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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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20話 悪意


とりあえず何度も扉を引っ張ったり押したり、肩で体当たりまでしてみたけれど、びくともしない。

金属の冷たい感触が腕に響くだけだった。


見上げると、上には天窓ガラスがあるだけ。

あれは…届くかどうか。


(そもそもなんで……)


胸の奥がざわつく。

私はその場にしゃがみ込んだ。

脇に置いたダンボールをみる。


(っというか、この中身なんだろう)


震える指でガムテープを剥がし、箱を開ける。


中には紙が一枚。

乱暴に書き殴られた文字が目に飛び込んできた。


『朔くんに近寄るな! メス豚が!! くたばれ』


息が止まった。


まさか……そっちか。


朔と一緒にいることで、違う危険フラグが立ってしまったらしい。

胸の奥が冷たくなる。


(スマホ……)


そうだ、終業式だったからカバンは教室のロッカーの中。

スマホもそのまま。


「あー……やっちゃった……」


額に手を当てる。

状況が悪すぎる。


それにしても、倉庫の中は蒸し風呂みたいに暑い。

空気がこもっていて、息を吸うたびに喉が焼けるようだった。


(こんなところにいたら、熱中症になって死ぬじゃん……)


殺されるよりマシ?

そんなわけあるか。


(諦めない……!)


私は扉に向かって叫んだ。


「だれかー!!」


声が倉庫の中で反響するだけで、外には届いていないようだった。

返事はない。

足音もない。


静寂だけが、じわじわと不安を煽る。


ロケットペンダントをぎゅっと握りしめる。

朔……。


会いたい。

諦めたくない。


硬い感触…そういえばこれ…。


水族館の帰り道で朔がくれた笛。


そして手作りのロケットペンダントの中に真剣な顔で笛を入れようとしたことを思い出す。

結局入らなくて…外に付けたんだ。思わず笑みが溢れる。


それから

『羽瑠が呼んだら……俺、どこにいても気づけるように。』


そう言ってくれた。



「よし、届け……!」


私は思い切り息を吸い込み、笛を吹いた。


ピーッ!


倉庫の中に甲高い音が響き渡る。

けれど、すぐに静寂が戻った。


「……なんて、来るわけないよね。」


自嘲気味に笑った、その瞬間。


「羽瑠! はじによけて!」


え!?


聞き慣れた声が、上から降ってきた。

私は慌てて避けた。


次の瞬間。


ガッシャーーン!!


天窓のガラスが派手に割れ、光と埃が舞い散る。

破片の中を、黒い影が一直線に落ちてきた。


床に着地したのは――朔だった。


「……な、なにこれ?」


呆然と立ち尽くす私の前で、朔は軽く埃を払いながら言った。


「間に合ってよかった。」


まるで、ほんの寄り道をしただけみたいな顔で。

でも、その肩はわずかに上下していて、

ここに来るまで全力で走ってきたことが一目でわかった。


胸が熱くなる。

涙がにじみそうになるのを、必死でこらえた。


「羽瑠…大丈夫?怪我はない?」


朔がこちらを心配そうに見つめる


「いや、私より朔のほうが大丈夫?」


腕を見ると、ガラス片が刺さって血がゆっくりと垂れていた。


「大丈夫大丈夫。」


軽く笑ってみせるけれど、その傷はどう見ても“大丈夫”の範囲じゃない。


「なんで窓から……」


「急を要するから。」


「それにしたって……!」


言いかけたところで、倉庫の外から怒鳴り声が響いた。


「おい! 大丈夫か! 七瀬! お前は何やってるんだ!!」


先生が扉を開けて駆け寄ってくる。

けれど朔はその声を完全に無視して、私の手をぎゅっと握り、まっすぐ歩き出した。


「朔、血が……病院いかなきゃ。」


「あとでいい。」


その言い方があまりにも強くて、私は言葉を飲み込んだ。


そして――

朔は女子生徒たちが固まっている場所へと向かう。


彼女たちは、さっき私にダンボールを押しつけた影の主たちだ。


朔は立ち止まり、静かに、しかし鋭く言い放った。


「今後一切、羽瑠に近づくな。

もし羽瑠を傷つけるなら……俺はあんた達を許さない。」


その声は低く、冷たく、いつもの朔とはまるで違っていた。


そして、ぽつりと。


「殺すよ?」


その一言は、淡々としているのに、背筋が凍るほど真っ直ぐだった。


女子生徒たちは一瞬で青ざめ、数人がその場に崩れ落ちて泣き出した。


私は息を呑む。


朔の横顔は怒りに染まっているわけじゃない。

ただ、私を守るためだけに、迷いなくその言葉を選んだ顔だった。


胸がぎゅっと締めつけられる。



そして、私たちは先生に連れられて黒木病院へ向かった。


白い廊下を歩くと、消毒液の匂いが鼻をつく。

処置室に入ると、蓮水先生がすぐに朔の腕を見て眉をひそめた。


「これどうしたの?」


「ガラスにつっこみました。」


朔は悪びれもせずに言う。

蓮水先生は呆れたように息をつきながら、手際よくガラス片を取り除いていく。


「一歩間違えたら死んでるよ。今後は気をつけてね。」


「はーい。」


朔は緩く返事をする。

本当にわかってるのか、怪しい。


消毒のしみる匂いが漂う中、包帯が巻かれていく。

処置が終わり、私たちは病院を出た。


「二人とも蓮水先生と話をしてくるから少し待っててくれ。

帰りは車で送るから。」


そういわれ、朔と二人で椅子に座る。

朔の腕や頬に貼られたガーゼが目に入る。


「朔、大丈夫? 痛くない?」


「んー 平気。見た目ほど痛くないから。」


「ほんとに?」


「ほんと。」


へにゃりと笑うその顔は、いつもの朔だった。

でも、包帯の白さがやけに目立って、胸がきゅっとなる。


あんな無茶をしてまで来てくれた。

その事実が、じわじわと心に広がっていく。


朔の手が、そっと私の手を包み込んだ。


驚いて顔を向けると、朔は前を向いたまま、少しだけ指に力を込める。


「……怖かったでしょ。」


その声は、いつもの軽さとは違っていた。

低くて、優しくて、胸の奥に直接触れてくるような響き。


私は何も言えず、ただ握られた手を見つめる。


朔の手は温かかった。

包帯越しでも、その温度はしっかり伝わってくる。


「もう大丈夫。俺がいるから。」


その言葉に、喉の奥がきゅっと締まる。


涙が出そうになるのを必死でこらえながら、私は小さく頷いた。


握られた手は、離れなかった。


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