの二言だけで伝わると、本気で考えていたのだろうか。まさかとは思うが、この相手ならばあり得る。
その悩み方を見ているうちに、アルベルトは嫌な予感を覚え、質問を変えた。
「捜査の、最初からだ。どうやって犯人に辿り着いたのかを話せ」
「どうやってと言われましても……」
リゼリアーナはまた少し考え込み、やがて思いついたように顔を上げた。
「ああ、そうだ。プレゼントです。見つからなかったでしょう?」
「プレゼント……?」
捜査の最初からと求めたはずが、出てきたのは行方の分からない贈り物の話だった。だがアルベルトは文句を言うより先に、特務調査局が別邸を調べなおしていたことを思い出した。
「令息が恋人に贈るつもりで、オルディナ宝石店から受け取った品のことか。包みの残骸が、別邸の暖炉から見つかったという……まさか、その宝飾品に毒が仕込まれていたのか?」
「まさか。ローデンは触れただけでは害になりません。装身具に塗ったところで口に入る量は僅かでしょうし、そもそも恋人に贈る品を、令息自身が身につけるとも思えません」
それは、言われるまでもなく当然の話だった。だからこそアルベルト達も、贈り物が見つからないことは把握しながら、事件に深く関わるものとは考えなかった。
落としたのか、どこかに置き忘れたのか、誰かに渡したのか。あるいは自分で隠したり、処分した可能性すらある。贈り物の行方など、いくらでも説明はつく。そのどれだったかを確かめるのは難しく、見つからないというだけでは毒殺との関わりを疑う理由にはならなかった。
「では、どういうことだ」
「令息とリディアさんが出会った時の話を、知っていますか? 下町では結構知られていましたよ」
贈り物と事件の繋がりを尋ねたはずが、答えはまた見当違いに思える方向へ進んだ。
「知っている。建国祭の火事で、令息が彼女を助けたという話だろう。だが、それがどうした」
「その話に出てくるでしょう?」
知っているのなら、なぜそこに思い至らないのか。リゼリアーナの表情には、そんな疑問が浮かんでいる。
火事の中からリディアたちを救い出したユリディスは、騒動の中で崩れてしまった菓子を見せた。近くの菓子店の娘が代わりのものを持ってきて、三人で分け合って食べた。その出来事が、ユリディスとリディアの関係の始まりになったという。
リゼリアーナが下町へ人を送り、その話をわざわざ確かめさせていたことも覚えている。
しかし、そこから殺人へと繋がる道筋までは見えなかった。アルベルトが黙ったまま答えを探していると、リゼリアーナは今度こそ、最初から順に説明する必要があると理解したらしい。
「三人で食べたグラネは、建国にまつわるお菓子です。そして、リディアさんには思い出もありました。自分で仕立てた品が初めて売れ、その代金で家族に買って帰ったのです。さらに令息とリディアさんにとっては、二人の恋が始まった日に食べた菓子でもある」
リゼリアーナは卓を囲む面々の表情を確かめながら、説明を途切れさせることなく続けた。
「令息は家も身分も失う覚悟で、リディアさんと新しい人生を始めようとしていました。ロマンティストの令息なら、二人の新たな門出に何を贈るでしょうか? 高価な宝石より、ずっとふさわしいものがあります。この国の始まりにも、彼女の生活の始まりにも、二人の恋の始まりにも、グラネはそこにあったのですから」
「まさか……」
ようやく話の意味に思い至り、アルベルトは思わず卓に身を乗り出した。
「贈り物の中身はグラネだったのか!? だが、令息が受け取ったのは宝石店だぞ!」
「オルディナ宝石店は、今では宝石だけを扱う店ではありません。女性向けに用意された装飾品を特別な箱や布で包む。そうした仕立てで評判になった店です。普段は別の店の品を包装することはしませんが、令息から頼まれ、特別に引き受けたそうです。素朴な菓子をそのまま贈るだけでは格好がつかないと思ったのでしょう。中身は思い出のグラネ、包みだけは王都でも名高い店のものにする。いかにも、あの令息が考えそうなことです」
