4話 違和感
それから3日間。
朔は学校を休んだ。
メールしてみたけれど、返ってきたのは
「ただの風邪だから大丈夫。」
その一言だけ。
本当に大丈夫なのかな……。
そんなことを考えていた放課後。
担任の先生が近寄ってきた。
「あ、月宮。お前、七瀬と付き合ってるよな?」
「付き合ってません。」
「そうか。でも仲良いよな?
これ、プリント届けて様子見に行ってくれるか?」
「え?」
「両親とは一緒に住んでないみたいでな。
一人暮らしらしいんだ。
倒れてたりしたら困るだろ?
俺はまだ仕事が終わらなくて行けなくてさ。」
そう言って、先生は申し訳なさそうに頭をかいた。
「そういうことなら……。」
「じゃあ、頼んだ。」
「はい。」
プリントを受け取りながら、胸がざわつく。
高校生で一人暮らし……?
そういえば──
私は朔のこと、何にも知らない。
毎日笑って、毎日口説いてきて、
気づけば隣にいるのが当たり前になっていたのに。
住所も、家族のことも、
どんな生活をしているのかも知らない。
(……なんでだろう。
急に、怖くなってきた。)
プリントを握る手に、少しだけ力が入った。
私は風邪薬、ゼリー、スポーツドリンクを袋に詰めて、
教わった住所へ向かった。
「ここか……。」
古いけれど清潔そうなアパート。
外廊下に夕方の風が吹き抜ける。
メールを入れたけど返事はない。
寝てるのかな…。
とりあえず来たからには、と
ピンポーンと押してみる。
しばらくして──
ガチャッ。
「は、羽瑠!? なんで?」
驚いた顔の朔が立っていた。
頬が少し赤くて、目の下にうっすらクマがある。
「心配で……メール見てない?」
「あ、電源切れてたかも。
ちょっと待って少し片付けるから。」
朔はふらっと中に戻り、
ガサゴソと音がする。
「中、入る?」
「あ、うん。」
靴を脱いで部屋に足を踏み入れる。
思ったよりずっと綺麗だった。
余計なものがなくて、
どこか“生活感が薄い”感じがする。
「そこ座って……お茶いれる。」
「いいよ。
病人なんだから座ってなよ。」
「いや、大丈夫。もう治りかけ。」
そう言ってキッチンに立つ朔の背中は、
いつもより少しだけ細く見えた。
「一人暮らしなんだね。」
「うん。」
「ご両親は?」
「健在だよ。今海外にいるんだけど。」
「そうなの?」
「俺昔病気してたからさ。その時すごい過保護でさ。
今こうやって自由にできるのはかなり楽。」
「へぇー。今は平気なの?」
「うん、大丈夫。」
朔は軽く笑って答えるけれど、
その笑顔の奥に、ほんの少しだけ影が見えた気がした。
「私さ……朔のこと何にも知らないなって思って。」
「なに? 俺のこと知りたくなった?」
朔がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「……うん。」
そう言った瞬間、朔の表情がふっと真剣になる。
「そっか。」
少し考えるように視線を落としてから、
ゆっくりと話し始めた。
「好きな食べ物は、りんご飴とオムライス。
嫌いな食べ物は、ピーマン。」
「へぇー、なんか可愛い。」
思わず笑ってしまう。
「趣味は……なんだろう。身体を動かすこと。」
「健康的だね。バスケも上手いしね。」
「サッカーも自信あり。」
「すごい。」
「あと……料理も好きだな。」
「へぇー。」
「得意料理は……オムライス!
ふわっとろで美味しいから。」
「ほんとに?」
「ほんと。今度食べさせてあげる。」
「楽しみにしてる。」
朔は照れたように笑った。
その笑顔は、いつもの明るさとは少し違っていて──
どこか、胸の奥をくすぐるような優しさがあった。
ピンポーン。
「あ、宅配かな。ちょっと待ってて。」
「うん。」
朔が立ち上がり、玄関へ向かう。
思ったより元気そうで、少し安心した。
……そのとき。
押し入れの隙間から、白い紙がはみ出しているのが目に入った。
(なにこれ……?)
何気なく手を伸ばし、引っ張り出した瞬間──
息が止まった。
透さんの名前。
私の名前。
勤務先、家族構成、住所、誕生日……細かすぎる情報。
胸がざわつく。
嫌な汗が背中を伝う。
気づけば、押し入れの奥へ手を伸ばしていた。
スッ──。
引き戸をあけると…
私の写真。
それだけじゃない。
家族、友達、学校の人間関係……
すべてが線でつながれ、
中心には──私。
(なにこれ……どういう……)
ひとつのメモに目が入る。
そこには、たった一行。
「殺された──?」
声にならない声が漏れた。
その瞬間。
「見られちゃったか。」
背後から、低い声。
振り向くと、
朔が静かに立っていた。
さっきまでの柔らかい笑顔はどこにもなく、
目だけが、深い闇のように揺れていた。




