1話 転校生
あの夏の日、
私は、大切なものをひとつ失った。
夕暮れの夏祭り。
浴衣の裾を揺らしながら、りんご飴を一緒に食べて
私は“ある人”と笑い合って、
花火の音を聞きながら想いを通わせた。
胸が少しだけ高鳴って、
でも、どこか不安もあって。
どうしょうもないほど切なくて。
──私はあの日々を忘れることはないだろう。
◇
ふわりと桜の花びらが舞い散る。
4月。
高校2年──月宮 羽瑠。
風に揺れる髪を整えながら、
私は校門をくぐった。
今日から新学期か。
……正直、めんどくさい。
「おはよー羽瑠!」
背後から元気な声が飛んでくる。
「おはよ、みな。」
「ねえ聞いた? 今日、転校生来るんだって!」
「え、このタイミングで?」
そんな他愛ない話をしながら教室に入る。
新学期といっても、特に大きな変化はない。
ただ、みなと同じクラスになれたのは素直に嬉しい。
「おはようございます。
今日は転校生を紹介します。入って。」
担任の声に、教室のざわめきが少しだけ静まる。
そして──彼が入ってきた瞬間、空気が一変した。
「七瀬朔です。
人生悔いなくをモットーに生きてます!
よろしくお願いします!」
茶色の髪が光を受けて揺れ、
その笑顔は、春の陽だまりみたいに明るかった。
──この出会いが、
私の未来を大きく変えることになるなんて。
そのときの私は、まだ知らなかった。
「七瀬くん、めっちゃかっこよくない!?」
みなが机に身を乗り出してくる。
「そうだねー。」
私は適当に返す。こういうときの“みな”は止まらない。
案の定、彼の周りにはもう人だかりができていた。
明るく笑う声が教室に響いて、
その中心にいるのは──転校生の七瀬朔。
(すごいな…もう人気者じゃん。)
ふと視線を感じて顔を上げると、
彼と目が合った。
一瞬だけ驚いたように目を見開き、
次の瞬間にはまっすぐこちらへ歩いてくる。
「あの!」
「……え、私?」
教室中の視線が一気に集まる。
「好きです! 付き合ってください!」
「はあっ!?」
「一目惚れしました!」
満面の笑みで言い切る朔。
教室は一瞬で騒然となった。
(こいつ……何言ってんの!?)
「いや、無理です。」
即答した私に、彼は少しもめげない。
「そっか。じゃあ友達からどうですか?」
そう言って、まっすぐ手を差し出してくる。
「え……あ、うん。」
圧に押されて返事をすると、
その手をしっかり握られた。
「よろしくね、月宮さん。」
──私、名乗ってないんだけど。
放課後授業が終わり帰るところで、
「あの、なんでついてくるんですか!?」
「友達になったから。もっと仲良くなりたくて。」
屈託なく笑う朔に、私は思わず頭を抱えたくなる。
「いや、私あなたとは初対面なんですけど。
なのにいきなり“好き”とか……意味わかんない。」
「えー、試しに付き合うのは?」
「ない!」
「そっか! じゃあやっぱり友達として仲良くなろうよ!」
「……ほんと意味わかんない。」
めげる気配ゼロの朔は、当然のように私の横を歩き続ける。
(なんなのこの人……)
「ねぇ、月宮さんのこと、羽瑠って呼んでもいい?」
「え、呼び捨て?
ってかなんで名前知ってるの?」
「エスパー!」
「……」
「そんな冷たい目で見ないでよ。
俺のことは朔って呼んで!ねえーねえー羽瑠って呼んでいい??」
彼はまっすぐな目でこちらを見ていた。
春の光を反射した茶色の瞳が、やけに明るい。
なんて押しが強いんだろう、この人。
はあ。
「好きにして。」
「やった!」
子どもみたいに無邪気に笑う朔。
その笑顔があまりにも自然で、
思わず肩の力がふっと抜けてしまう。
……変わった人。




