25話 海
「うわ!気持ちいい!」
「だね!」
私が声をあげると、朔も同じように笑った。
波が足元をさらっていき、海水の冷たさが一気に身体を目覚めさせる。
朔が浮き輪の紐を軽く引っ張る。
その仕草が妙に頼もしい。
ちょうどそのとき、少し大きめの波が押し寄せた。
私の身体がふわっと浮いた瞬間、朔が自然に支えてくれる。
「さすがだね。」
「だろ?」
朔は得意げに胸を張る。
濡れた肌に陽が反射して、引き締まった胸筋がきらっと光った。
と思ったら、もう一度波がきて、海水が朔にかかり、びっしょりと濡れる。
「ふふ、びしょ濡れだ。」
「ほんとに。でも気持ちいいな!」
ふっと笑って髪をかきあげる。
濡れた前髪が額に張りつき、いつもより少し大人っぽい。
反対のその手は、ちゃんと私の浮き輪を離さないまま。
波の音、太陽の光、海の匂い。
全部が混ざって、夏休みの一瞬がきらきらしていた。
今日は…色々な不安も忘れてしまいそう。
海から上がり、砂浜に戻る。
「お腹すいたなー。なんか食べよう!」
「うん!」
朔の提案に頷く。
「ここ座ってて。何がいい?」
パラソルの下の休憩スペースに座る。
「うーん、焼きそば?」
「了解。良い子に待ってて。」
そう言って、朔は当たり前みたいに私の頭をぽん、と撫でた。
そのまま屋台の方へ歩いていく朔を、私はぼんやり眺める。
太陽の下で茶色の髪が揺れて、背中がやけに頼もしく見えた。
……と思ったら。
「あー、ナンパされてる。」
しかも、年上っぽい水着のお姉さん。
スタイル抜群。
笑顔キラキラ。
なーにが「良い子に待ってて」よ。
思わず目を細めて睨む。
そのとき――
「月宮さん?」
「え?」
顔を上げると、影がひとつ落ちていた。
「速川先輩?」
「まさか名前を覚えてくれてたなんて、嬉しいな。」
頬をかきながら笑うのは、速川 湊。
同じ高校の三年生。
(容疑者候補のひとりとして覚えていたけど……そんなこと言えるわけない。)
「遊びに来たんですか?
えっと……彼女さんとですか?」
「いや、彼女とは3日前に別れて。」
……早いな。
二ヶ月くらいじゃなかったっけ。
「へぇー。」
「少し息抜きに友達と来たんだ。
今年受験だから。」
そう言って笑う速川先輩は、どこか大人っぽくて、
海の光が似合っていた。
「そうなんですね。」
「月宮さん……俺、ほんとは――」
言いかけたその瞬間。
「羽瑠、お待たせ。」
朔が割り込むように戻ってきた。
手には焼きそば。
目は、完全に速川先輩をロックオン。
ジロリ。
速川先輩は苦笑しながら一歩下がる。
「あ、ごめん。彼氏と来てたんだね。
邪魔しちゃったね。」
「あ、いえ。」
速川先輩は軽く手を振って去っていった。
「羽瑠、大丈夫だった?」
「平気。」
「で、あいつ……なんだって?」
「別に何も。あ、3日前に彼女とは別れたんだって。」
「ふーん。まあ、思ったより続いたか。
それよりも油断も隙もないな。
……これも全部、羽瑠が可愛すぎるせいだ。」
朔が真面目な顔で言うから、思わずむっとする。
「そういう朔こそ。」
「なに?」
小首をかしげる仕草が、ちょっとずるい。
「さっきナンパされてたじゃん。
きれいなお姉さんたちに。」
「あー、見てたんだ。」
朔はあっさり笑う。
「まあ、羽瑠が一番きれいだから大丈夫。」
「……なにがよ。だって、お姉さん達スタイル良かったし。」
ため息が漏れる。
スタイル抜群で…胸も大きかった。
自分の胸をみる。薄い。
なのに朔は、こちらの反応を楽しむみたいに目を細めた。
「スタイルなんて気にしないよ。
羽瑠は羽瑠だよ。」
「うそだ。」
「うそじゃないって。もし羽瑠が今の2倍ぐらい太ったら一緒に運動すればいいよ。」
「2倍になるまでほっとかないでよ。」
私がため息をつくと、優しく微笑む。
「ほら焼きそば食べよう。」
こちらに差し出してくれて、
二人で焼きそばを食べる。
「着替えてさ。次行こう!」
「え? てっきり一日中、海で遊ぶのかと思ってた。」
「それも思ったんだけどさ——」
朔は少し照れたように笑う。
「連れて行きたいところあって。すぐ近くにあるから、行かない?」
「いいよ。」
「よし、じゃあ行こう!」
そう言って、朔は私の手を軽く引いた。
更衣室で着替える。
濡れた髪をタオルで拭きながら、ふと胸が高鳴る。
——朔が連れて行きたい場所って、どこだろう。
海の余韻がまだ肌に残っているのに、次の予定を思うだけでまた心がそわそわしてくる。
外に出ると、朔が待っていた。
さっきより少し落ち着いた表情で、でもどこか嬉しそうに。
「じゃ、行こうか。」
夏の午後の光の中、二人で歩き出す。




