2話 転校生
昼休み。
転校してきて、まだ一週間。
それなのに七瀬朔は、もうクラスの中心にいた。
体育館裏のコートでは、男子たちとバスケをしている。
軽やかに跳び、ボールを受け、笑いながらシュートを決める。
(運動神経まで良いのか……)
他クラスの女子たちがフェンス越しにキャーキャー騒いでいる。
その光景を眺めながら、私は思う。
──そんな彼が、なんで私に?
「いやぁ〜かっこいいね七瀬くん!
いいなぁ羽瑠。そんな彼に“付き合って”なんて言われて羨ましい!」
みなが興奮気味に肘でつついてくる。
「いや、よくわかんないよね。
なんなんだろう、あの人。」
そう言いながら視線を向けると、
ちょうど朔と目が合った。
彼は一瞬嬉しそうに目を細め、
ニコッと笑って大きく手を振る。
思わず、私はひっそりと小さく手を振り返した。
すると──
朔が、バスケを放り出してこちらへ駆けてくる。
「羽瑠!どうだった!?
俺、かっこよかった?」
「うん。まあ。」
「よし、じゃあ俺と付き合おう。」
「それはない。」
「ないかー。残念。」
全然残念そうじゃない顔で笑う朔。
その様子に、みながさらにテンションを上げる。
「ねぇねぇ七瀬くん、本当に一目惚れってやつ!?」
「ん?そうだよ。
ビビッとね!」
「へぇ〜。」
みなが感心したように頷く。
私は思わず口を開いた。
「……なんで? 他にも可愛い子いるでしょ。」
朔は少しだけ首をかしげ、
まるで当たり前のことを言うように答えた。
「ん?俺はそうは思わないかな。
羽瑠が、俺の特別。」
「……そんな適当な。」
「いやぁ!青春だね!」
みなが楽しそうに手を叩く。
それから朔は、毎日。
「おはよう! 付き合って!」
「羽瑠、今日ポニーテール? かわいい! 好き!」
「ねぇ! 放課後アイス食べに行こうよ!
デートしよ!」
毎日毎日。本当に毎日。
息をするみたいに口説いてくる。
(……ほんとになんなの。)
「ねぇ、さすがにしつこいんだけど。」
「じゃあ付き合おうよ。
そしたら全部解決。」
「だから、そうじゃないでしょ。」
「そうなの?
じゃあさ、俺に連絡先教えてよ。
それで今日は満足するから。」
そう言って朔は、すっとしゃがみ込んで
上目遣いでこちらを見上げてくる。
春の光が彼の瞳に反射して、
妙にきらきらして見えた。
(……ずるい。そういう顔。)
「……わかったよ。」
「やった!」
朔はぱあっと顔を明るくして笑った。
その笑顔があまりにも無邪気で、
思わず私の肩の力もふっと抜ける。
スマホを取り出して連絡先を交換する。
画面に“七瀬朔”の文字が表示された瞬間、
胸の奥がほんの少しだけ熱くなった。
「ねぇー、羽瑠。」
「なに?」
「駅前のアイス食べ行こうよ。」
「いいけど。」
「よし、放課後デートだ。」
「ちがう。ただ食べに行くだけ。」
そんな軽いやり取りをして、放課後。
校門を出ると、春の風がふわりと吹き抜けた。
並んで歩く影が、夕方のアスファルトに寄り添うように伸びている。
アイス屋の前に着くと、朔はメニューを見て目を輝かせた。
「うーん、俺はチョコとキャラメルとストロベリーのトリプルにする!」
「そんなに食べるの?」
「うん。食べられるときに食べる主義。」
「私は……チョコミントにしよ。」
「チョコミントってなんか大人。美味しい?」
「うん、さっぱりしてて美味しいよ。」
「ちょっとちょうだい。」
「いいよ。」
朔はスプーンでひと口すくって、ぱくり。
「ん。なんか歯磨き粉みたい。」
「うわー、これだからお子ちゃまは。
チョコミントの美味しさを知らないとは。」
「えーなんでー!
俺のも食べる?」
「いらない。」
朔は肩をすくめて笑った。
その横顔は夕陽に照らされて、少しだけ柔らかく見えた。
それから自然と、朔と過ごす時間が増えた。
彼の飾らない明るさと、ふとしたときに見せる優しさが、
気づけば私の居心地の良い場所になっていた。
……だけど、時々胸の奥がざわつく。
(なんだろう、この感じ。
前から知ってるみたいな……)
そんな違和感を抱えたまま過ごしていたある日、
私は偶然、朔が他の女の子から告白されている場面を見てしまった。
「あの、好きです。付き合ってください。」
小柄で可愛い子だった。
緊張で頬を赤くして、まっすぐ朔を見つめている。
「ごめん。俺、他に好きな子いるから。」
朔は迷いなく即答した。
その言葉に胸がきゅっとなる。
理由は……自分でもよくわからない。
朔がゆっくりと歩いてくる。
私は思わず息を止めて、廊下の端でしゃがみ込んだ。
すると──
「盗み聞きとは、いい趣味してるね〜。」
「いや、そんなつもりじゃ……ごめん。」
「いいよ、別に。」
朔は軽く笑って肩をすくめる。
「よかったの?」
「なにが?」
「可愛い子だったよ?」
「そう?
俺は羽瑠に夢中。」
「またそんなこと言って……。」
胸がまた、少しだけ熱くなる。
「ねぇ羽瑠。
今度の休み、俺とデートしよ!」
「どこに?」
「うーん……水族館とか?」
「いいよ。」
「まじ? やった!」
朔は子どもみたいに嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、
さっきまでのざわつきが、少しだけ溶けていく気がした。




