9話 彼氏入門試験?と怪しい叔父
「失礼します!」
朔に引っ張られるようにしてリビングの扉を開けると――
目に飛び込んできたのは、
戦場と化したキッチンだった。
「透!鶏肉切ったまな板に野菜置こうとするな!」
「え、だめなの?」
「ダメに決まってるでしょ!
あの羽瑠ですら分かるからね!」
「えー……」
「あと包丁!こっちに向けない!
ちゃんと持って、切って!」
「こ、こう?」
「危ないってば!こうだってば!!」
母と透さんがわちゃわちゃと動き回り、
包丁とまな板と野菜がカオスに散らばっている。
……何が起きてるの?
私は思わず声を出した。
「えっと……お母さんと透さん、何してるの?」
「羽瑠!見てよこれ!
透の家事能力の低さ!
姉ながら、なんでこんなに出来ないのか分からない!」
「だって、難しくて……」
「だから包丁こっち向けるなってば!」
母の怒号と、透さんの困った声がキッチンに響く。
朔はその様子を見て、思わず苦笑いを浮かべた。
私は恐る恐る口を開く。
「えっと……つまり、うちに来てた理由ってさ……」
透さんがへにゃりと笑った。
「姉さんに料理を教わりに来てるんだ。」
その言い方が妙に素直で、逆に胸がざわつく。
「もしかして……奥さんと娘さんは、これ知らないの?」
私がそう言うと、お母さんは肩をすくめた。
「い、言えるわけないよ!
真実さんががっかりするし、
友梨に“パパかっこ悪い”なんて言われたら立ち直れない。」
「つまり……
ただの料理できない人だったってこと?」
私がそうまとめると、朔がぽつりと呟いた。
「あの包丁使いなら、人は殺せないね。」
空気が一瞬止まる。
「……怖いこと言わないで。」
私が眉をひそめると、朔ははっとして、申し訳なさそうに笑った。
「あ、ごめん。」
その笑顔が妙に優しくて、
さっきまでの緊張がふっとほどけた。
私たちは、なんとか形になった唐揚げをお昼に食べることになった。
「美味しいです。」
朔が素直に言う。
「うん、ちょっと焦げてるけど……おいしいよ。」
私もそう言うと、透さんが照れたように笑った。
「二人ともありがとう。」
その笑顔は、さっきまでのドタバタが嘘みたいに優しい。
「はー……なんでこんな家事能力の低い男に育ったんだか。」
母がため息をつきながら、じろっと透さんを見る。
そして、なぜか朔の方へ視線を向けた。
「君は……今から料理頑張ってね!
未来の息子よ!」
「ちょっ、お母さん!!」
突然の“未来の息子”宣言に、私は思わず声を上げた。
でも朔は――
「はい!任せてください!
俺、料理は得意です!」
ビシッと手を上げて答えた。
その真面目さが逆におかしい。
「え!ほんとに〜!?
じゃあさ、夕飯、羽瑠と作ってみてよー!」
「ちょっとお母さん!!」
「ほら、彼氏入門試験ってやつ!」
そんな適当な……と思うのに、朔は大真面目で。
「それ、受けます。やらせてください!」
真剣な目でそう言った。
その瞬間、
母は「おお……」と感心し、
透さんは「若いっていいなぁ」と笑い、
私は顔が熱くなるのを止められなかった。
◇
「なんでこんなことに……」
思わずため息が漏れる。
「いいじゃん。楽しいお母さんだね。」
朔はどこか楽しそうに笑った。
その余裕が、逆に腹立つような、救われるような。
夕飯の買い出しに向かう。
なぜか透さんも一緒だ。
「姉さん、昔からあんな感じだからなー。」
透さんが頭をかきながら苦笑する。
「透さんも苦労してますねー。
……っていうか、夕飯のメニュー、鶏もも買うんですか?」
「うん。さっき作った唐揚げを、夕飯でもまた作って出す!」
「へぇー……良い父親してますね。」
朔が素直に言うと、透さんは嬉しそうに目を細めた。
「そう?嬉しいなー。」
その表情は本当に“家族が好きな父親”の顔だった。
「あ、私、卵持ってくる。」
「うん。」
私は、スーパーの奥の卵売り場へ向かった。




