40話 再会
羽瑠28歳。
看護師としての仕事にもすっかり慣れ、
新人指導や病棟のリーダーも任されるようになった。
そして黒木との関係も、変わらず続いている。
恋仲なんて甘いものじゃない。
都合のいいときに呼び出され、話し相手になり、
ご飯に付き合い、学会にも駆り出される。
――なんか、いいようにされてる気がする。
そして今日も。
「あのー、夜勤明けに呼び出さないでもらえます?
しかも先生達の飲み会に。そして眠いんですけど!」
私は目の下のクマを押さえながら文句を言う。
黒木は面倒くさそうにこちらを見た。
「君が言ったんだよ。僕の都合のいい奴隷になるって。」
「そんなこと言ってません。
話し相手くらいです。ほんとに時間外手当ほしい。」
「いいじゃん。
来週から正式に来る研修医の子が、顔を出しに来るからさ。」
「へぇ。」
興味なさそうに返すと、黒木は肩をすくめた。
「ほら、中に入るよ。」
「はーい。」
2人で居酒屋に入る。
提灯みたいなオレンジの照明がゆらゆら揺れて、
テーブルには枝豆と唐揚げ、飲みかけのジョッキが並んでいる。
油とアルコールの匂いが混ざり合う、独特の空気。
「ねぇー、来週から海外で飛び級した天才が研修医として来るらしいよ?」
向こうのテーブルで他の医師たちが盛り上がっている。
声が弾んでいて、まるで学生の飲み会みたいだ。
「え!すごいー。何歳なの?」
「21歳だって!」
「え!わっかーい!」
黄色い声が飛び交い、店内が一気に明るくなる。
「あ、黒木先生と月宮ちゃーん、お疲れ様!」
浅葱先生が手を振りながら近づいてくる。
頬が赤く、すでに出来上がっている。
「浅葱先生、もう出来上がってません?」
私がそう言うと、
「やだなぁ〜全然よ〜」
浅葱先生は黒木の肩をぽんぽん叩く。
黒木は迷惑そうに眉をひそめた。
「それにしても二人は仲良しね。付き合ってるの?」
「それはないです。」
私は即答する。
黒木も腰をおろしながら、
「腐れ縁みたいな感じですね。
ずっと見張られてるんですよ。僕が悪さしないように。」
淡々と、でもどこか楽しそうに言う。
浅葱先生はケラケラ笑い、
「なにそれ、面白い!ってか、お似合いなのにね〜」
なんて茶化してくる。
私はため息をつき、黒木の横顔を見る。
黒木は相変わらず無表情。
飲んでいる割に、顔色ひとつ変わらない。
店内のざわめきの奥――
少し離れた廊下の向こうから、ゆっくりと足音が近づいてくる。
その足音は妙に耳に残り、
胸の奥がざわついた。
やがて、その人影が個室の前で立ち止まる。
「こんばんは。
来週からお世話になります。
七瀬 朔です。よろしくお願いします」
柔らかな声が響き、
軽く頭を下げて笑ったその瞬間――
私は息を飲んだ。
な、なんで。
喉がひゅっと締まる。
心臓が痛いほど跳ねる。
世界の音が遠のいていく。
そして、ふと目が合った。
朔の表情がふわっと揺れ、
泣きそうな顔になる。
その瞬間、
11年分の時間が一気に崩れ落ちた。
「お待たせ……羽瑠。
好きです!付き合ってください。
一目惚れしました!」
あの頃と同じ声。
同じ言い方。
同じ真っ直ぐさ。
茶色の髪がやわらかく揺れ、
無邪気な笑顔は昔のままなのに、
大人になった彼は驚くほどかっこよくて――
ずっと焦がれていた人が、そこにいた。
「……朔……
私も好き。ずっと忘れられなかった。」
「うん。」
朔は迷いなく私を抱きしめた。
その腕の温度が、
“生きている”という事実を確かに伝えてくる。
ふと朔が周りを見回し、頭を下げる。
「すみません!抜けます!
来週からよろしくお願いします!
いこ、羽瑠!」
そう言って、私の手を取った。
「す、すみません!失礼します!」
私も慌てて頭を下げる。
「ちょっと待ってー!」
「説明してー!」
「黒木先生!? なんで笑ってるんですか!?」
浅葱先生が叫び、
他の先生たちは口を開けたまま固まり、
黒木は肩を震わせて笑っていた。
私は朔に引っ張られながら、
こぼれそうになる涙を必死でこらえた。