オルディナ宝石店が、贈答品の仕立てで名高いことは知っていた。だがアルベルトは、その名に引きずられ、店で受け取った以上、中身も当然宝飾品だと思い込んでいた。包みこそが店の商品であり、その中身は別の店で用意された品かもしれないとは、考えもしなかったのだ。
アルベルトがその見落としを悔やんでいると、リゼリアーナはふと思い出したように付け加えた。
「あなたも、婚約者の方にもう少し贈り物をした方がいいのではありませんか?」
「ぐっ……」
なぜかその一言だけは、捜査の不手際を指摘された時以上に痛いところを突かれた気がして、アルベルトは反論を呑み込んだ。
セリアとビオンが不思議そうにこちらを見た。ヴァルシークだけは何かを察したように目を伏せている。
アルベルトは余計な詮索を招く前に話を戻そうとしたが、その必要はなかった。リゼリアーナ自身は周囲の反応を気にした様子もなく、そのまま令息の足取りを語り始めた。
「さて、令息はその贈り物を手に、約束していた別邸に向かいました。しかし、そこにリディアさんの姿はなかった。彼女は約束を破ったわけではありません。その時にはすでに、私たちが保護していたからです」
令息はその事情を知らない。
事情聴取が終わるまでは関係者との接触を避けさせ、居場所を知られる危険もあったため、特務側から彼に伝言を届けることもなかった。
約束は二十三時だった。令息が自室に入ったのは二十一時をすぎたころで、それから屋敷を抜け出してオルディナ宝石店に立ち寄り、別邸へ向かっても、時間に余裕はあったのだろう。普段から人目を避けて行き来していた道なら、慣れもあったはずだ。
「もっとも、令息は恋人がいないことを不審には思わなかったでしょう。約束の時間まではまだ十分に間があり、それまでには彼女も来ると思ったはずです。ところが、ここで一つ重大な問題が起きました」
「……すでに問題だらけではあるが、今度はなんだ?」
アルベルトが先を促すと、リゼリアーナは問い返した。
「その日、令息には何がありました?」
「婚約破棄騒動だ」
「そうです。おそらく夜会の直前だけではなく、その日は朝からずっと緊張していたのでしょう。自分一人の問題ではありません。婚約者と両家、多くの貴族を巻き込み、自分の地位も財産も、これまでの人生すら変えてしまう宣言です。彼は一度思い込めば周囲の言葉を聞かず、その道を進む頑固さを持っていました。ですが、自分の行いがどれほど多くの人間に影響するか、それさえ理解できないほど愚かではありません」
以前、ビオンから聞いた報告がアルベルトの記憶に蘇った。
特務調査局は、毒を口にした時刻とは関係がないはずの、夜会より前の食事まで確かめていた。ユリディスは朝食も昼食もほとんど残し、夜会に出る前にも食事を断っている。
「だから、朝から食事が喉を通らなかった。夜会が始まると、すぐに婚約破棄を宣言し、父親に引きずられるように控室へ連れていかれて問い詰められた。そのまま屋敷に連れ戻され、自室に閉じ込められました」
リゼリアーナが語るにつれ、それまで別々に集められていた事実が、ユリディスの過ごした一日の流れとして繋がっていく。
「屋敷の者たちは王宮やエルヴェイン家への対応に追われ、令息に食事を運ぶことまで気が回らなかった。本人も食事を求める余裕はなく、ようやく部屋から抜け出す機会を見つけると、そのまま恋人との約束を果たすため外へ出ました。宝石店に寄り、そこから別邸まで歩いた。彼は、朝からほとんど何も食べないまま、夜まで動き続けていたことになります。つまり……」
「つまり?」
リゼリアーナはアルベルトを見た。
「彼はとても、お腹が空いていたんです」
「ふざけているのか!?」
ここまでの説明の結論とは思えない、あまりにも間の抜けた言葉に、アルベルトは反射的に声を張り上げた。




