4-1 報告会3
さらに数日後、近衛騎士団の会議室には、アルベルトたちに加えてリゼリアーナとその護衛も顔を揃えていた。
薬入れの出所と中に残っていたものについて調査が進み、アルベルトは改めて報告の場を設けていた。長卓の中央には布に包まれた銀の薬入れと、王宮医務局の検査結果をまとめた書面が置かれている。
アルベルトはそれまでに判明していた事実を手短に確認し終えると、薬入れに視線を移した。
「薬入れを作った店は見つかった。王都の貴族を主な客とする銀細工店で、この品も高位の者が薬を携帯するために作られたものだ。同じような意匠の品はこれまでに複数販売されており、それだけで持ち主を特定することはできなかった」
アルベルトはそこで一度言葉を切り、卓を囲む者たちを見回した。
「そこで我々は、店の記録から同じ意匠の品が納められた家を洗い出し、一つずつ所在を確認した。すると今回確認した範囲では、どの家でも品の所在を確かめることができた。エルヴェイン家に納められた一つを除いてな」
リゼリアーナが珍しく目を見開いた。
「それを全部調べたのですか? この短い間に?」
「王都に滞在していない家や、エルヴェイン家と特に関わりがなく、あの夜会にも招かれていなかった家は除いたがな」
薬入れを持つ貴族の中には、所在を尋ねられること自体を不快に思う者もいた。家人に預けた、領地に置いてきた、なくした覚えはないと曖昧に答える者もおり、実物の確認まで進めるにはそれぞれ相応の手間がかかっている。
幸い記録にも恵まれ、近衛騎士団の名を出せば各家も確認には応じてくれた。そうして一つずつ所在を確認して候補から除外していった結果、残ったのはエルヴェイン家だけだった。
「それにしても、ですよ」
リゼリアーナは感心したように薬入れを眺め、それからアルベルトに微笑みかけた。
「さすが近衛騎士団ですね。仕事が早い」
その言葉に気をよくしたわけでもないだろうが、アルベルトの説明はそのまま淀みなく続いた。
「問題は中身だ。王宮医務局に渡し、内側に残っていた粉を詳しく確かめさせた。残留物はごく僅かで、そのままでは調べることも難しかった。そこで、内側にこびりついていたものを酒精で溶かし、ローデンを含む試料と同じ方法でいくつかの反応を確かめたそうだ」
「なるほど、初めからローデンを含むと仮定して調べたのですね。何が入っていたのかも分からない状態から探すのは難しくても、候補が決まっていれば同じ反応を示すかどうかは確かめられる」
「ああ。量が少なすぎるため、濃さまでは分からない。元々どれほど入っていたのかも判断できないが、ローデンの成分を含んでいた可能性は高いとのことだ」
「これがローデンと無関係なら、そもそも今回の事件とは関係のない落とし物かもしれませんからね」
リゼリアーナはなおも感心した様子で頷いていたが、ふと思い出したように付け加えた。
「でも、私たちに任せてくれてもよかったのに」
「王宮医務局に任せた方が公正だろう」
薬入れの持ち主は高位貴族である可能性が高い。いくら特務調査局の専門家が優秀でも、王宮医務局の出した結果の方が異論を挟まれにくい。
「まあ、それはそうですね」
リゼリアーナはあっさり引き下がったものの、すぐに別の点へ目を向けた。
「繊維片は?」
「当然、確かめさせた」
遺体の胃の内容物からは、ローデンの球根に由来すると見られる特徴的な繊維片が見つかっている。それは、ユリディスがローデンを口にしたと判断する重要な根拠の一つだった。
薬入れの残留物からも同じような繊維が見つかれば、その中身とユリディスが口にしたものとの結びつきは、さらに強くなる。
「僅かだが、乾燥したローデンの球根に由来すると思われる繊維も見つかっている」
「なるほど。それで?」
「以上だ」
「ふむ……」
リゼリアーナはそれ以上問いを重ねず、薬入れを見つめたまま考え込んだ。
エルヴェイン家では、購入したローデンの量と、殺鼠剤として使われた量や在庫が合わない。その家に納められたものと同じような意匠の薬入れが、夜会当日に家族が使用した休憩室から見つかり、中にはローデンの成分と球根の繊維が残っていた。
そしてディートリヒは、母親を休憩室に連れていったのを最後に、およそ三十分後に控室に姿を現すまで、誰にも目撃されていない。
どれも一つだけなら説明のつく事実だった。だがそれらを重ねていけば、疑いはただ一人へと向かう。
「次は本人を呼び出して話を聞く」
「犯人として?」
「事情の確認だ。今あるものだけで、本人が毒を使ったと断定することはできない。話を聞き、薬入れの持ち主や、あの時間に何をしていたのかを確かめる。その内容次第では上に報告し、正式な手続きを求めることになるだろう」
「その場で拘束はしないのですか?」
「相手は第二王子殿下の側近であり、次期伯爵でもある。明白な証拠もないまま、近衛の判断だけで捕らえるわけにはいかん」
「それはそうですが……んー」
リゼリアーナが、そういつものように気の抜けた声を漏らした瞬間、セリアは思わず身構えた。
彼女と知り合ってからの期間は長くない。それでも、リゼリアーナがこのような声を出したあと、何事もなく話が進んだ覚えはなかった。
それは単に、考え込む時の彼女の癖なのかもしれない。だがセリアには、それがじっくり答えを探しているようには見えなかった。
むしろ、こちらにはまだ見えていない何かに、彼女だけがすでに思い至っている。その答えをどう説明するべきか迷っているだけなのではないか……
そこまで考えたところで、セリアはさすがに考えすぎだと小さく首を振った。その傍らで、アルベルトはなお黙り込んでいるリゼリアーナに目を向けた。
「……何だ?」
「今の話に、明らかな矛盾があるわけではありません。ただ、一つだけ……」
「言ってみろ」
「いえ、この場では少し」
「なぜだ?」
リゼリアーナはそこで卓を囲む者たちに一度視線を巡らせ、それから小さく息を吐いた。
「……そもそも、何も問題にならないかもしれません。こちらで確かめておきます」
「何だ、それは」
曖昧な返答に、アルベルトは当然のように眉をひそめて説明を促した。
「気になることがあるなら、今ここで話せ。こちらはこれから本人を呼び出すのだぞ」
「まあ、いいじゃないですか」
リゼリアーナはそこで話を打ち切るように、ふっと表情を明るくした。
「ああ、そうだ」
そして、何でもないことのように続けた。
「いつ、どこに呼び出すのかだけ、教えておいてください」




