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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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31話 警報

朔 side


羽瑠と別れたあと――

胸が苦しくて、歩くたびに息が詰まりそうだった。


好きだ。

この先も一緒にいたい。

笑って、手を繋いで、くだらないことで笑い合っていたい。


だけど、それはできない。


羽瑠と想いを通じ合えたことは、

本当に嬉しかった。

胸が熱くなるほど、幸せだった。


でもその反面――

“この世界に長くいられない俺”が、

羽瑠の世界に深く入り込んでしまった。


自分の欲に負けて。


本当なら、

羽瑠の知らないところで全部終わらせて、

彼女が傷つかないようにするつもりだった。


でも、

制服姿の羽瑠を一目見て、

そんな考えは全部吹き飛んだ。


情けない。

弱い。

でも、それが本音だった。


それでも――

これで羽瑠は守れたはずだ。


彼女の未来は続いていく。

俺がいなくても、ちゃんと。



ふと夏休み前をのことを思い出す。


羽瑠が体育倉庫に閉じ込められたとき――

胸が張り裂けそうだった。


どこで俺は間違えたんだ。

どうして彼女がこんな目に遭わなきゃいけない。


焦りで頭が真っ白になっていたとき、

遠くで笛の音が聞こえた。


――あっちだ。


気づいた瞬間、迷わず駆け出していた。

天窓を破って飛び込んだ先に、

羽瑠がいた。


無事だ。

それだけで膝が崩れそうだった。


誰かの悪意で羽瑠が傷つけられるなんて、

絶対に許されない。



夏休みに入ってすぐ、

俺は黒木雅信院長のもとを訪ねた。


「羽瑠のこと、知ってますよね。

亡くなった娘さんに…そっくりな。」


院長は眉をひそめた。


「ああ。だからどうした?」


「俺、未来から来たんです。」


「何をバカなことを…。

冷やかしなら帰りなさい。」


立ち上がろうとした院長に、

俺は静かに言った。


「これ、見てください。

俺、あなたに手術してもらったんですよ。」


シャツをめくり、下腹部の傷跡を見せる。


院長の目がわずかに揺れた。


「それは…。」


「海外でも名の知れた名医のあなたならわかるはずです。

こんなに綺麗に縫える人は、そう多くない。」


院長はしばらく黙り込み、

深く息を吐いた。


「…確かに。」


その瞬間、

俺の覚悟はようやく伝わった気がした。


羽瑠を守るためなら、

どんな手でも使う。

どれだけ嫌われても構わない。


それが、俺にできる唯一のことだから。


「本題です。

羽瑠に近づかないでください。」


黒木院長の目が細くなる。


「未来のあなたは、羽瑠を殺して警察に捕まる。

それだけじゃない。

ネットで晒されて、大事な人たちもあなたから離れていく。」


半分は嘘だ。

俺のいた未来では、羽瑠は殺され、

犯人は見つからなかった。


でも――

院長を止めるためには、これくらい言わなきゃいけなかった。


「そうか…。」


院長の声がわずかに揺れる。


「もし、それでもあなたがやるというのであれば…

こちらも手は打ってあります。」


俺はバッグから書類を取り出した。


「これを、公表します。」


政治家の治療記録、

警察内部の不正の痕跡、

黒木病院が握っている“秘密”。


未来で必死に調べてきたものだ。


これを晒されたら、

黒木病院は一瞬で信用を失う。


院長の表情が固まる。


「どうしますか?

約束できますか?」


長い沈黙のあと、

院長は深く息を吐いた。


「……ふーっ。わかった。

約束する。」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥が少しだけ軽くなった。


羽瑠を守るためなら、

どれだけ嫌われてもいい。

どれだけ汚れ役になってもいい。


俺が未来から来た意味は、

きっとそのためなんだ。


黒木 side


朔が去ったあと、

黒木雅信はしばらく動けなかった。


未来の自分が羽瑠を殺す――

その言葉は確かに衝撃だった。


だが、胸の奥にひっかかる違和感があった。


(本当に…私なのか?)


羽瑠は娘に似ている。

似すぎている。

そのせいで、心が揺れたことは確かだ。


だが――

“手にかける”ほどの衝動は、自分にはない。


むしろ、守りたいと思っていた。


では、誰が。


その問いが頭をよぎった瞬間、

院長の背筋に冷たいものが走った。


一人の顔が浮かんだ。


あの日、娘を失ってから、

ずっと壊れたままだった。


まるで何も感じていないような空っぽの人形のようだった。


そして最近――

羽瑠を見たときの、あの表情。


驚きと、混乱と、

そして…歪んだ執着。


(まさか…)


院長は震える手で額を押さえた。


もし未来で羽瑠が殺されたのだとしたら、

それは自分ではなく――


その可能性が頭をよぎった瞬間、

全身から血の気が引いた。


(私は…何をしていたんだ。)


娘を失った悲しみに囚われ、

変化から目を背けていた。


その結果、

未来で誰かが傷ついたのだとしたら――

それは自分の責任だ。


「……いや。きっと思い過ごしだ。」


小さく呟いた。

だけどなんだこの拭えない不安は…。




朔 side


黒木院長との話を思い返しながら歩く。

あれで終わったはずだ。

羽瑠はもう狙われない。

そう思いたかった。


だけど――胸の奥がざわつく。


(羽瑠の両親の旅行…あれは本当に偶然だったのか?)


羽瑠が殺されたのは“今日”。

夏祭りの日。

衝動ではない。

計画的だったはずだ。


もし、夏祭りの日に狙われたのが“必然”だったのなら――


(まだ…終わってない。)


背筋が冷たくなる。


俺はすぐに羽瑠へ電話をかけた。


コール音が続く。


出ない。


「くそ!」


胸が締めつけられる。

嫌な予感が、全身を駆け巡る。


俺は走って道に飛び出し、

近くのタクシーを止めた。


「黒木病院にお願いします。」


声が震えていた。


運転手が驚いたようにこちらを見るが、

構っていられない。


頼む。

間に合ってくれ。


羽瑠を守るために未来から来たのに、

ここで失ったら――

俺は何のために生きてきたんだ。


タクシーは夜の街を走り抜ける。


胸の奥で、

何かが警鐘を鳴らし続けていた。


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