39話 慰め
「例の彼とは上手くいってるの?」
黒木がコーヒーを飲みながら何気ない調子で聞いてくる。
「別れました。」
「へぇー、振られたの?」
「振ってしまいました。」
「へぇー。良いご身分だね」
黒木が軽く笑う。
「本当ですよね。」
「何が不満だったの?」
「不満なんてないですよ。
優しくて、大人で、いつも私のこと考えてくれてた。」
「顔もいいし、大手勤務、周りからの信頼も厚いし、優良物件だったのにね。」
黒木が淡々と付け足す。
「そうですね。
殺されるかもってヒヤヒヤすることもなかったです。」
「面白い冗談だね。じゃあどうして?」
黒木の目が、少しだけ鋭くなる。
「どこに行っても何をしても……朔を探してるんです。
あの時はこう言ってたな、とか。
朔だったら……って」
朔だったら、これ見てなんて言うかな。
どうやって私のこと抱くのかな。
どんな顔で笑うのかな。
胸の奥がじんわり痛む。
「それはお気の毒。」
黒木は淡々と言う。
「ほんと最低ですよね。
あー。もう私なんてその辺の石ころ以下だ。」
「そんなことは言ってないよ。」
黒木は静かに言う。
慰めるでもなく、突き放すでもなく。
ただ事実だけを告げるように。
その温度のなさが、逆に胸に刺さった。
ふと、『恋する逆さまな月』に挟んでいたメモを手にとる。
角が擦れていて、何度も開いた跡がある。
触れるたびに胸が締めつけられる。
「それまだ持ってるの?」
指をさされる。
「捨てられないんです。」
黒木は少しだけ目を細めた。
その表情は、からかうようでいて、
どこか優しさが滲んでいた。
「会いに行けば?
探してさ。」
「出来ないですよ。
だって、いま何歳?21歳若すぎ。
それに覚えてないですよ。」
「なんで?こっちは覚えてるのに?」
黒木の声は静かで、
どこか刺すような優しさがあった。
「いいんです。これで。
あーでも。もう私誰とも付き合えない。結婚も無理だー。」
「ふーん。
なら僕と付き合う?」
「それだけは絶対ないです。
本当やめてください。」
「失礼ー。」
ふっと笑う。
その笑い方は、昔よりずっと柔らかくなっていた。
「ねぇ、そこの最後のページくっついてない?」
「あれ、ほんとだ。
いままで気づかなかったな。」
ぺりっと紙をゆっくりとめくる。
するとそこにはーーー
私はそれをみて涙が溢れる。
こんなの忘れるなんて無理だよ。
文字が滲むほど涙が落ちる。
胸の奥がぎゅっと締めつけられ、
呼吸が苦しくなる。
黒木が覗き込む。
「これはある意味呪いだな。」
そう言って黒木が頭に手をおいた。
その手つきは不器用で、
でも確かに“慰めよう”としていた。




