5話 違和感
「これって……どういうこと?」
声が震えていた。
自分でも抑えられないほどに。
朔は押し入れの前に立つ私を見て、
少しだけ困ったように眉を寄せた。
「うーん、難しいな……。」
「私のことを……殺すの?」
喉がひりつく。
言葉にした瞬間、足がすっと冷たくなった。
「……まさか。違うよ。」
朔は即答した。
でも、その声はいつもの軽さじゃない。
「あなたは……誰なの?」
問いかけると、朔は視線をそらし、
何かを探すように天井を見上げた。
「うーん。」
曖昧な返事。
その沈黙が怖い。
「私のこと好きとか、一目惚れとか言ったのも嘘ってこと?
何か目的があったから?」
「うーん……嘘ではない。
でも、目的はあった。」
胸の奥がぎゅっと痛む。
「そう。……ごめん。帰る。」
震える手でプリントを差し出す。
「これ、プリント。
あと、ゼリーとか……置いとく。」
「ありがとう。」
朔は受け取った。
その声は静かで、どこか寂しそうだった。
「お大事に。」
それだけ言って、私は玄関へ向かった。
足がもつれそうになるのを必死にこらえながら。
ドアを開けて外に出た瞬間、
冷たい空気が一気に肺に流れ込む。
私は逃げるように階段を降りた。
心臓が痛いほど鳴っている。
(朔って……いったい……)
わからない……。
なんだったんだろう。
朔は何者なの?
私に近づいた目的は?
あの言葉は本気?
それとも全部、作り話?
考えれば考えるほど霧が濃くなって、何ひとつ掴めない。
翌朝…
一睡も出来ず、何もわからないまま学校に来た。
朔は――いた。
教室の中心で、友達に囲まれて、いつも通りの顔をしている。
でも、いつもなら私のところに真っ先に来るのに、今日は来ない。
目が合っても、気まずそうに笑うだけ。
その笑顔が、胸に引っかかった。
“距離”を置かれているようで、息が詰まる。
「ねぇ、七瀬くんと別れたの?」
みなが唐突に聞いてきた。
「そもそも付き合ってないから。」
「へぇー。じゃあ喧嘩?」
「うーん……わかんない。」
「そっか。でもいいの?ほっといたらすぐ取られちゃうよ。イケメンだし。」
「知らない。……ごめん、みな。私、早退する。」
「え、今来たばっかじゃん!」
「ごめん。また。」
鞄を掴んで、教室を飛び出した。
授業を受ける気にもなれない。
でも、このまま家に帰ったらお母さんに何か言われる。
それも今は耐えられない。
ふと、お爺ちゃんの顔が浮かんだ。
穏やかで、優しくて、話していると時間がゆっくり流れる人。
いまは入院している。たしか……黒木病院。
スマホで住所を調べる。
ちょうど電車がホームに滑り込んできて、私はそのまま乗り込んだ。
揺れる車内で、胸の奥が静かに軋んでいる。
何かが、ゆっくりと壊れ始めているような感覚。
◇
「ここだ……」
黒木病院の建物を見上げる。
何度か来たことがあるはずなのに、今日はやけに大きく見えた。
胸の奥がざわついて、足が少しだけ重い。
受付に向かい、私は声をかけた。
「あの、面会に来たんですけど。」
看護師さんが私を見て、少し怪訝そうに眉を寄せる。
平日の昼間、制服姿の高校生。
怪しまれて当然だ。
「お名前は?」
「えっと……」
どう答えようか迷ったそのとき――
「あれ、羽瑠ちゃん。どうしたの、こんな時間に?」
落ち着いた声が横から割り込んだ。
メガネ越しの涼しげな目元。
蓮水先生だ。
「あ、蓮水先生。お爺ちゃんに会いに来ました。」
「平日の昼間から?」
「はい。」
「サボり?」
「まあ……そんなとこです。」
視線を逸らすと、先生はふっと笑った。
「そっか。学生にはそういう時間も大事だね。
いまなら中庭で散歩してるんじゃないかな。」
「ありがとうございます。」
深く頭を下げると、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
――お爺ちゃんと話したい。
ただそれだけで、気持ちが落ち着く気がする。




