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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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15話 寝落ち電話とフラグが消えた先輩


気づけば6月に入っていた。

湿気を含んだ熱気が肌にまとわりつき、髪の根元までじっとりと重い。

息を吸うたび、胸の奥にぬめるような重さが沈んでいく。


——夏祭りまで、あと2ヶ月弱。

その日、私は“殺されるかもしれない”。


その事実だけが、じわじわと背中を冷やしていた。

汗ばむ首筋に、ひと筋だけ冷たいものが落ちるような感覚。


「次は……速川 湊。」


「私、その人と話したことないけど。」


「でも、羽瑠のことチラチラ見てる。ほら。」


朔が身を寄せてくる。

近づいた拍子に、彼のシャツから洗剤の匂いがふっと漂った。


「ちょっと近い。」


「見せつけてるの。俺の彼女ですって。」


「違うけど。」


「遊園地いったのに?」


「いったけど……ね。」


「俺は楽しかったよ。遊園地デート。」


朔がニヤリと笑う。

整った目元が柔らかい。本当綺麗な顔してる。


「私も、楽しくないとは言ってない。色々あったけど。」


「そうだね。」


ふっと、生ぬるい風が吹き抜ける。

アスファルトの匂いと、遠くで鳴くカラスの声が混じり合い、夏の入口を告げていた。


「ねぇ、そういえば。

羽瑠って誕生日いつ?」


朔が歩幅を合わせながら、ふと横目でこちらを見る。


「いきなり?

来週。」


「え!? まじ?」


驚きすぎて声が半音上がる。

その反応に、私は思わず笑ってしまった。


「うん。

朔は?」


「俺は四月一日。」


「終わってるじゃん!」


「エイプリルフールだから嘘だって言われるし、春休み中だから忘れられるし。」


「……あー、そうなんだ。」


少し気の毒で、でもちょっと可笑しい。

朔は肩をすくめて見せた。


「じゃあさ、二人で生誕祭しようよ!」


「いいよ。」


「よし!

じゃあ、俺に誕生日プラン考えさせて。」


「うん。」


朔の声が、どこか弾んでいた。

夕方の光が彼の横顔に差し込み、ほんの少しだけ幼く見える。

胸の奥の不安はまだ消えないけれど、その瞬間だけは、夏の気配が少しだけ軽く感じられた。




ブルブル、と枕元のスマホが震えた。

誕生日前日の夜、22時半。そろそろ寝ようと布団に潜り込んだところだった。


『もしもし、まだ起きてる?』


「今寝ようとしてた。」


『え!日付変わるまで起きててよ。

一番におめでとう言いたくて電話したのに。』


少し拗ねたような息が、受話口からふわりと漏れる。

普段より幼く聞こえる声に、胸の奥がくすぐったくなる。


「じゃあ、眠くなるまでね。」


『いいよ。』


「何話す?」


『俺昨日さー』


他愛もない話が、思った以上に楽しくて。

笑ったり、相槌を返したりしているうちに、眠気はすっかりどこかへ消えていた。


気づけば、もうすぐ24時。


『あ、カウントダウンするね!俺!』


「なんか年越しみたい。」


『年越しより盛大イベントでしょ。羽瑠の誕生日なんだから。』


大げさに言う朔の声が、妙に嬉しくて、思わず頬がゆるむ。


『…10.9.8…』


カウントが進むにつれ、胸がじんわり温かくなる。

朔の声が、いつもより近く感じた。


『3.2.1…

17歳のお誕生日おめでとう!!羽瑠。』


「ありがとう。

でも私、生まれたの夕方らしい。」


『あ、そうなんだ。

じゃあまた夕方にもう一回言うよ。』


一瞬の静寂。

そのあと、少し照れたように息を吸う音。


『でも、一番に言えてよかった。』


その言葉は、深夜の静けさよりもずっと優しく響いた。


「じゃあ、お祝いしてもらったし、寝るかな。」


『切っちゃうの?』


「切るよ。明日学校じゃん。」


『えー、寝落ち電話したかったのに。』


「なにそれ?」


『どっちが先に寝るか、ってやつ。

恋人同士がする、あま〜い時間。』


「ふっ、じゃあ私の負け。おやすみー。」


『うわ、やる気ないな。』


「っていうのは冗談で。

……少し眠れないから、何か話してよ。」


『どうしたの?俺が恋しい?』


「そういうことにしておく。」


ほんの一瞬、沈黙が落ちる。


『……ねぇ、羽瑠。』


「なに?」


『無理して元気なふりしなくていいよ。

眠れないって言えるだけで、十分えらい。』


優しい声が、耳の奥にじんわり染み込む。


「……たまにね。夜になると、いろいろ考えちゃうの。」


『そっか。

でもさ、今は俺がいるよ。

電話越しでも、ちゃんとそばにいる。』


朔の声は、いつもより低くて、包み込むみたいに柔らかい。


『眠れないなら、眠れるまで話す。

羽瑠が安心して目を閉じられるまで。』


胸の奥がきゅっと熱くなる。

不安が完全に消えるわけじゃないけれど、

朔の声が、それを少しだけ遠ざけてくれる。


「……うん。もう少し、話して。」


『よし、じゃあ眠れるように羊でも数える?それか子守唄でも歌おうか。』


「羊数えるって逆に頭冴えない?」


『確かに。

じゃあ音読してあげる。』


「なにを?」


『教科書?』


「え?」


『冗談。俺の好きな小説。』


「教科書よりいいね。」


『よし、ちょっと待ってて。』


布団の中でスマホを耳に当てたまま、

朔の部屋からガサガサと本を探す音が聞こえる。

その生活音すら、妙に心地いい。


『あった。じゃあ読むね。』


少し息を整える気配のあと、

朔の声がゆっくりと低く、柔らかく流れ込んでくる。


『恋する逆さまの月。


僕は自分が嫌いだ。

だけど、僕はたった一つ君の星が好きだ。

一番輝いてみえる。


僕は君に綺麗なものを見てほしい。

やさしいものに囲まれて、特別であってほしい。


だからどうか。

君が健やかに輝けるように、僕は自分を隠す。』


朗読というより、

まるで私にだけに向けて紡いでいるみたいな声だった。


その声は、夜の静けさに溶けて、

耳から胸の奥へ、ゆっくりと染み込んでいく。


まぶたが重くなり、

視界がふわりと滲む。


(もう少し聞いていたいのに……)


そう思った瞬間には、

朔のやさしさに包まれるように、

意識がそっと夢の方へ引き込まれていった。


スマホ越しに聞こえる朔の声が、

最後の子守唄みたいに、遠くで揺れていた。


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