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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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27話 旅行

「え?旅行?」


「そう!言い忘れてたんだけど、明後日から2泊3日で。」


「そうなんだ、いいじゃん。お父さんとゆっくりしてきてよ。」


「ありがとう。」


「でも急に旅行なんて珍しいね?」


「仕事の人がくれたのよ。急に行けなくなったからって。」


「そっか。私は大丈夫だから、楽しんできて。」


このタイミングで2泊3日の旅行…。

これは、ただの偶然…だよね?


朔は“もう大丈夫”って言っていたし。

信じたい。

きっと、平気。


「ねぇ、お母さん。」


「なに?」


「いつもありがとう。

お父さんと、楽しんできてね。」


「急にどうしたの?」


「なんか…言いたくなったの。お礼。」


「ふふ、嬉しい。

羽瑠がこんなに良い子に育って、お母さん幸せね。」


「ほんと?」


「ほんと。」


母がふいに、ぎゅっと私を抱きしめた。


思っていたより強くて、

その腕のあたたかさに、胸の奥がじんわり熱くなる。


「もう…なんか恥ずかしいんだけど。」


照れ隠しみたいに笑うと、

母は私の髪にそっと手を添えたまま言った。


「大きくなったってね、私にとってはいつでも子どもなのよ。

親はね…子どもが一番大切なんだから。」


その声はやさしくて、

でもどこか、ずっと前から抱えていた想いがにじんでいた。


胸がきゅっと痛む。


――きっと、私が死んだ世界では。

母は泣いて、泣いて、泣き続けたんだろうな。


想像しただけで、息が少し苦しくなる。


今こうして抱きしめてくれる腕の重さが、あたたかいのに、切なくてたまらない。



「え?羽瑠の両親いないの?」


「今日から2泊3日で旅行だって。」


「そっか。じゃあ…夏祭りどうする?」


「一緒に行く。」


「うん、行こう。」


そう言い合って、2人で買った棒アイスをかじる。

ひんやりした甘さが、火照った体にすっと染みていく。


「外、暑すぎるね。」


朔がアイスを少し傾けながら言う。

溶けた部分が指に垂れそうで、慌てて舐める姿がちょっと可愛い。


「ほんと。…図書館でも行こうか。」


「うん。夏休みの宿題しよう。」


「そうだね。」


棒アイスの最後の一口をかじると、

カリッとした音が2人の間に小さく響いた。


ゴミ箱に棒を捨てて並んで歩き出す。

アスファルトの熱気を避けるように日陰を選びながら、

図書館へ向かう道をゆっくり進む。


図書館の静けさの中で、しばらく2人は黙って宿題をしていた。

ページをめくる音と、シャーペンと紙をすべる音だけが、淡く響く。


ふと、私は朔の横顔を盗み見る。

窓から差し込む光が髪をすべらせて、サラッと揺れた。

その横顔は、やっぱり綺麗だと思う。


ガラス片の傷跡も、ほとんど残っていない。

それが、心の底からほっとした。


「ん?なに?」


気づかれて、肩がびくっとする。


「怪我のあと、大丈夫そうだなって。」


「うん。見た目より浅かったからね。

てっきり俺に見惚れてるのかと思った。」


小声で笑う朔。

いつもの軽い冗談なのに、今日はうまく返せない。


胸の奥がざわついて、落ち着かない。


「ねぇ、朔…。」


呼ぶ声が、自分でも驚くほど弱かった。


朔はシャーペンを置いて、私の顔をのぞき込む。


「なに?不安そうな顔してる。

明日が来るの、怖い?」


図書館の静けさが、余計に心を揺らす。


「…朔がいなくなっちゃう気がして…こわい。」


言った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。

声が震えて、目の奥が熱くなる。


朔は少しだけ目を細めて、

そっと本を閉じた。


「そっか…。

じゃあ、図書館出よっか。」


その声は、責めるでも慰めるでもなくて、

ただ、私の気持ちを受け止めてくれる響きだった。


「…うん。」


立ち上がると、朔が自然に手を差し出す。

その手を握ると、図書館の冷たい空気の中で

そのぬくもりがやけに強く感じられた。


2人で手を繋いで歩き出す。

静かな図書館を抜ける足音が、

どこか心にしみた。

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