8話 彼氏入門試験?と怪しい叔父
昼休みの屋上。
母からのメッセージをみて、私は朔に伝えた。
「来週、透さんが遊びに来るみたい。」
「わかった。
ねえ……」
「なに?」
「はじめての彼女宅訪問じゃん!
俺、緊張するんだけど!」
「まって!そもそも!付き合ってないんだけど!」
「いや……でも、彼氏でもないのに家に行くってさ、逆にどうなの?」
「え、別に“友達です!”でよくない?」
「えー、そこは“彼氏です”って言わせてよー」
そう言って拗ねる朔。
紙パックのジュースを飲みながら頬を膨らませてる。
……ちょっと可愛い。
でも、胸の奥がまた静かに軋む。
“彼氏”って言葉に照れる自分と、
“容疑者を探るために家に来る”という現実が、
同時に存在しているのが怖かった。
朔はどこまで本気で、
どこまで“未来の使命”で動いているんだろう。
その境界が、まだわからない。
◇
そして土曜日。
その日はついにやってきた。
「あ、お母さん。友達が来るから。」
「え?そうなの?
透も来るけど。」
「別にこっちは気にしなくていいよ。」
「っていうか、なんで当日に言うのよ。」
母は呆れた顔。
そのタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。
一足先に朔がやってきた。
「初めまして、七瀬朔です。
羽瑠さんと仲良くさせていただいてます。」
丁寧にお辞儀をし、爽やかに微笑む。
その瞬間、母の顔がぱぁっと明るくなる。
「やだ、かっこいい!
え!彼氏?彼氏なの!?」
母が興奮気味に私の肩をバシバシ叩く。
「違う。友達。」
「俺は羽瑠さんのこと大好きです!」
「やだ!良い子!!」
「もう、いいから行くよ!」
私は朔の腕をぐいっと引っ張る。
朔は引かれながらも、にこにこしている。
「あ、そうだ。
これ、駅前のプリンです。よかったら皆さんで。」
「やだ〜!気がきくじゃない!」
母のテンションは最高潮。
朔は爽やかに微笑んでいるけど、
その横顔を見ていると、胸の奥がまたざわつく。
「お邪魔しまーす!
うわ、なんか緊張する!」
「その割にテンション高くない?」
「え、だって羽瑠の部屋だよ!
好きな子の部屋とかさ、ウキウキするよね!」
「はあ。また適当なことを。」
「適当じゃないよ。」
朔は当然みたいな顔で言う。
その自然さが逆に腹立つし、ちょっと照れる。
「好きとかさ、簡単に言うよね。
正直よく分からない。」
「そう?
俺は羽瑠のこと可愛いって思うし、好きだなって思うけど。」
「それがわからないんだよ。
顔ってこと?」
「うん、顔も可愛い。
全部可愛い。」
即答。
迷いゼロ。
その真っ直ぐさが、胸の奥をざわつかせる。
私は頬杖をついて、視線をそらした。
「意味わかんない。」
言葉では突っぱねてるのに、
心のどこかがじんわり熱くなる。
ピンポーン。
来た。透さんだ。
私と朔は顔を見合わせ、息をひそめて階段をそろりと降りる。
玄関の向こうから聞こえる声に、胸がざわついた。
「姉さん今日はありがとう。はい、これ……お土産。」
「ありがとう、透。
そうだ聞いてよ!
羽瑠がね、イケメンの彼氏連れてきたの!」
「そうなの?そういえばその人見たよ。かっこよかったよ。仲良く水族館デートしてた。」
「やだ!ほんと!」
二人は楽しそうに笑いながらリビングへ入っていく。
その明るさが、逆に不安を煽った。
「……ねぇ、どうするの?」
小声で聞くと、朔は真剣な顔で私を見た。
その目は、状況を冷静に見極めようとしている。
「うーん……とりあえず、もっと近くに行こ。」
その声は落ち着いているのに、どこか張りつめていた。
二人でそっと扉の前に立ち、耳を澄ませる。
「透……あなた、本気なの?」
母の声は軽く笑っているようで、どこか探るようでもあった。
「本気だよ。」
透さんの声は低く、迷いがなかった。
その一言に、空気がわずかに震えた気がした。
「それにしたって……こんな姿見たら羽瑠だって、なんていうか。」
……私?
朔と顔を見合わせる。
朔の眉がわずかに動き、表情が固くなる。
「それでも、俺は……諦めないよ。」
その声は、冗談でも軽口でもなかった。
胸の奥に重く沈む“覚悟”の音がした。
朔が小さく息を吸う。
「……行こう。直接対決。」
「え、ほんとに?」
「うん。逃げても、余計ややこしくなるだけだよ。」
朔は迷いなくドアノブに手をかけた。
その横顔は、どこか戦いに向かう人のようだった。
そして――
私たちはリビングの扉を開けた。




