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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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30話 夏祭り


浴衣を着て、そっとリビングに戻る。


「どうかな…?」


朔がこちらを見た瞬間、

目を丸くして、みるみる頬が赤くなる。


「羽瑠…すごい可愛い。

可愛すぎてやばい。」


その素直すぎる言葉に、胸がくすぐったくなる。


「青春だねー。」


「だねー!」


透さんと友梨ちゃんが楽しそうに笑う。

その空気がまた嬉しい。


2人で透さんの家を後にする。


外に出た途端、朔がぽつり。


「可愛すぎる…直視できないんだけど。」


「朔に見せたくて着せてもらったのに?」


そう言って、わざと顔を覗き込むと――


「う、嬉しい。」


朔は耳まで真っ赤になって、

でもちゃんと手を繋いでくれた。


その手が、あたたかい。


出店を回って、たくさん笑って、

金魚すくいの水音、焼きそばの匂い、

遠くで響く太鼓の音。


カラン、コロン――

下駄の音が夜の道に軽く響く。


夏の空気が胸いっぱいに広がって、

一瞬だけ、不安を忘れそうになる。


朔の横顔は、

屋台の灯りに照らされて、

いつもより少し大人っぽく見えた。


「わっ。」


履き慣れない下駄の歯が、石畳の小さな突起にひっかかった。

身体が前に傾き、視界がぐらりと揺れる。


「羽瑠!」


強い腕がすぐに腰を支え、ぐっと引き寄せられた。

胸の前でふわりと浴衣の布が触れ合い、夏祭りのざわめきが一瞬遠のく。


「あ、ありがとう。」


顔を上げると、朔の眉が心配そうに寄っていた。

屋台の灯りが彼の横顔を照らし、影がゆらりと揺れる。


「ゆっくりいこう。」


低くて落ち着いた声。

その言い方が優しくて、胸の奥がじんわり温かくなる。


「うん。

あ! 朔、りんご飴食べよう。好きだって言ってたでしょ?」


「うん、食べる!」


朔の顔がぱっと明るくなる。

その無邪気さに、私もつられて笑った。


2人で並んで屋台に向かい、赤く光るりんご飴を受け取る。

飴の表面に祭りの灯りが映り込み、宝石みたいにきらきらしていた。


「美味しい。」


朔がかじると、ぱりん、と小気味いい音がした。

その横顔を、そっと盗み見る。


茶色の髪が夜風に揺れ、屋台の提灯の光が頬に柔らかく落ちる。

口元についた飴の欠片を舌でぬぐう仕草まで、なんだか妙にかっこよく見えた。


胸がきゅっとなる。


――きっと、私はりんご飴を見たら、ずっと朔のことを思い出すんだろうな。


そんな予感が、甘い飴の香りと一緒に胸の奥にそっと溶けていった。


りんご飴を食べ終えたところで、朔が柔らかく微笑む。


「花火もう少しだって。よく見えるところ行こうか。」


「うん。」


「穴場があるんだ。」


朔に手を引かれて、少し離れた高台へ向かう。

人混みから離れたその場所は、風が通って気持ちよかった。


「ここ座って。」


ベンチに腰掛けると、浴衣の裾がふわりと揺れた。


「ありがとう。」


「足、痛くない?」


「平気。」


「そっか。」


少しの沈黙。

遠くから聞こえる祭りのざわめきが、逆に静けさを際立たせる。


「ねぇ、朔…。

私、もう殺されないってことだよね?」


朔はまっすぐこちらを見る。


「大丈夫。

黒木院長とも話したし、羽瑠に手出しさせないように手は打ってあるから。」


「ありがとう。なんか朔に守られてばっかりだね。」


「そんなことない。

俺だって羽瑠に守られてきたんだよ。」


「そんなことないよ。」


「あるよ。」


朔がふっと笑う。

その笑顔が、胸にしみる。


でも――

朔がいなくなってしまいそうで怖い。

聞きたいのに、聞いたら壊れてしまいそうで。


「朔…明日も一緒だよね。」


その問いに、朔は一瞬だけ困ったように目を伏せて、

それから優しく笑った。


その“間”が、胸に刺さる。


ぱあん――。


夜空に大きな花火が咲いた。


「花火だ。綺麗だね。」


朔は花火を見上げる。

でも私は、朔の横顔を見ていた。


やっぱり…肯定しなかった。

さよならが近いんだ。

だったら――。


「朔。」


そっと手を引く。


朔がこちらを向いた瞬間、

私はその頬に触れて、軽くキスをした。


触れたのはほんの一瞬。

でも、胸の奥が熱くなる。


「大好き。

この先もきっと…私は朔を思ってる。」


花火の光が、朔の瞳に揺れていた。

その表情が、切なくて、優しくて、

胸がぎゅっとなる。


「羽瑠…」


朔に手を引かれ、そのまま抱きしめられる。

浴衣越しでもわかるほど、朔の腕が震えていた。


「ありがとう。」


その一言が、胸の奥に深く落ちていく。


花火の音が夜空に散っていく間、

2人はただ、震える手で抱きしめ合った。

涙で顔がぐちゃぐちゃになっても、

朔は離れなかった。


やがて花火が終わり、

夜の静けさが戻る。


「帰ろっか。」


「うん。」


手を繋いで歩く道は、

さっきまでより少しだけ重かった。


あっという間に家に着いてしまう。


「じゃあ羽瑠…おやすみ。

ちゃんと鍵閉めてね。」


「うん。おやすみ。」


まるで“また明日がある”みたいな言い方。

そんな優しさが、逆にずるい。


朔と別れた瞬間、

玄関で膝が崩れた。


涙が止まらない。


きっと、もう明日には

17歳の朔はいない。


無邪気に笑って、

手を引いてくれる朔はいない。


でも――

この世界のどこかで生きていてくれるなら、

それでいい。

そう思おう。


それでも…やっぱり。


「朔…。もっと一緒にいたかったよ。」

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